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一章

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 踏み出すと、ぐしゃりと柔らかい湿った土の感触。
 ブラッド・バットの反応地点まではもう少しあるだろうか。事前の索敵には引っかかることがなかったので当然だが、動くものは何もない。ひどく静かだ。
 本当にいるのか? 若干半信半疑になってきた。能力も、実戦投入するのは初めてだし、もしかすると虫の一匹でも感知してしまったのかもしれない。
 しかし、それにしても動物がいない。冬前とはいえ、森だというのならもう少し、それこそ小鳥くらいはどこにでもいていいと思うのだけれど。

 ……?
 疑問を胸に歩いていると、ふと、ガサガサと草が掻き分けられるような音。よくよく眼を凝らせば、進行方向前方の草叢が揺れている。風か、と思ったが、風は吹いているには吹いているが、揺れ具合と比べれば些細なものだ。
 反応の地点まではまだかなりある。ならば、一体何が……

 刹那。
 俺が何を感知するよりも早く。他の全ての現象を置き去りにした一陣の風が起きた。
 視界がぐるぐると横に回る。
 浮遊感。混乱する暇もなく、身体が痛みを訴える。
 俺は、真上に鉛直に、

「がッ……ぁ!」

 地面に強かに打ち付けられ、鈍い痛みと共に肺の中の息を全て吐き出す。
 文字通り血を吐きながら立ち上がるが、目視できる範囲には何もない。ただの森だ。
 だが、俺は確信する。吸血鬼の視覚、反射神経すら凌駕する速度の何かが俺を襲っているのだと。

 鈍い痛みは瞬時に鳴りを潜めた。吸血鬼の再生能力の所為だろう。
 もっと簡単にやれるもんだと思っていたが、どうやら冒険者というのはそう簡単でもないらしい。

「ったく、速いってのは厄介だなぁ……」

 チッ、と舌打ちをしたと同時、真横の草叢が揺れた。
 ひょい、と身を屈めてそれを躱す。頭上を通り過ぎるナニカ。残滓のように残った風が髪を揺らす。

「成る程……確かにわかってて避けられなきゃ、最強とは言わねえよなぁ……」

 視線を感じる力。五感。身体能力。反射神経。
 視線が読めれば敵の居場所がわかり、それは不意打ちで無くなるだろう。
 五感が冴えれば、僅かな変化にも気づきタイミングがはかれる。
 身体能力と反射神経は言わずもがな。

 最強と呼ばれる生物、吸血鬼。
 油断さえしてなければ、中身が俺のような一般人でも避けるくらいは容易のようだ。

「流石に何がいるのかは見えなかったが……っと」

 再び迫るそれを、舞うように軽やかに……とはお世辞にも言えなかったが、掠ることすらせずにかわしていく。
 突撃で小柄とはいえ、人間大の大きさの俺を吹き飛ばすだけあって体躯はでかい。にも関わらず、吸血鬼の視覚ですら捉えきれない速度。人間が勝てる相手なのか、これ。

「ま、生憎俺は……吸血鬼なんでな」

 もう再生している親指の腹を、再び牙で噛み切ってみせる。ブツリ、と皮が裂け、血が噴き出す。
 剣は当てられる気がしないし、魔法という手は怖いので使いたくない。となれば血しかないだろう。

 四方八方、森に姿を潜ませながら出鱈目なタイミングと速度で襲いかかるナニカ。
 だが、初撃以降一向に当たらないことに腹を立てたのだろうか。或いは、俺を殺す為凡ゆるパターンを模索していたのか。
 常に俺を横切るように、森を走り抜けていたそれが、跳ねた。要するに、飛びかかってきた。全体重をかけ。一度地面に対して垂直に跳ね、木を蹴って加速しながら。

「……って、来ると思ったんだよなぁ。軽率だぜ、それ」

 敵は速い。
 攻撃は恐らく避けられるだろう。
 ヤツが地面に足をつけている間は、カウンターで迎え撃つ攻撃すら避けられないとは言い切れない。
 よって、地面から脚を離して貰った。
 しびれを切らすか、体力に限界がくるかすれば、まだ試していないパターンを選んでくるだろうと予測した。
 流石吸血鬼。土壇場の発想も、冷静な思考力も一級品だ。

 血が形を持つ。
 それは、槍だ。
 全てを穿ち抉る、極太の戦槍──!!

「ズィーク・ジャベリン!!」

 飛び込んできたそれを頭から串刺しにし、血の槍は、更に血を滴らせた。
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