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1〜3章
恋するレティシェル
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レティシェルは、魔王軍の魔獣軍のトップである、ヒューバードの息子だ。
ちなみに種族はフェンリルだ。
だから自分がこんな格好をさせられて、街におつかいに出されるなどという事が、耐え難い屈辱だった。
「いくら……いくら魔王様だからと言って……いくら…賭けに負けたからと言って……この仕打ちは……っ!!」
レティシェルは魔王の暇潰しのゲームに負けて、罰ゲームと称した魔王の趣味で遊ばれている最中だった。
魔王の趣味と言うのが、これまたイタい。
男であるレティシェルを人に化けさせ、フリフリのメイド服を着せたのだ。
フェンリルは元々、高貴な魔物だ。
それゆえに美しい姿をしている。
だから人に化けたレティシェルもまた、美しかった。
その為、絶対に男では似合いそうもない可愛らしいメイド服も、来てしまえば相違がなかった。
似合わなければ似合わないで恥ずかしいものだが、違和感なく着こなせてしまうというのも恥ずかしすぎる。
そしてその格好で、人間の街におつかいに出されるなど、末代までの恥でしかない。
かといって、魔王に逆らえる訳でもない。
父親のヒューバードも、下手を言うと間違いなく自分が着せられるとわかっていたので、強く魔王に反対しなかった。
あの糞親父、息子を悪魔に売りやがった!
魔族が悪魔に売られると言うのは変な話だが、言い回しだとそうなってしまう。
こうなったら、さっさと買い物を済ませて帰るしかない。
「お嬢ちゃん、お買い物かい?」
イライラしながら歩いていると、レティシェルは柄の悪い男達に囲まれた。
たいして強くも無さそうなので、フェンリルであるレティシェルは何とも思わなかった。
無視して通ろうとすると、腕を捕まれた。
すぐにそれを振りほどく。
汚らわしい手で、この私に触れるなど!
レティシェルは冷たい怒りに震えた。
骨の欠片も残さない消し炭にしてくれるっ!!
そう思ったところで、今度は誰かにガバッと肩を抱かれた。
「!?」
「ごめん~待った~??」
何だこいつ!?気配を感じなかった!?
そう言った男の顔を見て、レティシェルは固まった。
勇者だった。
「お兄さんたち、ごめんね、この子、俺の先約だから。じゃ、行こうか?」
「は!?待て!?何を!?」
フェンリルであることを見破られたのか!?
レティシェルは内心焦っていた。
こんな雑魚どもはどうでもいいが、勇者はまずい。
「おい、待てよ!その美人は先に俺たちが目をつけたんだ!勝手に連れて行くな!」
人数に胡座をかいたのだろう。
勇者相手に向かっていくとは馬鹿な連中だ。
レティシェルは呆れ返ってしまった。
それを恐怖で固まっていると思ったのか、勇者はキラリとした笑顔をレティシェルに向けた。
「ちょっと待っててな?すぐ終わるから。」
当たり前だが、余裕を見せる勇者。
そしてバッタバッタと賊どもを倒していく。
これは……。
レティシェルは思った。
逃げるチャンスだ。
そしてそのままその場を走り去った。
そのまま帰ってしまおうかとも思ったが、勇者に見つかって、買い物もせずに帰ったとなれば、魔王にどれだけ馬鹿にされるかは目に見えていた。
仕方なくおつかいを続行する。
「ここだな。」
メモを見ながら、確認する。
クラシックな構えの店だ。
何の店かは知らない。
ただ、ここで新作を買ってこいとの命令だ。
新作って何だろう?
レティシェルはあまりよく考えずに店の中に入った。
「!!」
入って固まった。
硬派な店構えとは裏腹に、そこはランジェリーショップだった。
あの糞魔王っ!!わざとだ!!
わざとこの店を選びやがったっ!!
メモを片手にレティシェルはぷるぷる震える。
「ふ~ん。見た目のわりに、結構、大胆な下着つけてるんだな?」
いきなり背後から声がした。
ぎょっとして振り替えると、勇者が立っていた。
「何で!?」
「酷いよな~。戦ってる間に置いていくとか~。」
「それは…っ!!」
「でもいいや。こうして会えたし。何?下着買うの?俺、選んであげる~。」
「違う!まお…主のおつかいで……新作を……。」
「ええ!?君のじゃないの!?」
「私はこのような下着は着けないっ!!」
「う~ん。そっか~。確かに足りないよな~。」
「……足りない??」
「ここが♡」
勇者はそう言うと、レティシェルの胸をつんっとつついた。
「!?!?」
「あはは。真っ赤で可愛い~。俺、巨乳好きだけど、こうして見ると…うん。ちっパイも悪くないな~。」
「は!?何を言っているんだ!?貴様!?」
「うんうん、美人で強気ってのもいいよな~。」
「な!?な!?」
「ねぇ、名前教えてよ?」
「は!?」
「教えてくれたら、俺が可愛い下着、買ってあげる~。」
「いらない!こう言うのは着ないと言っただろう!!」
「大丈夫だよ~ちっパイの可愛い下着もあるから~。」
「ちっパイ、ちっパイって何なんだ!!」
「ごめん、気にしてた?」
「知らん!!とにかく退いてくれ!おつかいを済ませて早く帰りたいんだ!!」
「名前を教えてくれるまで退かない~。」
「嫌に決まってるだろ!!」
勇者に邪魔されて、入り口付近からレティシェルは動けない。
これではおつかいを終わらせる事が出来ない。
一刻も早くこんな服、脱ぎたいと言うのに!!
「………ィシェルだ。」
「え?」
「レティシェルだ!もういいだろ!退いてくれ!」
レティシェルは恥ずかしくて真っ赤になりながら、勇者を押し退けた。
あわあわしながら店員に新作を頼み、包んでもらう。
「レティちゃん?」
「お前……まだいたのか?男の癖に、よくここにいて恥ずかしくないな!?」
「ん~??だって彼女が一緒だし?」
「彼女??」
「レティちゃんがね。」
「……は??」
「だから、レティちゃんが彼女ね?」
「はあぁ!?」
「やだな~照れちゃって~。」
「照れてない!呆れてるんだ!」
「それよりどっちがいいかな~??」
「は??」
「レティちゃんの下着。」
「はあぁ!?」
「レティちゃんは純潔の白が絶対似合うんだけどさ~、黒もエロチックで捨てがたくてさ~。ほら見て!この黒の艶かしくて大胆な感じ!新なレティちゃんの扉が開くと思わない!?」
「待て待て待て!!何故、着たこともないのに見たことがあるような口調なんだ!?そして何故着る前提なんだ!?」
「だって、これから着せるし。脳内でのシミュレーションはバッチリだよ!!」
「着ないと言ってるだろう!!」
何だ!?こいつは!?
勇者ってのはこんなにチャラいのか!?
そしてこんなに無節操なのか!?
勇者と言うより、完全なだめんずじゃないか!?
「レティちゃん。素直じゃないな?」
勇者はくいっとレティシェルの顎を持ち上げた。
間近で瞳を覗き込まれる。
レティシェルは何故かどぎまぎしてしまった。
「ちっパイなんて、気にするなよ。俺が育ててやる。」
「だ、だから……っ!!」
「こんな気持ちになったのは、レティシェルが初めてなんだ……。俺、巨乳大好きなのに……そんなことどうでもよくなった……。レティシェルに一目惚れした……。俺を好きになってよ……ね?」
「……どうせ、誰にでもそう言ってるんだろ?離してくれ。」
「嘘じゃない……。こんな気持ちは、あのフェンリルを見た時以来だ……。」
「!!」
レティシェルはじっと勇者を見た。
そして思い出した。
子供の時、誤って人の罠にかかった際に、助けてくれた小さな男の子の事を。
その子は一生懸命手当てをしながら、何度もレティシェルにキスをした。
抱き締めて、好きだよと呟き続けた。
別れ際、その子は言った。
大きくなったら、お嫁さんになってね、と。
必ず迎えにいくから、と。
「俺、勇者とか言われてるけど、本当は会いたい人……人って言うか、フェンリルなんだけど……がいるから、魔王のところに向かってるだけで、別に戦いたい訳じゃないんだ……。」
レティシェルは目を見開いた。
目の前にいるこのチャラい男の中に、あの男の子の面影を見たのだ。
心臓がだんだんと早く動き始めた。
「……おかしいよね?人間がフェンリルに恋をするなんて?」
「……別に……変じゃない…。」
「うん。何かレティシェルならそう言ってくれる気がした。」
「……………。」
「レティ?好きだよ……。俺を好きになって?」
レティシェルは真っ赤になってしまった。
こんな強引に迫られるのも、一方的に愛を語られるのも、勝手に愛称で呼ばれるのも、チャラいところも、だめんずなところも、全部が…全部が許せてしまったのだ。
「レティ……。」
そう言って顔を寄せられる。
許せてしまう。
全部……。
「って!!ちょっと待てっ!!」
「あ~惜しかった!!」
「惜しかったじゃない!!いきなり何するんだ!!お前は!!」
「なんだよ~、レティも乗り気だったじゃんか~!!」
「乗り気じゃない!!そこをどけっ!!」
レティシェルは勇者を押し退けた。
ちょうど支度が終わったのか、店員が袋を渡してくれる。
それを掴んで、レティシェルは急いで店を飛び出した。
「レティ~!!待ってよ~!!」
「待たない!!」
どうしたんだ!?自分は!?
何で勇者にあんな事を許そうとしたんだ!?
だいたい、フェンリルと人間では結婚なんて出来ない。
そもそもこんな格好で気づいていないだろうが、私は男だ!!
結婚なんて!!出来るわけないだろう!!
何を考えているんだ!?あの勇者は!?
「レティシェル~、忘れ物~。」
「うわっ!?もう追い付いたのか!?」
「伊達に勇者って呼ばれてないよ、俺。」
そう言って勇者はレティシェルに袋を渡した。
何だろうと中を覗き込む。
「!?」
「次、会うときは、着てきてね?レティ?」
「……着ないと言っているだろうが~!!馬鹿~っ!!」
レティシェルはそう言って、走り去った。
もらった袋は、しっかりと持ったまま。
嘘だ、嘘だ、嘘だ……。
そんな訳がない。
だって自分はフェンリルで、そして男なのだ。
なのに……。
「ヤバい……好きかも……。」
レティシェルは自分の気持ちが解らず、とにかく走って帰った。
「あれ?お前、何してるの?」
走り去るレティシェルを見送り、勇者は笑っていた。
ちょうどそこに、仲間のひとりが通りかかった。
「ん~??運命の人を口説いてた~!!」
「え?今の子?」
「ああ。」
「お前にしちゃ、胸が無さすぎないか!?」
「う~ん、レティの場合、ちっパイって言うか、何て言うか……。」
仲間にそう言われ、勇者は含み笑いをした。
だって、レティシェルは……。
「こんなに早く再会出来ると思ってなかったな~。」
次、会った時、人の姿をしていたら、レティはあれを着てくるだろうか?
もし着ていたら、それが答えだろう。
楽しみだと思った。
「……見たか!?ヒューバード!?」
「あ、はい。見ました、魔王様……。」
「何て甘酸っぱいんだっ!!作戦成功ではないかっ!!」
「はあ……。」
こっそりとレティシェルの後をつけながら観察していた魔王は興奮ぎみにヒューバードに言った。
ヒューバードは己の息子の甘酸っぱい現場を見せつけられて、めまいがしていた。
「……帰りましょう。魔王様。」
「そうだな!早く帰って!レティシェルをからかっ……いや、労ってやらないとな、うん。」
「絶対、からかうおつもりですよね……。」
ヒューバードはそう言って、子供の姿になっている魔王を肩にのせた。
こちらも急いで帰らなければ……。
ヒューバードはひとり、深いため息をついた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〈詳細データ〉
レティシェル(レティ)
フェンリル。魔獣軍トップ、ヒューバードの息子。昔、人間の男の子に助けられた事がある。魔王の悪戯で女装していた所、勇者に口説かれる。満更でもない自分に戸惑っている。
ちなみに種族はフェンリルだ。
だから自分がこんな格好をさせられて、街におつかいに出されるなどという事が、耐え難い屈辱だった。
「いくら……いくら魔王様だからと言って……いくら…賭けに負けたからと言って……この仕打ちは……っ!!」
レティシェルは魔王の暇潰しのゲームに負けて、罰ゲームと称した魔王の趣味で遊ばれている最中だった。
魔王の趣味と言うのが、これまたイタい。
男であるレティシェルを人に化けさせ、フリフリのメイド服を着せたのだ。
フェンリルは元々、高貴な魔物だ。
それゆえに美しい姿をしている。
だから人に化けたレティシェルもまた、美しかった。
その為、絶対に男では似合いそうもない可愛らしいメイド服も、来てしまえば相違がなかった。
似合わなければ似合わないで恥ずかしいものだが、違和感なく着こなせてしまうというのも恥ずかしすぎる。
そしてその格好で、人間の街におつかいに出されるなど、末代までの恥でしかない。
かといって、魔王に逆らえる訳でもない。
父親のヒューバードも、下手を言うと間違いなく自分が着せられるとわかっていたので、強く魔王に反対しなかった。
あの糞親父、息子を悪魔に売りやがった!
魔族が悪魔に売られると言うのは変な話だが、言い回しだとそうなってしまう。
こうなったら、さっさと買い物を済ませて帰るしかない。
「お嬢ちゃん、お買い物かい?」
イライラしながら歩いていると、レティシェルは柄の悪い男達に囲まれた。
たいして強くも無さそうなので、フェンリルであるレティシェルは何とも思わなかった。
無視して通ろうとすると、腕を捕まれた。
すぐにそれを振りほどく。
汚らわしい手で、この私に触れるなど!
レティシェルは冷たい怒りに震えた。
骨の欠片も残さない消し炭にしてくれるっ!!
そう思ったところで、今度は誰かにガバッと肩を抱かれた。
「!?」
「ごめん~待った~??」
何だこいつ!?気配を感じなかった!?
そう言った男の顔を見て、レティシェルは固まった。
勇者だった。
「お兄さんたち、ごめんね、この子、俺の先約だから。じゃ、行こうか?」
「は!?待て!?何を!?」
フェンリルであることを見破られたのか!?
レティシェルは内心焦っていた。
こんな雑魚どもはどうでもいいが、勇者はまずい。
「おい、待てよ!その美人は先に俺たちが目をつけたんだ!勝手に連れて行くな!」
人数に胡座をかいたのだろう。
勇者相手に向かっていくとは馬鹿な連中だ。
レティシェルは呆れ返ってしまった。
それを恐怖で固まっていると思ったのか、勇者はキラリとした笑顔をレティシェルに向けた。
「ちょっと待っててな?すぐ終わるから。」
当たり前だが、余裕を見せる勇者。
そしてバッタバッタと賊どもを倒していく。
これは……。
レティシェルは思った。
逃げるチャンスだ。
そしてそのままその場を走り去った。
そのまま帰ってしまおうかとも思ったが、勇者に見つかって、買い物もせずに帰ったとなれば、魔王にどれだけ馬鹿にされるかは目に見えていた。
仕方なくおつかいを続行する。
「ここだな。」
メモを見ながら、確認する。
クラシックな構えの店だ。
何の店かは知らない。
ただ、ここで新作を買ってこいとの命令だ。
新作って何だろう?
レティシェルはあまりよく考えずに店の中に入った。
「!!」
入って固まった。
硬派な店構えとは裏腹に、そこはランジェリーショップだった。
あの糞魔王っ!!わざとだ!!
わざとこの店を選びやがったっ!!
メモを片手にレティシェルはぷるぷる震える。
「ふ~ん。見た目のわりに、結構、大胆な下着つけてるんだな?」
いきなり背後から声がした。
ぎょっとして振り替えると、勇者が立っていた。
「何で!?」
「酷いよな~。戦ってる間に置いていくとか~。」
「それは…っ!!」
「でもいいや。こうして会えたし。何?下着買うの?俺、選んであげる~。」
「違う!まお…主のおつかいで……新作を……。」
「ええ!?君のじゃないの!?」
「私はこのような下着は着けないっ!!」
「う~ん。そっか~。確かに足りないよな~。」
「……足りない??」
「ここが♡」
勇者はそう言うと、レティシェルの胸をつんっとつついた。
「!?!?」
「あはは。真っ赤で可愛い~。俺、巨乳好きだけど、こうして見ると…うん。ちっパイも悪くないな~。」
「は!?何を言っているんだ!?貴様!?」
「うんうん、美人で強気ってのもいいよな~。」
「な!?な!?」
「ねぇ、名前教えてよ?」
「は!?」
「教えてくれたら、俺が可愛い下着、買ってあげる~。」
「いらない!こう言うのは着ないと言っただろう!!」
「大丈夫だよ~ちっパイの可愛い下着もあるから~。」
「ちっパイ、ちっパイって何なんだ!!」
「ごめん、気にしてた?」
「知らん!!とにかく退いてくれ!おつかいを済ませて早く帰りたいんだ!!」
「名前を教えてくれるまで退かない~。」
「嫌に決まってるだろ!!」
勇者に邪魔されて、入り口付近からレティシェルは動けない。
これではおつかいを終わらせる事が出来ない。
一刻も早くこんな服、脱ぎたいと言うのに!!
「………ィシェルだ。」
「え?」
「レティシェルだ!もういいだろ!退いてくれ!」
レティシェルは恥ずかしくて真っ赤になりながら、勇者を押し退けた。
あわあわしながら店員に新作を頼み、包んでもらう。
「レティちゃん?」
「お前……まだいたのか?男の癖に、よくここにいて恥ずかしくないな!?」
「ん~??だって彼女が一緒だし?」
「彼女??」
「レティちゃんがね。」
「……は??」
「だから、レティちゃんが彼女ね?」
「はあぁ!?」
「やだな~照れちゃって~。」
「照れてない!呆れてるんだ!」
「それよりどっちがいいかな~??」
「は??」
「レティちゃんの下着。」
「はあぁ!?」
「レティちゃんは純潔の白が絶対似合うんだけどさ~、黒もエロチックで捨てがたくてさ~。ほら見て!この黒の艶かしくて大胆な感じ!新なレティちゃんの扉が開くと思わない!?」
「待て待て待て!!何故、着たこともないのに見たことがあるような口調なんだ!?そして何故着る前提なんだ!?」
「だって、これから着せるし。脳内でのシミュレーションはバッチリだよ!!」
「着ないと言ってるだろう!!」
何だ!?こいつは!?
勇者ってのはこんなにチャラいのか!?
そしてこんなに無節操なのか!?
勇者と言うより、完全なだめんずじゃないか!?
「レティちゃん。素直じゃないな?」
勇者はくいっとレティシェルの顎を持ち上げた。
間近で瞳を覗き込まれる。
レティシェルは何故かどぎまぎしてしまった。
「ちっパイなんて、気にするなよ。俺が育ててやる。」
「だ、だから……っ!!」
「こんな気持ちになったのは、レティシェルが初めてなんだ……。俺、巨乳大好きなのに……そんなことどうでもよくなった……。レティシェルに一目惚れした……。俺を好きになってよ……ね?」
「……どうせ、誰にでもそう言ってるんだろ?離してくれ。」
「嘘じゃない……。こんな気持ちは、あのフェンリルを見た時以来だ……。」
「!!」
レティシェルはじっと勇者を見た。
そして思い出した。
子供の時、誤って人の罠にかかった際に、助けてくれた小さな男の子の事を。
その子は一生懸命手当てをしながら、何度もレティシェルにキスをした。
抱き締めて、好きだよと呟き続けた。
別れ際、その子は言った。
大きくなったら、お嫁さんになってね、と。
必ず迎えにいくから、と。
「俺、勇者とか言われてるけど、本当は会いたい人……人って言うか、フェンリルなんだけど……がいるから、魔王のところに向かってるだけで、別に戦いたい訳じゃないんだ……。」
レティシェルは目を見開いた。
目の前にいるこのチャラい男の中に、あの男の子の面影を見たのだ。
心臓がだんだんと早く動き始めた。
「……おかしいよね?人間がフェンリルに恋をするなんて?」
「……別に……変じゃない…。」
「うん。何かレティシェルならそう言ってくれる気がした。」
「……………。」
「レティ?好きだよ……。俺を好きになって?」
レティシェルは真っ赤になってしまった。
こんな強引に迫られるのも、一方的に愛を語られるのも、勝手に愛称で呼ばれるのも、チャラいところも、だめんずなところも、全部が…全部が許せてしまったのだ。
「レティ……。」
そう言って顔を寄せられる。
許せてしまう。
全部……。
「って!!ちょっと待てっ!!」
「あ~惜しかった!!」
「惜しかったじゃない!!いきなり何するんだ!!お前は!!」
「なんだよ~、レティも乗り気だったじゃんか~!!」
「乗り気じゃない!!そこをどけっ!!」
レティシェルは勇者を押し退けた。
ちょうど支度が終わったのか、店員が袋を渡してくれる。
それを掴んで、レティシェルは急いで店を飛び出した。
「レティ~!!待ってよ~!!」
「待たない!!」
どうしたんだ!?自分は!?
何で勇者にあんな事を許そうとしたんだ!?
だいたい、フェンリルと人間では結婚なんて出来ない。
そもそもこんな格好で気づいていないだろうが、私は男だ!!
結婚なんて!!出来るわけないだろう!!
何を考えているんだ!?あの勇者は!?
「レティシェル~、忘れ物~。」
「うわっ!?もう追い付いたのか!?」
「伊達に勇者って呼ばれてないよ、俺。」
そう言って勇者はレティシェルに袋を渡した。
何だろうと中を覗き込む。
「!?」
「次、会うときは、着てきてね?レティ?」
「……着ないと言っているだろうが~!!馬鹿~っ!!」
レティシェルはそう言って、走り去った。
もらった袋は、しっかりと持ったまま。
嘘だ、嘘だ、嘘だ……。
そんな訳がない。
だって自分はフェンリルで、そして男なのだ。
なのに……。
「ヤバい……好きかも……。」
レティシェルは自分の気持ちが解らず、とにかく走って帰った。
「あれ?お前、何してるの?」
走り去るレティシェルを見送り、勇者は笑っていた。
ちょうどそこに、仲間のひとりが通りかかった。
「ん~??運命の人を口説いてた~!!」
「え?今の子?」
「ああ。」
「お前にしちゃ、胸が無さすぎないか!?」
「う~ん、レティの場合、ちっパイって言うか、何て言うか……。」
仲間にそう言われ、勇者は含み笑いをした。
だって、レティシェルは……。
「こんなに早く再会出来ると思ってなかったな~。」
次、会った時、人の姿をしていたら、レティはあれを着てくるだろうか?
もし着ていたら、それが答えだろう。
楽しみだと思った。
「……見たか!?ヒューバード!?」
「あ、はい。見ました、魔王様……。」
「何て甘酸っぱいんだっ!!作戦成功ではないかっ!!」
「はあ……。」
こっそりとレティシェルの後をつけながら観察していた魔王は興奮ぎみにヒューバードに言った。
ヒューバードは己の息子の甘酸っぱい現場を見せつけられて、めまいがしていた。
「……帰りましょう。魔王様。」
「そうだな!早く帰って!レティシェルをからかっ……いや、労ってやらないとな、うん。」
「絶対、からかうおつもりですよね……。」
ヒューバードはそう言って、子供の姿になっている魔王を肩にのせた。
こちらも急いで帰らなければ……。
ヒューバードはひとり、深いため息をついた。
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〈詳細データ〉
レティシェル(レティ)
フェンリル。魔獣軍トップ、ヒューバードの息子。昔、人間の男の子に助けられた事がある。魔王の悪戯で女装していた所、勇者に口説かれる。満更でもない自分に戸惑っている。
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