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1〜3章

白い獣と恋に落ちる

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僕は今日、魔物の森で白い獣に出会った。
とても美しいその獣を見た時、僕は運命だと思った。

一目で、僕は恋に落ちた。







俺の両親は中級冒険者だ。

だから当然、俺も冒険者になる事になる。
いや、父さんも母さんも、なりたいものになりなさいと言ってくれるが、生まれてこの方、冒険者として生きている2人に囲まれて、時には同行しながら生きてきたのだ。
旅と冒険と危険と自由を知っていて、わざわざパン屋になろうとは思わないし(パン屋はパン屋で楽しそうだけど)、色々な事を知るのは楽しいと思うけど、机に齧り付いていたり1つの所に縛られたり捕らわれたりするのは性に合わないから、学者になったり、普通に勉強して生活するスタイルにはどうしても馴染めない気がした。
その点、冒険者は自由に各地を巡りながら、生身で学びたい事と触れ合える。
勉強なら暇な時本を読めば良いし、皆、何だかんだ面倒見が良いし、冒険者の中には見聞の広い人も多いから、短い間、先生になって色々教えてくれる。
たまに、固定生活をせずに子供を決まった学校に行かせないなんて言語道断だ!と言ってくる人がいるけど、俺は学校に行った事がない訳じゃない。
仕事の都合で暫くその地に留まる時なんかは借家を借りて、冒険者児童育成制度を用いて、そこの学校に通ったりもする。
ただ、次の仕事がそこからだと難しい時はそこを離れるけど、父さんも母さんも、出来るだけ学校に行けるように仕事を選んでくれてた。
固定生活をしなければ子供の学力がつかず将来の生活に困るだの、あんまりにもうるさいから、ならテストしてみろと言ってやってそいつの作ったりテストをほぼ満点で返してやった。(そしたらそれはそれで「神童だ!この子はしっかりした学校で学ばせた方がいい!」とか言い出して面倒だったけど)
別に固定生活をして学校に行くのが悪いとは思わない。
ただ、うちの生活スタイルには合わなかっただけだし、俺がそれを嫌がってなかった訳だし、それによって俺の学力が平均以下になってた訳でもないのだから、放っといてくれって感じだ。

とは言え、俺もそれなりに大きくなり、選択しなければならなくなった。
年齢的に、寄宿制の学校にも行けるし、冒険者登録も出来る歳になったのだ。
当然俺は学校には行かず、冒険者登録をするつもりだったが、父さんと母さんは学校に行かせたかった。
今まで連れ回した分ゆっくり学校に行って欲しいとか、一度は普通の生活を経験した方がいいとか、そんな理由だ。
俺としては、やっと親の同行者でなくて自分として冒険者として旅が出来るのだから、さっさと冒険者登録がしたかった。
勉強は嫌いではないが、今までの勉強方法で不満がある訳ではなかったし。
だが、話し合いは平行線を辿り喧嘩になった。
そして飛び出た、売り言葉に買い言葉。
「学校にも行かず、そんなに冒険者になりたいなら!1人で大物を仕留めて来い!」って言うから、俺はそこを飛び出して魔物の森に来ていた。
父さんが大物と言ったからには、そんじょそこらの魔物じゃ納得させられない。
だから俺は魔物の森に入り、大物を狙う事にしたのだ。

とは言え、子供の俺が大物を仕留めるパワーなんて無い。
だが方法はない訳じゃない。
非力な俺が大物を仕留める方法。

それは罠だ。

でもそんじょそこらの罠では大物など仕留められる訳がない。
俺はそれまでたくさんの冒険者から学んできた知識と技術を総動員して、オリジナルの対高等魔物用の罠を完成させた。
後はこれに何かが引っかかるまで、準備をして待てばいい。
自分でとどめを刺すのが難しければ、麻痺させるか眠らせるかして、父さん達を呼んで来ればいい。
俺は意気揚々とその場を離れた。
父さん達との賭けには、既に勝ったと思っていた。

それがとても愚かな行いだと知るのは、半日以上たった、満月が夜闇を支配する真夜中になってからだった。








レティシェルは、腹がたったので人間界に降り立っていた。
いつまでも父、ヒューバードが子供扱いするからだ。
いや、確かにまた子供なのだが、いい加減に実力については認めて欲しい。
いつまでも、子供だから危ないからなんて事を理由に過保護にされるのはまっぴらだった。
確かにまだフェンリルと言うには体は小さすぎるが、魔力は他のフェンリル達より既に強い。
魔獣軍トップのヒューバードの息子として恥ずかしく無いはずなのだ。
なのに、子供が関わる事じゃないと、父親はレティシェルを軍に参加させようとはしない。
もう十分、実力は備わっているはずなのに!
そこでレティシェルは考えた。
人間の村の1つでも滅ぼせば、認めて貰えるんじゃないかと。

後から考えれば、それこそ本当に子供の浅はかな考えだった。

魔王国とポータルで繋がった人間の森を歩いていると、突然、ただならぬ気配を感じた。
さっとその場を離れようとしたが遅かった。

罠だ!

だが慌てる事は無い。
自分は仮にも魔獣の頂点に立つ一族の1つフェンリルなのだ。
人間が作った罠などどうって事はないはずだ。
レティシェルは持てる全ての力でそれを弾き返そうとした。
なんて事は無いはずだった。

「……っ!?嘘だっ!?何でっ!?」

しかしその罠はとても巧妙で複雑たった。
力で対抗すると魔法系の罠が発動し、魔力で打ち破ろうとすれば、その魔力を用いて次の罠が発動する。
慌てたレティシェルは冷静さを失った。
ただもがき、暴れ、体力と魔力が消耗していく。
何重にも組み合わされた巧妙な罠は、レティシェルの力をすり減らし、どうにも出来なくなった。

こんな筈じゃない!
俺は仮にもフェンリル、魔獣軍トップのヒューバードの息子だ!
人間の罠に負けるなんて…っ!!

暗い絶望がレティシェルの心を覆った時、かさりと音を立て、人間の子供が姿を表した。
レティシェルを見て、大きく目を見開き、時間が止まったように固まっていた。







俺がその獣を見た時、頭から雷に打たれたような衝撃を受けた。

森の闇を静かに照らす月明かりに浮かび上がった、白く輝く美しい獣。
凛として美しいその獣は、罠に抑え込まれながらも気高く、苦しみながらも決して地面に頭をつけようとはしなかった。

時が止まったんだ。

その美しく気高く、傷つきながらも誇りを失わない真っ白い獣から目が離せなかった。
そして知った。
自分がどんなに愚かな事をしたのか。

罠は確かに、高等な魔獣を捕まえ押さえ込んだ。
だが、こんなにも誇り高い生き物を、不意打ちで真っ向勝負せずに捉えた事に、冒険者としての自分の未熟さや愚かさを指摘された気がした。
罠で魔物を捉える事は別に悪い事ではない。
力の無いものが、安全に戦う1つの方法だ。
だがそれは、冒険者として生きる道を選ぼうとする自分にとって、正しい選択だったのだろうか?
何か被害があって行う事ならまだしも、自分の欲求を通す為だけに、何の罪もない魔物を罠に掛けたのだ。
自分は、この美しく気高い生き物を犠牲に、我儘を押し通そうとしているのだ。
父親の言った「1人で大物を捉えてこい」と言うのは、本当にこう言う事なのだろうか?
冒険者になりたいなら、冒険者として真正面から相手にぶつかって、勝ち取って来なければならないと言う事ではないのだろうか?
なのに自分は、こんなにも綺麗で誇り高い命と真正面から向かい合う事もなく、犠牲にしようとしている。
それは、真に冒険者を目指す者の心得として正しいのだろうか?

俺はゆっくり、その綺麗な生き物に近づいた。
真っ白い獣は何も言わず、静かに、そしてとても強い意思で俺を睨んでいた。

「………ごめん…ごめんね…。」

俺はその獣の前でボロボロ泣いた。
美しい獣は黙ってそれを見ていた。

「痛かったよな。辛かったよな。ごめん…ごめんね……。」

場違いにもグズグズ泣く俺を、真っ白い獣はただ眺め、小さくため息をついた。
顔を上げて、その獣を見つめる。
獣はもう苛立ってはいなかった。
とても美しい不思議な色の瞳で、静かに俺を見つめていた。
吸い込まれそうな瞳だった。

見つめ合っていると、胸の中が温かくもジンジン傷んだ。
妙に高揚した気分になり、俺は無意識に手を伸ばし、その顔に触れた。
噛み千切られたっておかしくなかったのに、俺は何の躊躇もなかった。
触れた白く輝く毛皮は柔らかく、ずっと触っていたいと思った。
ゆっくり手を滑らせ、その尊顔を撫でる。
そっと身を寄せ、抱きしめた。
温かく、柔らかく、何かとてもいい香りがした。
真っ白い気高いその生き物は、馬鹿な俺の好きにさせていた。
顔を上げると、間近で目があう。
俺の心は、その不思議な色の瞳に吸い込まれてしまった。

「……好きだよ…大好き…。」

俺はそう言って、気高い白い獣の口元にキスをした。
何度も何度もしていると、獣は恥ずかしいのか身を少しよじった。
何かそれが凄く可愛くて、俺は満面の笑みを浮かべて抱きしめた。

「大好き。」

獣は何が何だかわからないようで、少し戸惑い、困ったように俺を見ていた。
俺はくすくす笑いながら、罠を解き始める。
学校だとか冒険者だとか、そんなものはもう、どうでも良かった。
ただ白い獣に触れている事が嬉しくて幸せで、ドキドキして。
何度も抱きしめて口付けた。
罠が解き終わったら、できる限りの手当をした。
魔物相手に人間と同じ手当で良いのかわからなかったので、もっとしっかり勉強しておけば良かったと思う。
手当も終わると、真っ白い獣は立ち上がって、ふるふると体を震わせた。
全身を見て、圧巻だった。
本当に白く気高く美しい獣だった。

俺は、この獣に恋をした。

他に何もいらない。
ただ、この獣と一緒にいたかった。

だが、それにはまた俺は未熟だし、知識も足りないし、何より愚かだ。
この美しく真っ白な気高い魔獣と一緒にいるには、もっと学び、もっと強く、横に並んでも恥ずかしくない精神を身に着けなければならないと思った。

「あのさ…俺、もっと勉強して、もっと強くなって、もっと精神的にも恥ずかしくない人間になるから……。」

罠も解け、治療も終わって立ち去ろうとするその獣に俺は声をかけた。
真っ白い獣は不思議そうに俺を見ている。

「だから!大きくなったら俺のお嫁さんになってね!!必ず迎えに行くから!!」

俺の告白に、月明かりに白く輝く獣は、びっくりした顔をした。
そしてあわあわと慌てふためくと、ぴょんぴょん跳ねるように森の奥に消えて行った。

何だよ、照れ屋さんだな。
あんなに気高くて綺麗なのに、可愛いな♡

それを見送って、気持ちがとても前向きになった。
俺の進むべき道は決まった。
だったらその道を真っ直ぐに進むだけだ。

俺は家に帰り、学校に行く事を両親に告げた。
学ばないといけない事は山ほどある。
修行だって手を抜いたら駄目だ。
早く、早くあの子を迎えに行くんだ。
他の誰かに見初められて奪われる前に、ちゃんとあの子の心を捕まえておかないと。

俺の心があの子の瞳に囚われて抜けられなくなったように。

心に明るく弾んだ音楽が流れ出した。
迷いなんてない。
流れる音楽に身を任せて、俺は真っ直ぐあの子に向かって進み始めた。










何なんだ?!あの子供は!?

レティシェルは何故、自分がドギマギしているのかわからなかった。
でも、罠に掛かった自分の為に涙を流し、懸命に罠を外して治療してくれた子供の事を考えると、胸の奥が少しだけチリチリした。

自分を認めてもらう為、人間の村を滅ぼそうと思っていた。
でも、その村にはあの子供がいたのだ。
人間に情が湧いた訳ではない。
ただ、自分にとって狩る以外に意味のないと思っていたものにも心があるのだと知った。
村1つを滅ぼすと言う事が、どういう意味があるのか初めて理解した。
魔族と人間。
そこには埋める事の出来ないものはあるけれど、相手が無意味なものではないのだとわかった。
お互い、それぞれに考えがあり意味がある。
それを踏まえていなければ、魔王軍として戦う者にはなれないのだ。

「レティシェル。」

こっそり城に帰ってきたレティシェルは、呼びかけられてビクッとした。
その声は父であり、魔獣軍のトップであるヒューバードのもので間違いなかった。

「何でしょう?父上?」

レティシェルは努めて何でもない振りをした。
夜中に人間の森に行った事は、バレていないはずだ。
内心ドキドキしながら、父親の顔を見つめる。
父であるヒューバードは、黙って息子の顔をしばし見つめた。
そしてふうとため息をつくと、ぽん、とその頭を撫でた。

「一晩で何があったかは知らないが、良い顔つきになった。お前も少しずつ、魔王様に仕える仕事を学び始めても良いかもしれんな。」

「父上っ!ではっ!!」

「ああ、私からも魔王様に話をしよう。追って連絡があると思うから、準備をしておくように。」

「はいっ!ありがとうございます!!」

レティシェルはそう言って頭を下げると、軽い足取りで自室に向かって歩いて行った。
残された父親のヒューバードは、それを見送りながら、深々とため息をついた。

「どうだ!?荒治療も中々効果があったろう??」

「魔王様……。」

そんなヒューバードににやにやと声を掛けてきたのは、イタズラ好きな魔王、その人だった。
実を言えば、ヒューバードは全部知っていた。
一人息子のレティシェルが魔界を抜け出して人間の森に行ったのに、直ぐに気づいて追いかけようとした所、魔王がそれを止めたのだ。
面白そうだから様子を見ようと。
王に直接そう言われ、生真面目なヒューバードは反対も出来ず、面白がる魔王と2人、こっそり後をつけたのだ。
そして一部始終を見守った。
どうなることかとヒヤヒヤしたが、息子はこの一件で多くを学んだようだ。
しかし、それより魔王が楽しげににやにやしているのが気に掛かる。

「何がそんなに面白いのですか?魔王様…。」

自分の仕える魔王の性格を、嫌でも熟知しているヒューバードは悪い予感しかしなかった。
それに魔王はケセラセラと笑うだけ。

「いや何。親子揃って、退屈しのぎには事欠かないな~と思ってな~。これから楽しみだ~!!」

聞いても答えない事を理解しているヒューバードは、深く深くため息をつくと、楽しげに歩いていく自分の主に、付き従ったのだった。
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