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一章

騒動

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 さて、と立ち上がりカウンターへと向かう。ナーミア曰く、冒険者登録はそこで行うものだそうだ。
 酒場も兼用しているここのカウンターは冒険者用窓口も兼ねており、そこに佇んでいる店員さんはああみえてちゃんとした受付嬢なのだとか。
 飲み比べはどうやら痛み分けに終わったらしく、観戦していた大勢の冒険者達が拍子抜けという感じにそこら中にバラついて雑談を始めた。

 カウンターは情報を買ったり戦利品を提出して金に換えてもらう冒険者で混雑しており、やはり行列が出来ている。
 ナーミアに一緒に並ばせるのは流石にどうしても悪かったので、座っておいてもらいつつ素直に最後尾に並び、ふと気づくと、俺に視線が刺さっている。
 それも、いやらしいというか、男ならわかる下心満載のやつだ。道で向けられたものよりも随分節操がない。
 気持ちはわかるが、せめてわからないよう、気づかれないように出来ないのか。まぁ気づくというか、そのまま気配を感じ取ってしまう俺には意味のない事なんだが、こんな視線、俺が吸血鬼でなくとも気付けてしまいそうだ。
 それでも、気持ちのわかる優しい俺は恥ずかしい気持ちを必死で抑えつけながら我慢していたのだが。

「よう、姉ちゃん……今日はどうしたんだい? モンスターの情報提供なら俺にしてもいいんだぜ? 俺は強いからよぉ」

 俺の横に馴れ馴れしく回り込み、肩に腕を回す大男。身長は2メートルをゆうに超える、四肢がどれも恐ろしく太い。
 よく見ると顔が赤い。さっき飲み比べをして、最初に潰れていた男だと、それで気づいた。
 酔っているようだし、実害は無いので無下にするのも何だと思い適当に返事をする。

「いや、俺は冒険者志望だよ。腕に自信があるのさ。金もないんでね」
「ほおぉ……そうは見えないけどなっ……と」

 男は言い終えると同時、肩に回した手で俺の手を鷲掴みにした。

「……どういうつもりだ?」

 ドスの効いた声を轟かせる。
 いや、あまりの唐突さに別に何も感じなかったのだが、取り敢えず怒っといた方が舐められないでいいだろうという打算的な考えで、俺は怒ったフリをした。

「いやぁ? 俺が手伝ってやろうかと思ってな? 最近は物騒で、出てくるモンスターも凶暴だからな? 親切だよ、親切」

 ふむ、そうなのか。
 まぁ手伝ってくれるってだけなら素直に頷いても良いんだけれど、絶対にそんなことはないのでお断りする。

「さっきから胸に向かう視線がやらしいんだよこの助平め。まぁこんな服着てる俺も俺だけどさ……手伝いだけど、遠慮しとくよ。山分けだと実入りが少なくなるし……ほら。自分より弱い奴に手伝って貰ってもしょうがないだろ?」

 半分くらいは挑発の気持ちもあったのだが、男は物の見事に引っかかり、あぁ!? と低くドスの効いた声をあげた。単細胞か。

「俺がテメエみたいな細い女に負けるって!? 冗談言ってんじゃねぇ!!」
「だったら試して見るか、脳筋? さっき飲み比べじゃあんたが真っ先に倒れたんで、観客達は拍子抜けしてたぜ。此処で一発盛り上げてみるか?」

 おっと、ちょっと調子に乗りすぎたかも。
 相手がどれだけ強いかもしれないのに、啖呵切ってしまった。多分大丈夫だと思うけど。この男三下臭凄いし。
 案の定というか、男は酔いで赤くなった顔を怒りで更に赤くして、丸太のような腕を振るい俺に殴りかかった。

 ……遅え。
 最初の一撃をひょいと潜り抜ける。
 吸血鬼の目の所為か。目に少し集中力を割けば、視界に入る一切合切がゆっくりに見える。
 感情に任せた渾身の殴打が空を切り、男の体は前に流れていた。
 丁度いい、と懐に入り反転。突き出された右腕を肩に担ぐようにし、背中を男の腹に密着させる。

「……よっこら、せ!!」

 腰を入れ、男の腕をぐいい、と前に引っ張る。元々前に流れていた巨体は半円の軌道を描きながら滑らかに持ち上がり、そして前方の地面に背中から投げ出された。
 義務教育でやった範囲の柔道には背負い投げは危険な為なかったので、どうにも自己流にアレンジされている気もするが、ダメージは甚大な筈だ。たぶん。
 男が盛大に落下した音で何かの騒ぎと気づいたらしい野次馬達がぞろぞろと集まりだし、感嘆の声を漏らしたり、俺に拍手を浴びせたりしていた。やるなぁ姉ちゃん! という野次すら飛んできて、ちょっと恥ずかしかった。
 良く見ると野次の中にナーミアがいて、心配そうに俺を見ていた。後で謝っておこう。

「て、メェ……!」
「悪態つく前に立ち上がったらどうだ? 大分無様だよ、今のあんた」

 言ってしまえばセクハラしたら撃退されすっ転ばされてる訳だからな。
 ぐ、と唸って立ち上がり、男は走って何処かへと消えていった。覚えてやがれ、という捨て台詞を、俺はこの短期間に二度も聞くことになった。

「……案外強いな、俺」

 俺は一人、誰も聞こえないような声でそう嘯いた。
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