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第39話

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 話は一週間前に遡る。例の彼等はダンスパーティーにはテンセイシャと同伴したいと思っていた。
 
 しかしひとりの女性に複数の男性が同伴するなど、流石に彼女の影響で絶賛倫理観が歪んでいる彼等でも実行できず、誰がパートナーをやるかテンセイシャ自身に選ばせようとした。

 そして選ばれたのがバーナードであった。テンセイシャ本人としては全員を侍らせたかったのだが、ゲームのハーレムルートでもそれは無理だったようで、誰か一人を選ぶ流れになっていた。
 そこでアクセサリーとして一番価値のあるバーナードを選んだという訳である。

 選ばれたバーナードは喜び勇んでエリザベスに「アマーリエのパートナーになったので、君は別の人と来てくれ」という旨の手紙を送った。
 受け取った彼女は後日、友人達に彼のデリカシーの無さと、悪びれもせずに屈辱的な言葉を吐いた怒りと、そして婚約が無効になったことを知らずにいる呑気さを語ったという。

 残念ながら選ばれなかった者達の中で、婚約者の居るマリアスとセオドアは仕方がないので、今回は婚約者と参加しようと声をかけた。
 自分が誘えば当然二つ返事で頷くと思っていた。しかし。

「生憎既に親戚に頼んでおりますの」

 ジュリエットににべもなく断られたマリアスは一瞬身体を硬直させた。

 今のはまさか断られた?ジュリエットに?何で?

「そ、そう?でもボクがパートナーを組むし、親戚の人にはそう説明して……」
「貴方と出席するつもりはございません。どうぞ、別の方をお探しになってくださいまし」

 マリアスの言葉を遮ってもう一度同伴する意思は無いと伝えるジュリエット。
 この時のマリアスは知る由もないが、二人の婚約はとうに白紙撤回が成立している。他人となった以上組む義務はないし、たとえ婚約が続いていたとしても断っていただろう。

「もしかしてまだ拗ねてるのかい?そんな我儘言わないで……」
「ではお聞きしますが、アマーリエ様を見かけても私を放置して彼女の元へ行かないという自信はございますか?」

 ジュリエットの鋭い指摘にマリアスは口籠る。
 
 同伴者とはただ伴って入場する人のことではない。パーティーの間、その時間を共に過ごすのが同伴者である。
 ダンスなどで一時的に別行動をしたとしても、殆どの時間を一緒に過ごすのが同伴者としての鉄則だ。

 もしパートナーを放っておいて別の人間とずっと過ごしていたら、残されたパートナーは周囲から同伴者に放置された人間だと嘲笑の的になってしまう。

 ジュリエットはパートナーを組むのであれば、いつものようにテンセイシャにベッタリして自分に恥をかかせるなと言っているのである。

「そりゃあ……ちょっとは彼女と話すだろうけど……」
「話になりませんわね」

 ジュリエットは呆れたように吐き捨てる。
 どうせ「ちょっと」で済まないのは手に取るように分かるのだ。この時間さえ無駄だったと「やっぱりご自分でお探しになって」と捨て台詞を残して踵を返す。

「あ!ちょっと!」

 マリアスは引き止めようと声をかけるが、彼女は振り向きもせず行ってしまう。
 また、これと似たようなことがセオドアにも起こり、彼等はパートナー探しに奔走する羽目になったのである。

 直ぐに代理のパートナーは見つかると最初は思っていた彼等だが、パートナー探しは想像よりも遥かに難航した。
 掲示板にパートナー募集の張り紙をしても声をかける者が中々現れない。家柄も容姿も高水準なのに珍しい事態であった。

 生徒達が牽制し合っているだけかと思い、こちらから誘ってみたのだが、みんな喜ぶどころか難色を示して「もう決まっている」「私などよりも……」など、体の良い断り文句を言われ続けた。

 生徒達のこの反応も当然で、一人の女子生徒に異常に執着し、パートナーの役割をきちんと果たすかどうか危うい人間を、誰も好きこのんで組もうとは思えない。
 
 それに組んだが最後、周りに同じ穴の狢だと誤解されて遠巻きにされる未来が待っているかもしれないから、余計嫌なのだ。
 
 終いには声をかけようとしただけでさりげなく避けられ、結局マリアスは姉に、ベンジャミンは従妹にどうにか頼んでパートナーになってもらった。

 しかし男所帯で親戚にも同じ年頃の女性が居ないセオドアと、平民出身故に身近にマナーを習得している親戚が居ないアランはあぶれてしまった。
 そんな彼等が最後の希望にと縋ったのがこの雑談会なのである。

「同じ一年なんですね。俺はアラン・ハウエルです。よろしくお願いします」
「モニカ・ローウェルです……」

 貴方のことはある意味よく知っていますとは言えず、会釈する。まさか有名なグループの内の一人が参加しているとは思わなかった。
 実はもう一人居るのだが、それは後に知ることである。

 下手に気に入られたら面倒なことになると直感したアマーリエは、とにかく印象を薄くさせることに傾注した。
 彼の話にはあまり反応しないよう身体や表情を抑える。こちらからの質問は控える。
 そうして印象を悪くしていって、アランとの雑談をなんとか乗り越えた。

 
 初日の会が終わって帰る途中、同じ参加者らしき女子生徒がヒソヒソと囁き合っているのが耳に入ってくる。
 行儀が悪いと思いつつも、つい聞き耳を立ててしまった。

「ねぇ、この会にアラン・ハウエルが参加してたんだけど」
「本当!?セオドア様も参加してたわよ!」

(セオドア様も参加してたんだ……じゃあ明日は彼と話すことになるのかな……)

 セオドアは婚約者が居た筈なのに、恐らく断られたんだろう。散々放置しておいて、この時だけはパートナーになってくれなんて、確かに虫の良い話だ。

「セオドア様も参加してたってことは、やっぱりフィリッパ様に断られたのかしら……?」
「そりゃそうでしょうよお!私が彼女の立場だったら絶対イヤだもの!」

 彼女達も同じことを思っていたらしく、同情の気配は欠片も無い。
 自業自得だの日頃の行いだのと。本人が居ないのを良いことに、彼女達の口からは辛辣な言葉が絶えない。
 
「アランは婚約者は居ないけどねぇ……」
「金持ちだし顔も良いけど、浮気性な男はダメよねぇ……」

 完膚なきまでに低評価を受ける二人に何だかなと彼女は複雑な気分になる。
 
 テンセイシャさえ居なければ彼等と婚約者の仲は今も良好だっただろうし、相手の居ないベンジャミンやアランも女子達の憧れの的のままだった筈だ。
 
 今日会話をした彼だって、本来なら雑談会に出席せずとも向こうから沢山寄って来ただろうに。

(いけない、彼等にあんまり同情しちゃ駄目だ……)

 ヘスターにも注意されていたことだ。テンセイシャに惹かれるのはどうしようもないが、どう振舞うか、周囲の人間にどう対応するかは彼等の意思だ。
 
 今の彼等の評価は自分の意思で深みに嵌り、周囲からの信頼を無くした結果なのだ。

 今は彼等よりも自分のことを考えよう。アマーリエはこれ以上聞き耳を立てるのを止め、会話をシャットアウトした。
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