姫、始めました。〜男子校の「姫」に選ばれたので必要に応じて拳で貞操を守り抜きます。(「欠片の軌跡if」)

ねぎ(塩ダレ)

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本編

知ってる人の中の知らない誰か

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「エド?」

にっこりと微笑み、自分に近づいてくる彼を見たサークは違和感を感じていた。
そこにいる人が、知っている人なのに知らない未知なる生物の様に見えたからだ。

無意識に身構える。
頭の中で違うと、違ってくれと願っていた。

「……どうしたんだよ、サーク?そんな顔して?」

「いや、さ……。騎士見習いの間は一定の距離以上、近づかない決まりがあるだろ?」

「それはストーカーくん対策にだろ?」

「そうかもしれないけど……決まりは決まりだから。」

きっぱり言い切ると、エドは一瞬だけ引き攣った表情をした。
足の動きがピタリと止まる。
しかし直ぐににこやかに笑った。

「……たまには友達の距離に戻りたいよ、サーク。」

「いやでも……。」

「誰もいないんだし……駄目か?」

「いや……。」

明らかに警戒しているサークに、エドは内心、苛立ちを感じていた。
どういう事だ?サークは何も知らないはずだ。
周りの連中は何か勘付いていたようだが、それを頑なにサークに気づかせないようにしていた。
だがサークは人を欺けるほど擦れていない。
だから警戒していると言う事は何かを知っているという事だ。

けれどそれを問い詰めては来ない。
あの日、先輩達に一人でも迷わず意見したように、間違っていると思ったなら敵わない相手であっても真っ直ぐ向かっていくサークだ。
だから何かに感づいたが確証がないといったところなのだろう。
だったらそこまで気にする必要もない。

何を知っていたとしても、サークは今、ここで自分のものになるのだから。

そう思い直し、エドは笑った。
確信のない警戒なら、気を逸らせば良いだけだ。

「……いい写真だな。」

「え……?」

「ウィリアムの写真。」

その言葉にサークはわかりやすく動揺した。
エドは心の中でニヤリと笑う。
そしてゆっくり近づき、写真を見上げた。

「これ、図書室??あ~、カウンターの中か。俺、あんまり図書室とか行かないし、カウンターの中なんて入った事がないから一瞬、わかんなかった。」

「……そっか。そうだよな……。」

サークの顔に落ちる陰。
周りから想いを寄せられる事が目立つサークだったが、近くにいる事で見えたサーク本人の想い。
サークは誰かを心のどこかで想っていた。
はじめはそれが誰かわからなかった。
サーク本人も想いを寄せながらも諦めている相手の様で、その感情はあまり表面に現れる事がなかったからだ。

だがあの日。

姫達に誘われて花見に出向いたサークはあからさまにウィリアムを意識していた。
そのポスターを見て激しく動揺し、取り繕う事もできずにその場を逃げ出した。

意外だった。

何事にも無頓着なサークがあそこまで激しい感情で相手を想っていた事にも、その相手がサークに想いを寄せているウィリアムだと言う事にも驚いた。
驚いたが、サークはウィリアムの気持ちに気付いていないどころか、まるで失恋したかの様な態度をとったのだ。

つまり今、実情はどうあれ、サークはウィリアムに失恋したと思い込んでいる状況なのだ。
恋に破れ傷心である事は、エドにとって好都合だった。

案の定、サークはあっさりと不安定になった。
自分が真横まで来たというのに、その事に何か言ったりする思考がない。
手を伸ばせば届く。
愛しさとドス黒い支配欲がエドの中に溢れた。

「……好きだったのか?」

「えっ?!」

「ウィリアムの事、好きだったのか?サーク?」

「そっ、それは……っ!!」

「この前の花見の時、見ててそう思った。違うのか?」

「……それは……。」

サークの声はだんだんと力を失った。
一度だけせつなげにポスターを見上げ、そして俯く。

「違う……。そう言うんじゃない。ウィルはレジェンド姫の一人だぞ?!俺なんかが釣りあう訳ないだろ……。未だに友達として仲良くしてくれてるのだって奇跡みたいなもんなのに……。好きだなんて思ったらおこがましいじゃんか……。」

「サーク……。」

動揺して否定するサークの言葉は、ウィリアムを好きだと全く隠せず語っていた。
それを労るようにエドはサークに触れた。
ビクッとしたがサークは逃げなかった。

エドの口元がニヤッと歪む。
こうまでつけ込みやすいとは思わなかった。
やはり失恋のショックで正常な判断ができなくなっているようだ。

「……おこがましくなんかない。」

「え……?」

落ち込むサークにそう言うと、力なく顔を上げエドを見つめる。
それに仮面のような満面の笑みを浮かべ、エドはサークの両肩に手を置いた。

「誰かを好きになるのに、おこがましい事なんかある訳ない。」

「エド……。」

「それがレジェンド姫だから身の程知らずだなんて、誰にも言う権利はない。」

暗いサークの双眸をまっすぐ見つめ力強く告げる。
だが言っている事はその傷をまざまざと見せつける内容だ。
サークが一番気にしている部分を反芻して、その心に深く刻み付ける。
けれど慰められていると錯覚しているサークは、困ったようにせつなげに弱く微笑んだ。

「……ありがとな、エド。」

「サークは良い奴だ。皆、それを知ってる。」

そしてガバッと抱きしめた。
流石に抵抗があるが勢いで押す。

「おい?!エド?!ヤメ……っ?!」

「サークは間違ってない!お前は良い奴だ!皆も俺もサークの事言葉にたくさん助けられてきた!」

「エド……。」

「皆がシルクを主将にしたいって言った時、サークは俺が頑張ってたって言ってくれた!!誰も気づいてくれてなかったことなのにちゃんと見ててくれた……っ!!」

そこで感極まった様にギュッと抱きすくめる。
サークはもう抵抗しなかった。
エドに身を任せ、させたいようにさせた。

「……あれ、スゲー嬉しかった……。スゲー救われた……。」

「そっか……。頑張ってたもんな……。」

そのまま抱きしめていても、サークは抵抗しなかった。
傷心である事が判断を鈍らせ、人の良さが成すがままにさせた。

エドは確信した。
サークはもう自分のものだと。

自分のものにできると……。

ニヤリと笑い、最後の仕上げに入る。

「……って、ごめん!!」

「いや……いいよ、別に……。」

そう言って一度、体を離す。
そうやって相手の信頼感覚を刺激する。
至近距離で向かい合ったサークは困ったように笑ってはいたが、先程までの様に警戒してはいなかった。

そこであらためて両肩に手を置いて真剣に見つめる。

「ウィリアムが好きなのか?」

「…………。そうだな……多分好きだった……。失恋したけどね……。」

「なら……俺じゃ駄目か??」

「え……?」

サークの顔が驚きに呆ける。
そこにエドは真剣に距離を縮めていく。

「……俺じゃ駄目か?サーク?」

「え?えぇっ?!」

「……駄目か?」

「え?!……えっ?!……エドは……シルクが好きだったんだよな?!」

素っ頓狂にそう言って動揺するサーク。
焦って後退るがエドもジリジリと詰め寄る。

「1年のはじめの頃はそうだったよ……。でも仕方ない事だけどシルクには嫌われてたし……。何より……俺が頑張ってたところをちゃんとサークが見ていてくれたってわかった時、凄く嬉しかった……。そんなサークを好きになった……。」

そう言い終わる辺りで、トン……とサークの背が空き教室のドアに当たった。
詰め寄られ後がなくなったサークは、心なし居心地悪そうにしている。
しかもそれが空き教室のドアの前というのは、いささか落ち着かないだろう。

当たり前だ。
にじり寄りながら追い詰めたのだから。

ニヤリとした笑みが浮かびそうな事をエドは堪えた。
もう想い人を自分のものにできるのだと思うと酷く興奮した。

「……エド、とりあえず少し離れてくれないか?」

「好きなんだ、サーク……。」

「いや!とりあえず落ち着け!!」

「好きだ……。」

エドはそう言うと、サークを追い詰め押さえ込んだ。
ギョッとしたサークが非難の声を上げる。

「……っ!俺の話を聞け!!とりあえず離せ!!エド!!」

「答えるまで離さない……。」

「いい加減にしろ!!」

苛立たしげに突き放してくるサークをエドは力任せに追い詰め、顔を寄せる。
ジタバタ藻掻くその体を押さえ込んだ。

あぁ、やっとサークが自分のものになる……。

エドはその思いに酔ったような感覚を覚えた。
全身でサークの体を押さえ込み、自分のしたいように口付けようとした。


「……やめろつってんだろうがぁっ!!」


しかしエドの思い通りには行かなかった。
どうやったのかサークはエドの腕の束縛を逃れ、力いっぱい頭突きをしてきた。

「?!」

「だから離せっての!!馬鹿野郎っ!!」

思わず身を引いたエドの腹にサークは一撃食わす。
そのまま蹴りの体制に入られたが、エドは素早くそれに応戦した。

サークは決まると思った蹴りを避けられ、チッと舌を鳴らした。
流石に主将を務めたエドはそう簡単にはいかないようだ。
かと言ってこのまま好き勝手されるのはむかっ腹が立って仕方がない。

エドは苦々しく顔を歪めてサークを睨んだ。

おとなしくしていればいいものを、どうして抵抗するというのか……。
こうなったら、お前は自分のものだとよくよくわからせるしかない。

まだ逃げるには至らない距離だった為、サークが仕掛けてくるのはわかっていた。

二人はジリジリと睨み合った。
そしてエドがふと身を引いたタイミングを逃さず、サークが仕掛けた。
それをお手本通りに奇麗に避けながら、エドの突きがサークの顔を掠める。

「……っ?!」

逃げる為に前に出ていたサークだったが、瞬時に事態を把握して無理に突っ込んでいくのをやめた。
驚きながらエドから目を逸らさず、自分の頬に触れた。

指先がぬるりとし、触った箇所がヒリヒリと痛んだ。
ちらりと手を見れば指には赤い血がついていた。

「……エド……お前……っ?!」

「手荒な事はしたくなかったんだけどね……。サークが自分の身の程を理解してないみたいだから、さ……。こういうのは一番はじめにしっかり教えこまないと駄目だからさ……。」

サークが冷たく睨むその先で、エドは何でもないことのようにそう言って肩をすくめて見せた。
何が悪いなどとは微塵も感じていないニヤけた口元が気持ち悪かった。

ストンと頭が冷え、冷静にエドを睨むサーク。
対してエドは何も考えていないように薄く笑っている。

その手には、当然の事のように小型のナイフが握られていた。
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