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第35話
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年明けから一年生の魔法の授業は座学中心から座学と実践が半々となってくる。
ようやく本格的な訓練を受けられるとあって、どの生徒も緊張や興奮が入り混じった顔をしていた。
ここで座学の方が得意であれば研究系に、実践の方が得意であれば実働系にと、どちらが得意かで卒業後の進路も変わってくるのだ。
「いよいよだね、アマーリエは緊張してるように見えないけど」
「緊張よりも魔法が使えるワクワクの方が大きいから!」
マリアスが声をかけるとテンセイシャは嬉しそうに答える。
アマーリエはヒロインだけあって類稀な魔法の才能を持っている。テストではモブに笑われるなんて屈辱な目に遭ったが、これで今から見返してやれるのだ。
「へぇ~、オレも宮廷魔法師の家系として負けてられないやぁ」
セオドアがウインクをしながら会話に入る。幼い頃から魔法師としての訓練を受けてきた彼にとっては、今更一学年の実践魔法など復習程度だろう。
「皆さん静かに。これから杖を配ります。三年間使う物なので大事にしてくださいね」
実践魔法を教える教師が名前を呼び、呼ばれた生徒から順に杖が配られる。持ち手の近くに魔法石が埋め込まれた片手で振り回せるくらいの長さの木彫りの杖だ。自分のだと見分けがつきやすいよう、それぞれデザインが異なっている。
これが専門家だと、自身の魔力の質に合わせてより扱いやくすなるよう、材質やデザインに拘るそうだ。
テンセイシャが配られたのはゲーム中で何度も見た馴染みのある杖だ。設定資料集などは持っていなかった為、細部のデザインをまじまじと確かめると「こんなものか」と思った。
要は自分の好みのデザインではなかったのだ。もっと色取り取りの宝石や金銀などを使った豪華な物でないと気分が上がらない。所詮授業用の杖だと嘆息した。
本来は魔石が付いているだけでも値打ち物なのに、価値を知らないということは実に恐ろしい。
エンディングを迎えたら完全に自分好みのデザインの杖を作ってもらおう。手持ち無沙汰に杖を振り回すテンセイシャの冷めた様子は、魔石付きの杖に感激し見入っている他の生徒とは明らかに浮いていた。
「魔法とは己の魔力を杖に込めて放つ行為です。ここに詠唱が加わると様々な効果の魔法現象が起きます。まずは自分の体内にある魔力を杖に込めて放つ訓練をします。あの的を見なさい」
教師は少し離れた場所に立っている的を指し示し、生徒達の注目をそこに集める。的は弓で使う物とは違って輪っかの模様も無く、水晶のような透明な色をしていた。
「あれは魔力を感じると光る特殊な素材でできています。試しに私でやってみましょう」
教師は杖に魔力を込めると的に向けて放つ。魔力は真っすぐ飛んで当たり、的は綺麗な青に光った。
「今のように的まで魔力が届くと光ります。光の強さは感知した魔力の強さを、色はその者の持つ魔力の属性を表します。私の場合は青く光ったので水属性ということです」
そこまで説明したところで生徒の一人が手を上げる。
「先生、例えば水属性だと他の属性の魔法は使えないということですか?」
「そういう訳ではなく、得意分野の判別に使われてます。水属性の魔法師は単純に水を扱う魔法の他に、相手の動きを鈍らせたりする魔法が得意です。また真水が必要になる場面では私のような人間は重宝されます」
生徒達は成程と頷く。生物が生きていく上で特に重要なのは空気と水だ。水は飲み水としては勿論、治療や身体を清潔に保つ為にも使われている。
嵩張って重い水を馬や荷車を使って運ぶよりも、水属性の魔法師を一人連れて行く方が遥かに手間もかからないし、その分を他の運搬に回せる。
こうして魔法師は様々な現場で役に立っているのだ。
素直に感心している生徒達に隠れてテンセイシャは得意げに鼻の穴を大きくさせる。
ヒロインの属性は希少な光属性で、回復やバフが得意だ。特に極めた光属性の魔法師は死の淵にいる人間を健康体まで復活させられるらしい。
あぁ見える、聞こえる。自分の属性が判明した瞬間に驚くモブ達の声が、キャラ達のキラキラと輝いた目が。悪役令嬢達の「そんなバカな」と言いたげな顔が。
そして私は数少ない光属性の使い手として特別扱いされ、やがて王子の結婚相手にも相応しいと教師からお墨付きをもらえるのだ。
いよいよ自分の番となりテンセイシャは杖に魔力を込める。流石にゲーム画面のようにスティックを回す表示はされないが、原理は同じな筈だ。
杖に魔力を込めるイメージをすると、自分の身体から何かが抜けて杖に移る感覚がする。流石ヒロイン、魔力を込めること自体に苦戦している生徒が多い中で、簡単にそれができるなんて。
なんだ、魔法って案外簡単じゃん。この分なら他の授業も楽勝だなと思いながら的に放った。
魔力を完治した的が眩しいくらいに輝く。思わず目を瞑ってしまいそうなほどの明るさで、相当な魔力量が篭っていたと推測できた。
しかし色は彼女が期待していた光属性を表す黄色ではなく、赤色に輝いていた。
「やったねぇ!オレでも出せない程の光だよぉ!」
セオドアがはしゃいでテンセイシャを褒めるが、当の彼女は「は?」と低い声で呟く。今の結果が信じられず、何かの間違いだと何度も何度も的に向けて放つも、色は全く変わらない。
「……アマーリエ……?」
一心不乱に魔力を放ち続けるテンセイシャに、隣のセオドアが恐る恐るどうしたのかと声をかける。他の生徒も何をしてるのかとザワザワとしだし、見かねた教師が止めようとした。
「クラークさん、いくら魔力量が豊富な貴女でもこれ以上は魔力不足で倒れてしまいますよ」
「この杖きっと不良品よ!別のに変えて!」
やっと止まったかと思いきや、突然言いがかりをつける彼女に教師は面食らう。ベテランだからとこのクラスの担当に振り分けられたが、彼女の問題行動は噂以上だ。
「魔法が発動しないのならその可能性はありますが、今のは正常に発動しています。不良品ではありません」
教師はきっぱりとそれを否定する。杖は信頼できる工房で作らせているし、配る前にも確認をしたのだ。それに魔力が正常に放出されたのを何度もこの目で見ている。
「なら的が不良品なんだ!この私が光属性じゃないだなんて絶対おかしいもん!」
的だって勿論確認済みだ。思っていた属性じゃないからと言いがかりをつけるなんて随分と失礼である。
それにこの遣り取りで分かったが、彼女はかなり妄想が激しい。自分が特別だと思いたい気持ちは思春期にはままあるが、その度合いが普通を遥かに超えている。
教師は職員室にメッセージを飛ばして応援を呼ぶと、ギャアギャアと騒ぐテンセイシャに淡々と対応する。ベテランだけあって自意識が高い小娘程度はお手の物であった。
なお、授業の続きは応援に駆けつけた教師が他の生徒を見てくれたことで、今日の分は無事に終わったことを補足する。
同時刻、部下からの報告を受けたヘスターはやっぱりなと鼻で笑う。
本来のアマーリエは光属性らしいが、魔法の属性は身体と魂のかけ合わせで決まる。身体か魂、どちらかが違えば属性も変わるのだ。
現に本当のアマーリエだってアイリーンの身体を借りている状態では風属性である。身体だけ乗っ取ったところで真の主人公になり得ないのだ。
おっと、鼻で笑ってる場合じゃない。今授業で作っている薬は材料を入れるタイミングが非常に重要だ。今持ってるラニエリ草は鍋の中の色が変わった瞬間に入れないと、これまでの工程が全て水の泡となる。
まだだ……、まだだ……、……今だ!
「はい!」
ヘスターは完璧なタイミングで無事に投下完了した。
ようやく本格的な訓練を受けられるとあって、どの生徒も緊張や興奮が入り混じった顔をしていた。
ここで座学の方が得意であれば研究系に、実践の方が得意であれば実働系にと、どちらが得意かで卒業後の進路も変わってくるのだ。
「いよいよだね、アマーリエは緊張してるように見えないけど」
「緊張よりも魔法が使えるワクワクの方が大きいから!」
マリアスが声をかけるとテンセイシャは嬉しそうに答える。
アマーリエはヒロインだけあって類稀な魔法の才能を持っている。テストではモブに笑われるなんて屈辱な目に遭ったが、これで今から見返してやれるのだ。
「へぇ~、オレも宮廷魔法師の家系として負けてられないやぁ」
セオドアがウインクをしながら会話に入る。幼い頃から魔法師としての訓練を受けてきた彼にとっては、今更一学年の実践魔法など復習程度だろう。
「皆さん静かに。これから杖を配ります。三年間使う物なので大事にしてくださいね」
実践魔法を教える教師が名前を呼び、呼ばれた生徒から順に杖が配られる。持ち手の近くに魔法石が埋め込まれた片手で振り回せるくらいの長さの木彫りの杖だ。自分のだと見分けがつきやすいよう、それぞれデザインが異なっている。
これが専門家だと、自身の魔力の質に合わせてより扱いやくすなるよう、材質やデザインに拘るそうだ。
テンセイシャが配られたのはゲーム中で何度も見た馴染みのある杖だ。設定資料集などは持っていなかった為、細部のデザインをまじまじと確かめると「こんなものか」と思った。
要は自分の好みのデザインではなかったのだ。もっと色取り取りの宝石や金銀などを使った豪華な物でないと気分が上がらない。所詮授業用の杖だと嘆息した。
本来は魔石が付いているだけでも値打ち物なのに、価値を知らないということは実に恐ろしい。
エンディングを迎えたら完全に自分好みのデザインの杖を作ってもらおう。手持ち無沙汰に杖を振り回すテンセイシャの冷めた様子は、魔石付きの杖に感激し見入っている他の生徒とは明らかに浮いていた。
「魔法とは己の魔力を杖に込めて放つ行為です。ここに詠唱が加わると様々な効果の魔法現象が起きます。まずは自分の体内にある魔力を杖に込めて放つ訓練をします。あの的を見なさい」
教師は少し離れた場所に立っている的を指し示し、生徒達の注目をそこに集める。的は弓で使う物とは違って輪っかの模様も無く、水晶のような透明な色をしていた。
「あれは魔力を感じると光る特殊な素材でできています。試しに私でやってみましょう」
教師は杖に魔力を込めると的に向けて放つ。魔力は真っすぐ飛んで当たり、的は綺麗な青に光った。
「今のように的まで魔力が届くと光ります。光の強さは感知した魔力の強さを、色はその者の持つ魔力の属性を表します。私の場合は青く光ったので水属性ということです」
そこまで説明したところで生徒の一人が手を上げる。
「先生、例えば水属性だと他の属性の魔法は使えないということですか?」
「そういう訳ではなく、得意分野の判別に使われてます。水属性の魔法師は単純に水を扱う魔法の他に、相手の動きを鈍らせたりする魔法が得意です。また真水が必要になる場面では私のような人間は重宝されます」
生徒達は成程と頷く。生物が生きていく上で特に重要なのは空気と水だ。水は飲み水としては勿論、治療や身体を清潔に保つ為にも使われている。
嵩張って重い水を馬や荷車を使って運ぶよりも、水属性の魔法師を一人連れて行く方が遥かに手間もかからないし、その分を他の運搬に回せる。
こうして魔法師は様々な現場で役に立っているのだ。
素直に感心している生徒達に隠れてテンセイシャは得意げに鼻の穴を大きくさせる。
ヒロインの属性は希少な光属性で、回復やバフが得意だ。特に極めた光属性の魔法師は死の淵にいる人間を健康体まで復活させられるらしい。
あぁ見える、聞こえる。自分の属性が判明した瞬間に驚くモブ達の声が、キャラ達のキラキラと輝いた目が。悪役令嬢達の「そんなバカな」と言いたげな顔が。
そして私は数少ない光属性の使い手として特別扱いされ、やがて王子の結婚相手にも相応しいと教師からお墨付きをもらえるのだ。
いよいよ自分の番となりテンセイシャは杖に魔力を込める。流石にゲーム画面のようにスティックを回す表示はされないが、原理は同じな筈だ。
杖に魔力を込めるイメージをすると、自分の身体から何かが抜けて杖に移る感覚がする。流石ヒロイン、魔力を込めること自体に苦戦している生徒が多い中で、簡単にそれができるなんて。
なんだ、魔法って案外簡単じゃん。この分なら他の授業も楽勝だなと思いながら的に放った。
魔力を完治した的が眩しいくらいに輝く。思わず目を瞑ってしまいそうなほどの明るさで、相当な魔力量が篭っていたと推測できた。
しかし色は彼女が期待していた光属性を表す黄色ではなく、赤色に輝いていた。
「やったねぇ!オレでも出せない程の光だよぉ!」
セオドアがはしゃいでテンセイシャを褒めるが、当の彼女は「は?」と低い声で呟く。今の結果が信じられず、何かの間違いだと何度も何度も的に向けて放つも、色は全く変わらない。
「……アマーリエ……?」
一心不乱に魔力を放ち続けるテンセイシャに、隣のセオドアが恐る恐るどうしたのかと声をかける。他の生徒も何をしてるのかとザワザワとしだし、見かねた教師が止めようとした。
「クラークさん、いくら魔力量が豊富な貴女でもこれ以上は魔力不足で倒れてしまいますよ」
「この杖きっと不良品よ!別のに変えて!」
やっと止まったかと思いきや、突然言いがかりをつける彼女に教師は面食らう。ベテランだからとこのクラスの担当に振り分けられたが、彼女の問題行動は噂以上だ。
「魔法が発動しないのならその可能性はありますが、今のは正常に発動しています。不良品ではありません」
教師はきっぱりとそれを否定する。杖は信頼できる工房で作らせているし、配る前にも確認をしたのだ。それに魔力が正常に放出されたのを何度もこの目で見ている。
「なら的が不良品なんだ!この私が光属性じゃないだなんて絶対おかしいもん!」
的だって勿論確認済みだ。思っていた属性じゃないからと言いがかりをつけるなんて随分と失礼である。
それにこの遣り取りで分かったが、彼女はかなり妄想が激しい。自分が特別だと思いたい気持ちは思春期にはままあるが、その度合いが普通を遥かに超えている。
教師は職員室にメッセージを飛ばして応援を呼ぶと、ギャアギャアと騒ぐテンセイシャに淡々と対応する。ベテランだけあって自意識が高い小娘程度はお手の物であった。
なお、授業の続きは応援に駆けつけた教師が他の生徒を見てくれたことで、今日の分は無事に終わったことを補足する。
同時刻、部下からの報告を受けたヘスターはやっぱりなと鼻で笑う。
本来のアマーリエは光属性らしいが、魔法の属性は身体と魂のかけ合わせで決まる。身体か魂、どちらかが違えば属性も変わるのだ。
現に本当のアマーリエだってアイリーンの身体を借りている状態では風属性である。身体だけ乗っ取ったところで真の主人公になり得ないのだ。
おっと、鼻で笑ってる場合じゃない。今授業で作っている薬は材料を入れるタイミングが非常に重要だ。今持ってるラニエリ草は鍋の中の色が変わった瞬間に入れないと、これまでの工程が全て水の泡となる。
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