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本編

負けたくない

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今日からは一応、普通登校だ。
ただし、もう一度エドと学校側が話をしてある程度の結論が出るまで他の教室での学習になる。
生徒相談室か体調が心配なら保健室にと言われたので、生徒相談室を選んだ。

「おはようございます。」

「おはようございます。さ、乗って。」

「すみません。ありがとうございます。」

「いえいえ、リムジンじゃなくてごめんね。」

弁護士さんはそう、ちょっと茶目っ気を出して笑った。
俺も釣られて少し笑う。

別室登校の俺は、あまり他の生徒と顔を合わさないよう、登校時間を遅れて指定されている。
だからギルがストーキングできないので、安全が確保できるまでは誰かが送り迎えしてくれる事になっている。
今朝は弁護士さんが送ってくれ、別室での俺がどういう対応をされるのかを確認するまで同行する事になった。

「なんか……何から何まですみません……。」

弁護士さんの車に乗り込みシートベルトを締めながらそう言うと、エンジンをかけながら笑われた。

「ふふっ。君は謝ってばかりだね。」

「あ、いや……。」

「君が謝る事なんて何もないよ。私は契約の上で仕事をしているんですし。そして私の仕事は君の力になる事ですよ。」

「そうなんですけど……。」

「だから、もっと頼ってくれていいですし、助かります、ありがとう、って言ってくれた方が嬉しいです。」

「……そうですね、すみません。」

「ぷっ!!」

「あ!いや!!」

車を走らせながら、弁護士さんが笑った。
俺は困ってしまって黙り込んだ。

「……まだ本調子とはいかないみたいだね。私は君の事をよく知らないけれど、坊っちゃんの話す「あの子」のイメージより、今の君はとても脆く見えます。」

「え?……あの子?」

「私の中で坊っちゃんの話から感じていた君は、最初に会った時の感じでした。」

「最初に会った時?」

「電話で坊っちゃんに、エドモンド君を追い詰めすぎないで欲しいと頼んでいた時です。」

「……あ~。」

「弁護の連絡を受けた時、坊っちゃんが凄く必死になっていたから、もしかしてあの子なのかなって思ってたんです。そしてあの電話で確信しました。ああ、坊っちゃんを変えてくれた「あの子」はサーク君なんだなって。」

「変えたって……別に俺……何もしてないし……。それにもしそれがあの時の事を言ってるなら……むしろ俺、何もアイツにしてやれなかった。俺はこんなに力になってもらってるのに、アイツには何もしてやれなかったし、気づいてもやれなかった。自分がこうなってみて、凄くそう思うんです。あの時、もっと力になってやればよかったって。」

俺は正直、引け目を感じていた。
自分はガスパーを現場からは助けたかもしれない。
でも今の自分と同じように、訳のわからない葛藤に苦しんでいたはずなのにそれに気づくこともできず、何もしてやれなかった。
なのに今、自分はこんなにも力になってもらっている。

俯く俺に、弁護士さんは何も言わなかった。
俺は黙って流れる景色を見つめてる。

「……やっぱり、君は「あの子」なんだなって思います。」

「え?」

「自分が大変な時に、君は坊っちゃんを気遣っている。坊っちゃんだけじゃない。加害者に対してもそう。なのに自分の事は無頓着で……。これは坊っちゃんが放っておけない訳だなぁって思います。」

「……いや、気遣ってるというか、反省しているというか……。というか、「あの子」って?!」

「ふふっ。それは私の口からは言えません。」

「え?!教えて下さいよ!!」

「個人のプライバシーに関わりますので、私の口からは申し上げられません。悪しからず。」

「ええ~?!」

弁護士さんはしれっとそう言うと、少しだけ笑っていた。
俺はガスパーがどんなふうにこの人に俺の話をしていたんだろうと思うと、何だか顔が熱くなってきてしまった。

「……俺、多分「あの子」のイメージより、ずっと駄目なただのガキです。」

「ふふっ。「あの子」より駄目となると……ふふっ。」

「?!え?!待って?!「あの子」って?!どんな?!どんな話をしてたんですか?!」

「ノーコメント。」

くすくす笑う弁護士さんに翻弄され、俺はあたふたするばかり。
ノドにつっかえていたような気持ちの重さは、そのせいでどこかに吹っ飛んでしまった。
お陰でそこまで陰鬱さを背負って登校せずに済んだ。










弁護士さんは俺が別室でどんな扱いになるのかを確認すると帰って行った。
帰り際、妙なものを渡される。

『何も心配いりません。もし私がいない間に不都合な事を言われたり迫られたら、このボタンを押してください。防犯ブザーみたいなものです。押すと録音と異常を知らせる信号が送られます。誰か来るまであなたは何も話さなくて大丈夫です。』

そうこそっと言われて渡されたのは、ペンのようなもの。
別室登校中は基本通信機器は使用してはならず、監督の先生が見える場所にスマホを置いておかないといけないので少し心強かった。
俺はそれを筆記用具と一緒にしておく。

別室登校の内容は、基本プリントなどを使っての自主学習。
とりあえず来れば出席扱いなのでまあいいかとおとなしくプリントをこなす。
午前中は何事もなく、静かに過ぎる。

ただ、確か今日エドが呼ばれて、俺と話した事を踏まえてもう一度話を聞く事になっている。
それが午前中なのか午後なのかは知らない。

エドは何を話すのだろう?
何を今、考えているのだろう?
少しだけ胸が痛かった。

やがてチャイムがなり、学校全体がザワザワし始める。
昼休みになったのだ。

先生もいなくなりスマホを返してもらえたが、部屋からは出てはいけなくて一人で弁当を食べる。
これ、何日続くのかなぁとぼんやり思った。
とはいえ、昼休みなのでクラスの連中なんかとラインで馬鹿話をしたりして過ごしたので、そんなに窮屈でも退屈でもなかったのだけれども。

しかし、だ。

昼休みが終わってチャイムが鳴っても監督の先生が来ない。
俺は何か言われると面倒なので、所定のカゴにスマホを戻すと午前中のプリントの続きを始めた。

普通のクラスも授業が始まり、学校内は静かになる。
でも、その中で時よりパタパタと走る音などがして、午前中と違って何か騒がしかった。

何だろう?

そうは思ったが、ここを出る訳にもいかないのでおとなしくしている。
一度、保険医の先生が顔を出し、大丈夫かと聞いてきた。
そして俺が真面目にプリントをしている事やスマホをいじっていない事を確認すると、どこかに行ってしまった。

ずっと監視する形じゃなくて、見回りの形に変わったのかと思って俺は気にせずそのままでいた。
外は相変わらず、午前中と違って何か騒がしい。

もしかして、エドが来て何かあったのか?

そう思うと少しだけ不安になる。
監督の先生がいない事に落ち着かなさを覚えた。

もし、ここにエドが来たら……。

ふっとそんな考えが浮かぶ。
あの日は無我夢中で対抗できたけれど、今度はどうだろう?
俺は今、自分で思っているよりもダメージがある中、あの日のようにエドが来て襲ってきたら、戦えるだろうか?

ギュッと身が縮むのを感じる。
どうしよう、怖いかもしれない。
自分がこんなにも臆病になっている事に驚く。

大丈夫。
俺はドイル先生に色々教わった。
一応、1年からずっと空手部だったんだ。
だから大丈夫。

大丈夫……。

大丈夫と思いながらも、手先と足先が冷えていくのがわかる。
不安から弁護士さんが渡してくれたペンみたいなものを握りしめた。
もうプリントをやっている余裕は俺にはない。

大丈夫。
あの時と違って、誰も近くにいない場所じゃない。
大声を出せば職員室なり保健室なりに声が届く。

でも、俺は咄嗟に叫べるだろうか……。

喉がカサカサする。
持ってきたお茶は弁当を食べる時に飲んでしまった。
監督の先生が来たら買いにいこうと思っていたのを忘れていた。

大丈夫……。

その言葉が頭の中で繰り返せば繰り返すほど、嘘くさくなってくる。
見まわりでいいから、早く先生が来ないかと待ち続ける。

大丈夫……じゃない。
そう思った。

頭が重い。
何も考えたくないのにぐるぐるする。
不安で押しつぶされそうになる。

「……嫌だ……負けたくない……一人でも……一人でも、大丈夫でいたいのに……。」

不安。
そしてそれが消えない事が怖い。

俺は机に突っ伏してじっとしていた。
カウンセリングでもらった薬を持ってくればよかった。
飲んでこの解決策のない不安が消えるなら、錠剤でも何でもいい。

一秒一秒が長い。
後どれくらい待てばいい?!

怖い……。


「サーク君!!」


どれくらい時間が経っただろう?
そう声をかけられ、俺はハッとして顔を上げた。

「……え?カウンセラーさん??」

「全く!何で学校は君を一人にしているんだ?!私の診断書を見てないのか?!保健室で休んでいる訳でもなく、こんなところに閉じ込めて!!」

「……あ、いや、俺が保健室じゃなくて、ここでいいって言ったんです……。」

「でもこの状態で一人にしたんだろう?!君が具合が悪くなっているのに!誰も気づきもしない!!本当!学校ってところは時代錯誤で認識が甘くて困る!!」

カウンセラーさんは怒りながら俺の側まで来ると、優しく微笑んだ。
その顔を見て、自分が酷くホッとした事がわかる。

「……ごめんね、カウンセラーなのに感情的になって。」

「いえ……。」

「気分はどう?」

「……ちょっと辛いです。」

「うん。辛いんだね。」

カウンセラーさんはそう言うと少し俺の様子を観察した。
それから俺の荷物をまとめてくれる。

「今日のところはドクターストップ。悪いけど、早退させるよ。」

「……はい。」

「立てる?」

「多分。」

「無理しなくていいよ、ゆっくり。」

俺はカウンセラーさんに付き添われて、生徒相談室を出た。
途中で見回りの先生に会ったのだが、俺の様子とカウンセラーさんの睨みで青くなっていた。

「……リパーク心療内科のサーク君の主治医兼カウンセラーです。私の診断書はお読みになられてないんですかね?こちらの学校は?」

カウンセラーさんは先生に名刺を渡しながら淡々とそう言った。
先生はどう対応していいのかわからず困っている。
仕方ない。
この先生は生徒指導の先生でもないし、3年の先生でもない。
だから多分、事情を詳しくは知らないのだ。
たまたま授業がなくて駆り出されたのだろう。
そうカウンセラーさんに伝えたかったが、頭がグラグラして声が出せなかった。

「医師の判断として彼は早退させます。よろしくお伝えください。」

フンッとばかりにそう言うと、カウンセラーさんは俺を支えながら外に出た。

「サーク様!!」

外には、ギルの家のリムジンと執事さんが待っていた。
とても心配そうに駆け寄ってきてくれた執事さんの顔を見たら、なんだか気が抜けて意識がぷつっとなくなった。
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