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本編

おぼえている事

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今日も絶好の雨模様だ。
これならカビも喜んで生えるだろう。
放課後、俺は化学準備室のドアをノックした。

「キネセン~、俺~。」

ドアの外から声をかけると、しばらくしてから、化学室のドアが開いた。
ここまで徹底して準備室に入れてもらえないと、逆に気になる。

「お前、塾とかないのか?」

「あるけど、まだ平気だし。」

「ふ~ん。」

聞いた割にはキネセンは興味無さそうだった。
俺が入ってからドアを閉める。

「あ!本当に来たんだ!」

奥の目立たない実験台に霖が座っていた。
にこにこと笑っていて、とても幽霊には見えない。

「今日はキネセンにくっついて歩かなかったの?」

「さんざん怒られたしね?」

霖は困ったような顔をした。
俺はなんとなく向かいの椅子に座った。
キネセンは教壇の椅子に座って、プリントに赤ペンを入れている。
一緒に話をするつもりはないようだ。
それを少し寂しそうに霖が見つめていた。

「霖はさ~、何にも覚えてないの?」

俺はそう声をかけた。
霖は俺に顔を向けると、う~んと少し考え込んだ。

「何にも……と言うか、違うことを思い出しちゃったせいで、そっちの記憶が薄れちゃったんだよね……。」

「違うこと??」

「うん。」

「何を思い出したの?」

「ええと……それは……。」

霖は言いにくそうに視線を泳がせた。
何だろう?聞いたらまずいのかな?

「言えない感じ?」

「いや……その……信じてもらえるか……。」

「え?何??」

霖はう~んと悩んでいる。
そんなにもったいぶられると、興味が湧く。

「何だよ、霖。教えてよ。」

「う~ん……その…前世の記憶って言うか……。」

「前世の記憶??」

「うん。多分、俺、トラックに跳ねられて死んだんだよね。」

「うん。」

「で、跳ねられる瞬間、急にその前世の記憶をドドドッて思い出して……。気づいたらここにいたんだけど、前世の記憶を思い出したって衝撃が凄すぎて、俺として生きていた時の事が思い出せなくなってたんだよ……。」

「……そりゃまた。」

「だから変な話、前世の事は思い出せるんだけど、俺としての過去は思い出せないって言うか……。」

霖は非常に困ったように眉を潜めた。
死に際に思い出がフラッシュバックするとはよく言うが、霖の場合、前世の記憶がフラッシュバックしてしまったようだ。
その印象が強すぎて、すかんと本来の記憶が失われてしまった。
そんな事ってあるのかな?等と思う。

「ちなみに、前世の記憶って何??」

「あ~。」

霖はさらに複雑な顔をした。
言いたくない、そう顔に書いてある。
まぁ、無理に聞き出してもな、何せ前世の記憶だし。
霖が何でここにいるのかや、何で梅雨にしか見えないのかには関係なさそうだ。

「お~、ちょっと面白いな!?」

唐突にキネセンがそう言った。
何事かと、霖とふたり、顔を向ける。
キネセンはスマホを手にこちらに向けていた。

「何してんだよ??キネセン??」

「いやな、昨日、お前が幽霊探査のアプリ使ってただろ?ちょっと興味が出てな。今、それで霖を観察してんだよ。本当か嘘かわからんが、一応反応はしてるから面白いなと思ってな。」

俺と霖は顔を見合わせた。
案外、子供っぽいところがあるんだな、キネセン。

「霖、ちょっと消えてみろ。」

「ええ~。」

「いいからいいから。」

面白がって、キネセンはそう言った。
霖がどうするか見ていたが、あまり躊躇いもなく、姿を消した。

「はは!一応、見えてなくてもアプリでは見えてるな。おい、ちょっと移動してみ?」

キネセンは面白そうに言った。
俺もスマホを取り出して、昨日のアプリをつける。
霖の姿は見えないので、スマホをあちこちに向けてみた。

「……………。」

俺のアプリだと、それっぽいものはなんとなく人形の光みたいに表示される。
俺のアプリだとあそこにいるな?
キネセンを見ると、似たような方向にスマホを向けている。

「ええ~?本当にわかるの??それ??」

霖がそう声をあげながら、姿を表した。
案の定と言うか、場所は向けていた付近。
何だか悔しそうだ。

「へ~、オモチャだと思ったが、それなりに何かは感知はしてるんだな~。」

キネセンは面白そうにそう言う。
霖に向けていたスマホを、あちこちに向ける。

「でも違うところも何か反応あるな?」

「いるんじゃね?幽霊。化学室だし。」

「化学室は関係ないだろ。」

「そうかな?何かいかにもじゃん、化学室。」

キネセンはそう言われて、俺にスマホを向けた。
ニヤニヤ笑っている。

「お~、柘植、お前の側にも何かいるぞ?」

「は!?嘘つくな!!」

「いやいや化学室だし?」

なんだこいつ、揚げ足とりやがって。
意外とキネセンは大人げないらしい。
俺はムッとして、キネセンにスマホを向けた。

「!?」

スマホの画面、キネセンの側に光る人型がある。
いや、わかってる。
これはオモチャで、本当にわかる訳じゃない。

「あれ?霖、どこ行った??」

キネセンがそう言うので辺りを見渡す。
霖はまた姿を隠したようで、見当たらない。
さっき見つけられたのが、悔しかったのだろう。
自分から注意が反れたのを良いことに、どこかに移動したらしい。
キネセンはスマホをゆっくり動かして、周囲を探っている。

「う~ん。所詮は紛い物のおもちゃか。」

そう言ってつまらなそうにスマホを置いた。
飽きるの早いな!?
俺はキネセンにスマホを向ける。
やっぱり側に光る人型がある。
人型はキネセンにくっついて、おんぶされているように見える。

「……………。」

大正デモクラシー。
俺も何だかどうでも良くなって、スマホを鞄にしまった。

「俺、そろそろ時間だから帰るわ。」

「お~。」

「え!?もう帰るの!?」

霖がそう言って、姿を表す。
場所は教壇の前だった。
わざわざ移動してから出てこなくてもいいのに。
何となく気に入らなかった。

「雨の中、ご苦労様々だな、現代っ子は。」

「え?キネセンは塾とか行かなかったのか?」

「そう言う意味では、俺もまだまだ現代っ子、現役か~。」

「え?杵くんは十分オヤジだよね??」

「は??オヤジは言い過ぎだろうが、この永遠の十代がっ!」

幽霊にオヤジ呼ばわりされるって微妙だな。
相手はずっと年を取らないわけだし。

「現代っ子とか言うあたりでもう終わってるな。」

「いい度胸だ、柘植。覚えてろ?」

キネセンは苦々しい顔をしていた。
相変わらずかったるそうだ。

「……また来る?」

霖が控えめに声をかけてきた。
俺は霖の顔を見て、来るよと素直に返せなかった。

「どうだろ?塾もあるし。」

「そっか……。」

来て欲しいなら、そう言えばいいだろ。
俺は何だかとてもイライラしていた。

「ふ~ん。」

キネセンが俺の事をニヤニヤと見ている。
何か見透かされたような気がして、変に焦った。

「何だよ、キネセン。」

「別に。気をつけて帰れよ?」

「うっせ。」

俺は鞄を掴んで、早足で化学室を出て行った。
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