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本編

もぐもぐタイム

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『……やはりこの辺が優勝候補でしょうか?!』

『やっぱ、3年が強いよなぁ~。』

『元々、三年生の最後の学園生活に花を贈ろう的な意味合いも含めて始まったバレンタイン合戦ですからね?!』

『そうなの?!』

『勉強が足りませんよ?!はじめは卒業式の日に3年生、特に姫たちに感謝を込めて贈り物をするイベントだったんですよ?!それがちょっと皮肉を込めてバレンタインに行われるようになり、次第に3年だけでなく全学年になり、そして貢物を競う3学期最後の大イベントになったのがこのバレンタイン合戦です!!』

『知らなかった……。』



「……俺も知らなかった。」

「俺も……。」

クラスメイトがスピーカーを見上げて呟いた。
その中の数人はもぐもぐと中華まんを食っている。
少し間抜けな光景だ。

もちろん俺もそれを聞きながら肉まんを頬張る。

ほかほかの肉まん。
教室の隅でライルとクラスメイト数人が電気ポットとIHヒーターで簡単な調理をしている。
俺以外にもクラスメイトの数人が食っているのだが、俺用に温めるついでに温めた中華まんを、あみだくじで勝ち取った奴がもらえる仕組みらしい。

「サーク、ピザまんとあんまん、どっち食う?」

「う~ん……。」

モゴモゴしながらそちらに顔を向ける。
肉まん食ったから甘いのもいいし、ピザまんはピザまんで食べたい気もする。

「わかった。どっち先に食う?」

「……ピザまん。」

どうやら俺に食べ物をどちらか一つと選ばせる事は諦めたようだ。
先に食べたい方を俺が答えると、無言で温め作業に戻っていく。
俺が食ってしまうとクラスメイトが食べれるのが減ってしまうが、知った事じゃない。
俺は見せ物にされるために食べてるんだから、それぐらいのわがまま言ってもいいはずだ。
俺は作業を横目で見ながら肉まんの最後のひとかけらを口に放り込んだ。

「……っ?!」

むぐむぐ口を動かしていると、ライブ撮影班が物凄く寄ってきてビビる。
そこにさっと、ギルが割り込んだ。
でかい図体と威圧力で無言のままジリジリと撮影班を教室の隅の方に追いやる。

……SPか、お前は??

俺はそれをお茶を一口飲みながら呆れ顔で眺める。
黒い剣道着も相まって、迫力は抜群だ。

「あ~、撮影の人。撮ってもいいけど、観覧者の邪魔になるから前に出て来ないでくださいね~。」

作業をしていたライルも振り向き、笑顔という睨みを効かせる。
何気に怒らすと怖いからな、ライルは。
気をつけた方がいい。
しかし撮影班も食い下がった。

「でも!アップで撮った方がサーク姫の魅力が伝わります!!シルク姫がリタイアしたんですし!売り込むチャンスじゃないですか!!」

「うち、姫の安売りはしないんで。」

「でも!!」

「……あんまり執拗いと、うちのファースト騎士が武装しますよ?」

その言葉に撮影班はビクッとした。
それに乗ってか本気か知らないが、ギルがこれみよがしに置いてある剣道の防具に手をかける。
あれってそういう脅し用にそこに置いてあったのか……。
ご丁寧に竹刀までちゃっかり置いてあるのが怖い。
どうやらうちは騎士の数が少ない分、戦闘力でそれをカバーするセキュリティーシステムらしい。

何しろ元、鬼の生徒会長。
剣道部界隈では「鬼神」や「黒鬼」の異名があったらしいギルだ。
ただでさえ道着着てておっかないのに、防具と竹刀なんて身に着けたら3年C組は阿鼻叫喚の地獄と化すだろう。

ともかく怯えきった撮影班が可哀想なので、俺は助け舟を出す事にした。
直接、ギルに攻撃されるよりはマシなはずだ。

「ていうか、食ってるとこ、そんなアップで撮るなよ?!流石に嫌だぞ?!俺?!」

「ほら~。姫が機嫌を損ねちゃったじゃないですか~。」

「す、すみません……。可愛かったので、つい……。」

ギルも撮影班がおとなしくなったので、武装強化の手を止めた。
一応、騒動にならずに納まって良かった。

それにしても……可愛いって何だよ、おい。
俺は呆れながら手近に置いてあったチロルチョコを口に放り込んだ。

だいたいさ、何なの、これ??

俺は少し困り顔で目の前のギャラリーを見る。
視線を向けたせいか、わっと盛り上がり、何人かに手を振られたので振り返したんだが……何なんだ、これ……??

並べられた椅子に座り、にこにこ俺が食べるのを見ている生徒たち。
いったい何が楽しくて俺が食ってるのを見てるんだ??
理解できない。

「ほい、ピザまん。」

「サンキュー。」

フリフリのメイド服姿のライルが俺の前にピザまんを乗せたプラスチック皿を置く。
少し躊躇したが、ふっくら美味しそうに温まったピザまんには罪はない。

「……いただきます。」

俺は手を合わせてそれを掴んだ。
しかし思いの外、熱い。

「アチッ!!熱いよ!これ!!」

「蒸かしたてだからな??」

ピザまんを掴めず慌てた俺にどっと笑いが起きる。
なるほど、これはアレか?
芸人が慌てたりするのを楽しむ系のアレか??
そうか、納得。
つまり俺の食ってたりそれに付随するリアクションが皆には面白く見えるって事だ。
わたわたと熱々のピザまんを右手と左手に交互させながら、俺はこのパフォーマンスについて納得した。
なんだ、そういう事か。
納得したら落ち着いてきた。
俺は下の紙を半分ほど剥がして、ぱくり、とピザまんを口にした。

「可愛い~。」

「はふはふしてる~。」

子犬や子猫が食事するのを見守るような視線が向けられる。
芸人というか、ハプニング映像ほっこり動物編みたいなノリなのかもしれない……。

……早くニンゲンになりたい。

そんな事を考えながらピザまんを食っていると、ガラッと教室のドアが開いた。
外で入り口を閉鎖していたクラスメイトが少し慌てた様子で入ってくると、ライルに何か耳打ちする。
なんだろう?何かあったのかな?
ライルは少し考えた後、俺の方に来た。

「サーク。」

「何?」

「1年の姫の子がさ……サークのファンで、もぐもぐタイムに手作りのクッキー差し入れしたいって来てるんだけど……どうする??」

「……クッキー??ていうか、誰?!」

「1年B組の姫。」

「あ~、お菓子作りが売りの子だったっけ??そういや前にも立番の時カップケーキ渡しに来てくれたよね??確かケリー姫だっけ??」

「そう。一年だからまだ通り名は確定してないけど「スイーツ君」とか「シュガーちゃん」って呼ばれてる。」

「……え?それで、何?」

「何って??」

「いや、何で俺に確認してるの??姫同士って上げたり貰ったりって禁止だっけ??」

キョトンとする俺を見て、ライルは何か考えている。
そして納得するとスタスタとドアの方に向かった。
そしてガラッと引き戸を開けた。
そこには小柄でいかにも「姫」って感じの子が顔を赤くして立っていた。
カップケーキ貰った時は、立番だったし食べ物くれたって印象の方が強くてちゃんと覚えてなかった。

「どうぞ、入って下さい。」

「え?!は、入って良いんですか?!」

「ええ。ウチの姫がどうぞって。」

どうぞとは言っていないが、わざわざ差し入れに来てくれたんだ。
俺も立ち上がって手招きした。

「し!失礼します!!」

その子はガチガチに緊張しながら俺の前までやってきた。
クラスメイトもギャラリーも撮影班も何だろうとそれを見守っている。

「こんにちは。ごめんね?わざわざ来てもらったのにこんな状況で。」

「いえ!こちらこそもぐもぐタイム中にすみません!!」

「あはは、そんな緊張しなくても……。」

「あ!あの!!これ……っ!!」

スイーツ君ことケリー姫は、そう言って可愛くラッピングされた包みを俺に差し出してきた。
真っ赤な顔でぷるぷる震えている。

「……え?!これって?!」

俺はそれを受け取ろうとして固まってしまった。
クッキーというから簡単なものだと思っていたのに、アイシングで凄く綺麗に一つ一つがデコレーションしてある凄い綺麗なクッキーだった上、可愛らしいラッピングには「本命シール」がつけられていたのだ。

「え?!ええっ?!これ?!俺に?!」

「はい!!ちゃんとラッピングも含めて1000円以内です!!」

ケリー姫の言葉に教室にざわめきが起こる。
1000円以内という言葉で、皆がそれが俺への「貢物」であると理解したからだ。
俺もこんな状況で、しかも他の姫から「本命の貢物」を受け取るとは思っていなかったので、焦ってしまった。

「え?!ええっ?!」

「……駄目、ですか?受け取って貰えませんか……?」

躊躇した事でケリー姫はしゅんとしてしまい、泣きそうなウルウルした目で俺を見てくる。

いやだがしかし?!
これ?!受け取っていいの?!

さっとライルに目を向けると、ドアの前から動かずニヤニヤしながら俺を見ている。
クソッ、こういう時にフォローしてくれんのが姫騎士じゃないのかよ?!
キッと睨みつけると、ニヤニヤしながら頷いた。
一応、受け取って大丈夫らしい……。
俺はほっとしながらその包みを受け取った。

「ありがとうございます!!」

「いや、こちらこそありがとう……。本命とか初めてもらったからびっくりしちゃって……。戸惑ってごめんね?」

「いえ!いいんです!!受け取って下さり、ありがとうございます!!」

さっきまで泣きそうだったケリー姫は、途端、キラキラした笑顔で俺を見つめてくる。
ヤバイ……こういうの慣れてないからどうしていいのかわからん……。

周りも「え?!本命?!」とざわざわしている。
撮影班も「これはスクープ!!」と言いたげに近づいてきて撮影している。
ギルが止めようとしたが、それをライルが引き止めている。

「あのさ……?」

「はい?」

「……こんなこと俺が言うのも変だけど……何で俺に本命?!」

訳がわからなくて思わず聞くと、ケリー姫は真っ赤になって俯いた。
え、待って……俺、こういう甘酸っぱい系、慣れてないんだけど……?!
ドキドキというよりどぎまぎしながら彼の言葉を待つ。

「……ぼ、僕、お菓子作りが好きなんです。」

「あ、うん。それがケリー姫の売りだよね??」

「名前……覚えててくれたんですね……!!」

「いや、前にもカップケーキ貰ったし……。」

「……先輩は覚えていないと思うんですけど……。前に、お菓子作りの本を持ってたらからかわれて、持ってた本をはたき落とされたことがあって……。その時、たまたま通りかかったサーク先輩が拾ってくれて、僕に言ったんです……。「お菓子作れるの?!凄いね!!パティシエみたいじゃん!格好いいな!!」って……。僕、お菓子作れる事を女子みたいとか女々しいとか言われた事はあっても「格好いい」なんて言われた事なくて……。」

そういえばそんな事があったかもしれない。
でも俺の記憶だと、こんな垢抜けた感じの子じゃなかった気がするんだけど??

「何となくその事は覚えてるけど……んん?!」

「ふふっ。雰囲気変わってわからなかったとかですか?」

「うん。」

「親とか中学時代の友達にもよく言われます。僕自身、姫に選ばれるなんて思ってもなかったですし……。」

「そうなんだ??」

「はい。……先輩に「格好いい」って言われて、僕、自分に自信が持てたんです。それまでお菓子作りする事は恥ずかしい事なんだ隠さないといけない事なんだと思ってたんですけど、格好いい事なんだって思えたんです。少なくとも、先輩はそう思ってくれるんだって。」

「いや、だってマジで格好良くない?!このクッキー、凄いって!!……ねぇ!!ちょっと撮影班!!これ、撮ってよ!!すげーんだって!!」

俺は撮影班を呼びつけて、ケリー姫が渡してくれたクッキーをアップで撮ってもらった。
撮影班もそこまで凄いと思っていなかったらしく、「おおっ!!」って思わず唸っている。

「これ、皿に出してみていい?!」

「え?!あ、はい!!」

俺は許可を得てから、ライルがピザまんを渡してくれた皿をウエットティッシュで拭いてから、もらったクッキーを出して並べた。

「これ?!ヘンゼルとグレーテル?!お菓子の家?!」

「……は、はい……。は、恥ずかしいのであまりアップで撮らないでください……。」

ケリー姫のクッキーは、童話をモチーフにアイシングされていた。
めちゃくちゃ細かくて綺麗だった。

「凄い!!めちゃくちゃ格好いい!!」

「……あ、ありがとうございます。」

「ケリーはパティシエになるの?!」

「はい……。先輩に言われて自信がついてからは、真剣にその道を目指す事にしたんです。今は、その練習でこういうのを作ってインスタに上げたりしてます……。」

「え?!見たい!!インスタ教えてよ!!」

「は、はい……。」

アカウントを教えてもらった俺はちょっと閃いた。
そしてホワイトボードに向かうと、ケリー姫のアカウントをデカデカとそこに書いた。

「せ?!先輩?!」

「はい!注目!!これが1年B組、ケリー姫のクッキーアートアカウントです!!ぜひアクセスしてね~!!」

「~~っ!!」

ケリー姫は真っ赤になって固まってしまっているが、撮影班はバッチリそれを撮っているし、俺を見に来たギャラリーもアクセスして「おおっ!!」と声を上げている。
だって凄いんだよ、本当。
こんな才能、隠すなんてもったいない。

「先輩!恥ずかしいのでその辺でやめてください!!」

「ええ?!こんなに凄いのに!!俺、平凡姫じゃん?正直、貢物とかもらえるのかなぁって悩んでたから、こんなに凄い子から本命もらったんだと思うと、ちょっと自信ついてきたよ~。ありかとな、ケリー姫。」

「……先輩……。」

にこにこお礼を言うと、ケリー姫はまたウルウルした目で俺を見てくる。
いや、何でそこで泣きそうになっちゃうの?!
ちょっと困りながら机に戻り、もらったクッキーを眺める。

「……これ……食べれない……。」

「え?!嫌ですか?!アイシングなので不味くはないんです!!」

「違うって。凄すぎて食べたらもったいないじゃん!!」

「……でも、先輩に食べて欲しくて作ったんです……。駄目ですか……??」

「う、そう言われると……。」

「インスタにも上げてありますし!!生データも送りますから!!食べて下さい!!」

「ええ~?!」

俺は見事なクッキーを見て躊躇する。
いや、食べれるからって芸術品を食えるかって聞かれたら、誰だって躊躇するだろ?!

「……なら、食べさせればいいよ。」

そこにいつの間にかライルが来ていて、ぽんっとケリー姫の肩を叩いた。
びっくりするケリー姫、ゲッと固まる俺。
ニヤリと笑うライルの顔に俺は血の気が引いた。

「いや……食べたらもったいないじゃん……。」

「作者本人がお前に食べて欲しいって言ってるのに??」

「いやでもさぁ~。」

「ほい。じゃあ、食べさせよう。ケリー姫、クッキー一つ取って。」

ギョッとする俺をライルとクラスメイトがニヤニヤしながら取り押さえる。
ケリー姫も戸惑いながらも皿からクッキーを一つ手に取った。

「ほら、サーク。あ~んして!!」

「ええ?!」

「ケリー姫が困ってるだろ?!」

突然のショーに、ギャラリーはポカンとしている。
撮影班は嬉々としてそれを撮影している。
ギルは……ライルに何か言われたのか、止めたそうにしながらも変な顔で微動だにしない。

「ほら!!」

「ええい!!わかったから無理やり押さえんな!!」

俺はライルたちを振り払うと、覚悟を決めてケリー姫の前に立った。
俺より背の低いケリー姫に合わせて少し体を曲げ、あ~んと口を開けた。
何故かギャラリーから「おおっ?!」とどよめきが起こる。

「え?!本当にやるんですか?!」

「やんないと終わらなそうだから。ごめんね、こんなのに付き合わせて……。」

「いえ!!僕的には凄いご褒美です!!頑張って良かったです!!ありがとうございます!!」

「……よくわかんないけど、さっさと終わらそう。」

「はい!では失礼します!!」

気を取り直したところで、俺があ~んと口を開けると、ケリー姫が真っ赤になってぷるぷるしながら俺の口にクッキーを入れた。
何故か小さな悲鳴がギャラリーから起こる。
なんでやねん?!
とはいえ、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
俺は体を起こし、少し照れながらもぐもぐと口を動かした。

「……どうですか?!」

「ん?おいひいよ?!ありがとう。」

「……もう僕……死んでもいい……。」

そう言ってケリー姫はふらっと倒れかける。
慌ててクラスメイトがそれを抱きかかえた。

大袈裟だな??皆??
口の中のものを飲み込んで、俺は昇天しているケリー姫をクラスメイトが椅子に座らせて休ませるのを眺めていた。
これも何かパフォーマンスの一環なんだろうか??
ギルは何か言いたげにダークサイドを垂れ流しているし、ライルはニヤニヤ笑っているし、教室内は若干ざわついていた。

「あ~ん、可愛い……。」

「凄い……さすがはもぐもぐタイム……直接餌やりパフォーマンスまであるなんて……。」

「羨ましい……。」

「俺も直接食べさせて、もぐもぐして欲しい……。」

「やるならうまい棒を食べさせたい……。」

そんな声がヒソヒソとギャラリーの中で囁かれていた。
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