上 下
21 / 28
一章

騒動

しおりを挟む
 さて、と立ち上がりカウンターへと向かう。ナーミア曰く、冒険者登録はそこで行うものだそうだ。
 酒場も兼用しているここのカウンターは冒険者用窓口も兼ねており、そこに佇んでいる店員さんはああみえてちゃんとした受付嬢なのだとか。
 飲み比べはどうやら痛み分けに終わったらしく、観戦していた大勢の冒険者達が拍子抜けという感じにそこら中にバラついて雑談を始めた。

 カウンターは情報を買ったり戦利品を提出して金に換えてもらう冒険者で混雑しており、やはり行列が出来ている。
 ナーミアに一緒に並ばせるのは流石にどうしても悪かったので、座っておいてもらいつつ素直に最後尾に並び、ふと気づくと、俺に視線が刺さっている。
 それも、いやらしいというか、男ならわかる下心満載のやつだ。道で向けられたものよりも随分節操がない。
 気持ちはわかるが、せめてわからないよう、気づかれないように出来ないのか。まぁ気づくというか、そのまま気配を感じ取ってしまう俺には意味のない事なんだが、こんな視線、俺が吸血鬼でなくとも気付けてしまいそうだ。
 それでも、気持ちのわかる優しい俺は恥ずかしい気持ちを必死で抑えつけながら我慢していたのだが。

「よう、姉ちゃん……今日はどうしたんだい? モンスターの情報提供なら俺にしてもいいんだぜ? 俺は強いからよぉ」

 俺の横に馴れ馴れしく回り込み、肩に腕を回す大男。身長は2メートルをゆうに超える、四肢がどれも恐ろしく太い。
 よく見ると顔が赤い。さっき飲み比べをして、最初に潰れていた男だと、それで気づいた。
 酔っているようだし、実害は無いので無下にするのも何だと思い適当に返事をする。

「いや、俺は冒険者志望だよ。腕に自信があるのさ。金もないんでね」
「ほおぉ……そうは見えないけどなっ……と」

 男は言い終えると同時、肩に回した手で俺の手を鷲掴みにした。

「……どういうつもりだ?」

 ドスの効いた声を轟かせる。
 いや、あまりの唐突さに別に何も感じなかったのだが、取り敢えず怒っといた方が舐められないでいいだろうという打算的な考えで、俺は怒ったフリをした。

「いやぁ? 俺が手伝ってやろうかと思ってな? 最近は物騒で、出てくるモンスターも凶暴だからな? 親切だよ、親切」

 ふむ、そうなのか。
 まぁ手伝ってくれるってだけなら素直に頷いても良いんだけれど、絶対にそんなことはないのでお断りする。

「さっきから胸に向かう視線がやらしいんだよこの助平め。まぁこんな服着てる俺も俺だけどさ……手伝いだけど、遠慮しとくよ。山分けだと実入りが少なくなるし……ほら。自分より弱い奴に手伝って貰ってもしょうがないだろ?」

 半分くらいは挑発の気持ちもあったのだが、男は物の見事に引っかかり、あぁ!? と低くドスの効いた声をあげた。単細胞か。

「俺がテメエみたいな細い女に負けるって!? 冗談言ってんじゃねぇ!!」
「だったら試して見るか、脳筋? さっき飲み比べじゃあんたが真っ先に倒れたんで、観客達は拍子抜けしてたぜ。此処で一発盛り上げてみるか?」

 おっと、ちょっと調子に乗りすぎたかも。
 相手がどれだけ強いかもしれないのに、啖呵切ってしまった。多分大丈夫だと思うけど。この男三下臭凄いし。
 案の定というか、男は酔いで赤くなった顔を怒りで更に赤くして、丸太のような腕を振るい俺に殴りかかった。

 ……遅え。
 最初の一撃をひょいと潜り抜ける。
 吸血鬼の目の所為か。目に少し集中力を割けば、視界に入る一切合切がゆっくりに見える。
 感情に任せた渾身の殴打が空を切り、男の体は前に流れていた。
 丁度いい、と懐に入り反転。突き出された右腕を肩に担ぐようにし、背中を男の腹に密着させる。

「……よっこら、せ!!」

 腰を入れ、男の腕をぐいい、と前に引っ張る。元々前に流れていた巨体は半円の軌道を描きながら滑らかに持ち上がり、そして前方の地面に背中から投げ出された。
 義務教育でやった範囲の柔道には背負い投げは危険な為なかったので、どうにも自己流にアレンジされている気もするが、ダメージは甚大な筈だ。たぶん。
 男が盛大に落下した音で何かの騒ぎと気づいたらしい野次馬達がぞろぞろと集まりだし、感嘆の声を漏らしたり、俺に拍手を浴びせたりしていた。やるなぁ姉ちゃん! という野次すら飛んできて、ちょっと恥ずかしかった。
 良く見ると野次の中にナーミアがいて、心配そうに俺を見ていた。後で謝っておこう。

「て、メェ……!」
「悪態つく前に立ち上がったらどうだ? 大分無様だよ、今のあんた」

 言ってしまえばセクハラしたら撃退されすっ転ばされてる訳だからな。
 ぐ、と唸って立ち上がり、男は走って何処かへと消えていった。覚えてやがれ、という捨て台詞を、俺はこの短期間に二度も聞くことになった。

「……案外強いな、俺」

 俺は一人、誰も聞こえないような声でそう嘯いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

伯爵家の三男は冒険者を目指す!

おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました! 佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。 彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった... (...伶奈、ごめん...) 異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。 初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。 誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。 1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

俺のチートが凄すぎて、異世界の経済が破綻するかもしれません。

埼玉ポテチ
ファンタジー
不運な事故によって、次元の狭間に落ちた主人公は元の世界に戻る事が出来なくなります。次元の管理人と言う人物(?)から、異世界行きを勧められ、幾つかの能力を貰う事になった。 その能力が思った以上のチート能力で、もしかしたら異世界の経済を破綻させてしまうのでは無いかと戦々恐々としながらも毎日を過ごす主人公であった。 

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

処理中です...