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本編

はじまりの日

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俺が化学室に入ると、キネセンは廊下から死角になり、できるだけ奥まった所にある実験台に俺を座らせた。
電気をつけていないので、薄暗い。
しとしとと言う雨音が冷え冷えした無機的な空間に響いている。
化学室は独特な匂いがして、梅雨の湿気のせいでそれが強調されていた。

「………霖(ながめ)っ。隠れてないで出てこい!もう隠れてても仕方ないだろうがっ!」

キネセンがイラッとした感じで、どこにともなくそう言った。
あの幽霊、ながめって言うんだ?
教師らしくない様子のキネセンを眺めながら、俺はそんな事を思った。
しばらくしても、何も起こらない。

「……霖、ぶっ殺す。さっさと出てこい…。」

「先生、幽霊は死んでるから、ぶっ殺せないと思うよ?」

「気合いで何とかする。」

キネセンは意外と素はアツいタイプのようだ。
ちょっと興味が湧いた。

「……怒らない?」

どこからともなく、声がする。
いや、既にキネセン怒髪に来てるよ?
何せ幽霊、殺す気らしいし。
キネセンは慣れた様子でヅカヅカ歩いて行くと、バンッと掃除用具のロッカーを開けた。

「ぎゃああぁぁっ!!」

ちなみにこれ、幽霊の悲鳴ね?
人間に見つかって、幽霊が悲鳴あげるってどういう状況なの??
掃除用具ロッカーに隠れていた?幽霊はキネセンに睨まれて、パッと消えた。

「ごめんなさいっ!!怒んないでよっ!!」

「はぁ!?全部、お前の不注意のせいだろうがっ!!」

次に現れたらしいし実験台の下をキネセンが覗き込む。
幽霊がまた、逃げる。
何なんだ??
これは一体、どういう状況なんだ??
いつもかったるそうなキネセンがイライラして吠えてるし、幽霊なのに叱られて縮こまってるし。
やっと逃げるのを諦めた幽霊が、ちょこんと俺の向かいに座った。
その隣にどかっとキネセンが座る。

「……他にこいつを見た奴いるか?」

「結局、いるみたいだな?だから皆、探してるんだし。」

「すみません……。」

幽霊は恐縮してそう言った。
キネセンは頭を抱えている。

「……何でお前は梅雨に入ったのに、うろちょろしてるんだ!?去年は化学準備室でじっとしてただろうがっ!!」

「ごめん、見えない間、杵くんの後をついて回ってたから、その癖で……。」

「幽霊の自覚を持て!自覚を!」

幽霊に自覚を訴える化学教師ってシュールだな。
それにしても、やっぱり知り合いだったみたいだ。

「どういう関係なん?キネセンと幽霊さん??」

俺は興味があったので聞いてみた。
幽霊さんははたと俺に目を向け、深々と頭を下げた。

「驚かせてごめんなさい。七不思議の梅雨の幽霊です。杵くんには霖(ながめ)って呼ばれてます。本当の名前は覚えていません。どうか俺の事はご内密にお願いしますっ!!」

「霖?」

「長雨の事だよ。ちなみに発生条件はカビとほぼ同じだ。」

「ちょっと!杵くん!その言い方酷くないっ!?」

「自分でそう言っただろうがっ。」

「そうだけど、杵くんの言い方は悪意が籠ってて、ちょっと傷つくんだけど!?」

「うっせ。」

何だろう?
この長年の友達感は??

「え?何??友達??」

「そう!友達なんだ~!」

「いや?違うだろ?研究者と実験体だ。」

「酷くない!?ねぇ、今の聞いた!?酷いよね!?」

「あ、はい。実験体は酷いですね。非人道的で。」

「ほら見ろ~!このマッドサイエンティストっ!!」

何故か俺まで友達のノリで話しかけられた。
うん、やっぱり、幽霊な事以外は普通の男子生徒っぽい。
そして非常にキネセンになついている。

「昔からの知り合い?」

「いや?去年、ここであったばかりのただの知り合いだ。」

「ちょっと!杵くん!本当酷いよね!?」

「事実だろ?」

「そのわりには仲良いですね?」

「こいつは俺以外、話す相手がいないからな。」

霖はむくれてキネセンを睨んでいる。
幽霊ってこんなに表情がころころ変わるもんなんだな?
と言うか、何で幽霊なんだ??

「霖は何で幽霊なの?何で学校にいるの?そんで、何で梅雨にしか出てこないの?」

立て続けに聞くと、霖は困ったような顔をした。
隣のキネセンを見上げる。

「聞いても無駄だ。本人もわかってない。」

「うん、覚えてなくて…。ごめんね?」

「いや、別にいいけど。」

「でも、梅雨にしか見えないだけで、ずっといるんだよ?」

「で、見えないのを良いことに、俺の後にくっついて回っていたら、梅雨入りして、この事態って事だな?」

「すみません……。」

「ちゃんと3日前に梅雨入りしたって言っただろ!?しかも毎日、表に湿度と温度も書いてやってるのに…っ!!」

「だって…すぐには見えて無さそうだったから……。」

「だからって何でうろちょろしてんだっ!この馬鹿がっ!!」

「……………。」

しゅんと霖は小さくなった。
キネセンを見ていた霖の笑顔を思い出す。
多分、あれだ。
霖はキネセンの側にいたかったんだ。
見える、見えないに関わらず。
何となく胸が痛む。
他に話せる人もいない霖にとって、キネセンは特別な人間なのだろう。

「あのさ……。」

気づいたら、声が出ていた。
霖とキネセンが俺を見る。

「ようは、霖は話せる人がいなくて寂しくて、キネセンにくっついて歩いてたんだよな?」

「え?……あ、うん…。」

「で、キネセン的には、梅雨に入ったから、騒ぎにならないよう、じっとしてて欲しいんだよな?」

「そうだな。騒ぎになられるのは面倒くさい。」

「ならさ、俺が学校ある日は毎日、霖と話に来るってのはどうだ?そしたら霖も寂しくないから、キネセンの後にくっついて回らなくても良いだろ?」

「え?……でも…。」

「いいんじゃないか?俺もそれでお前がうろちょろしないなら助かるし、お前も俺以外とも話せるのは嬉しいだろ?」

「あ、うん……。」

「その代わり、柘植も霖の事は他言無用な?面倒くさい事になるのは御免だ。」

「いいよ、わかった。」

さくさく話がまとまる中、霖は困ったように萎縮している。
何だか気持ちがそわそわして、俺は慌てて口を開いた。

「霖は俺と話すの、嫌?」

「え!?嫌じゃないよ!とてもありがたいと思ってるけど……。」

「けど??」

「俺、幽霊だよ?怖くない??」

霖はとても申し訳なさそうに言った。
その言葉に、キョトンとしてしまった。
何となく、キネセンと目を合わせる。

「……それは、な?」

「うん。悪いけど、霖。幽霊なのかもしれないけど、お前、まったく怖くないよ……。」

俺とキネセンの反応に、霖は幽霊としてショックを受けたようだった。

梅雨入りは3日前。
霖を初めて見たのは昨日。
俺と霖とキネセンと、話をした今日。

俺たち3人の非日常的なまったりした日々は、こうして始まった。
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