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序章
優しい老人
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唐突な性転換と種族転換に不思議と狼狽える事もなく、俺は自らの胸から手を離した。揉もうと思えばいつでも揉めるし。
そんな事より、目の前の状況が大変だ。
「此処は……貴方の家、なのか?」
「うむ。石製の理由は語るまでもないな?」
確かに、吸血鬼はなんだか石造の家に住んでいる事が多い印象だ。
特に疑問にも思わずそういった映画なんかを見ていたが、少し考えると答えは頭に浮かんできた。
「…………晴れた日の昼に放火されたら不味いから、か」
「うむ。日光に当たった吸血鬼は徐々に弱体化し、一刻もすれば只の人間にすら遅れをとるようになり、最後には死ぬ。常識だが、自らが吸血鬼ともわからぬ程の記憶喪失。言っておいて損は無かろう」
案外話のわかる老人は、あっさりと俺の記憶喪失を受け入れると、至れり尽くせりな程情報を追加して教えてくれた。
いい人……もとい、いい吸血鬼だ。
「頭の巡りは悪くないのか、しかし知識がゼロというのは私としても困る。まさか、血を以って闘う技術すら失ってはおるまいな」
「…………いや、すまんが分からない」
老人が頭を抱えた。今回は本当にそういう動作を取った。
血で闘う、とは面妖な事をするものだ。
俺の知ってる吸血鬼の特性にそんなものは無かったと思うんだけど。
「……これは重症だな。いや……吸血鬼であるという大前提は忘れながら、それに伴う特質を失っておるまいと楽観した私が愚かだったか……」
老人は椅子から立ち上がると、右手の杖から手を離す。
カランと乾いた音を立てて杖が転がった。
「今から私がする事を見ておけ」
老人は、自らの右手の親指に歯を立てて軽く傷を付けると、枯れ木のように細い右腕を水平に突き出す。
刹那、小さな傷口から真っ赤な鮮血が溢れ出る。
それは、みるみるうちにある形を取り、そのまま固定された。
一直線に伸びた血液は、刃を、柄を、形成していた。
「剣……?」
「そうだ。血でモノを創るのは初歩の初歩だが……習熟すれば、比較にならぬ程の利便性を持つ。戦闘が最も活用できるが、それ以外でもだ。吸血鬼は産まれながらにして莫大な身体能力を持つが、吸血鬼という種が最強たる所以はこの血にある」
「……戦う事って、あるのかな」
「いつまでも此処に居座らせる気もない。吸血鬼とバレれば人間は私達を畏怖し、攻撃するかもしれん。強力無比な生物を遠ざけたがるのは種として当然の行いだからな。道を行けば野党に襲われる事もある。戦えぬよりは、戦えた方が良かろう」
……やっぱバレたら不味い系の奴なのか。
俺は内心、大分落ち込んだ。
この時俺はもう自分の中で、したい事が確固たるものとして形成されていた。
森を出た時に見た、まだ目に焼き付いているあの景色を、今度はこの低い目線から──見て回りたい、と。
この足で、時には馬車や船を使って、旅をしてみたい、と。
だと言うのに、種族が人様から憎まれる吸血鬼とは何事か、と俺は落ち込んだのである。
「吸血鬼って、見たらわかる……のか?」
「外見では、わからない。例えば首を刎ねたのに死なぬとか、不用意に鏡の前に立ったりだとか、血を以って闘ったりだとか、特性を用いる事をしなければバレることはあるまい」
俺はそれを聴くと、ホッとして脱力した。
今更感が凄いが、多分これは異世界転生という奴なのだろう。
折角一からやり直す機会を得たのに、やりたい事がどうあっても出来ませんでは話にならない。
「事実、人の里に住む吸血鬼もいる事だ。長老が人里に行くなど、聞いた事もないが」
「その、長老って何なんだ?」
「吸血鬼の中でも選りすぐりの、最強の吸血鬼だ。永く生きた吸血鬼はそうなる。私も長老だが、私が感染者であれば貴様は真祖。吸血鬼としての純度は貴様の方が上のようだ」
「真祖?」
「産まれながらの吸血鬼、ということだ。私は吸血鬼に噛まれ、吸血鬼になったモノだからな」
そうなのか。
このお爺さんも凄い人生……もとい鬼生送ってるんだなぁ、なんて呑気に思った。
「因みに、どれくらい生きているのか聞いてもいいかな」
「……どうだかな。三万より上は数えていない」
……嘘だろ?
そう聞いて見たかったのだが、表情が真剣そのものだったので、止めた。
「さて、一通りの疑問は聞いた事だろう。先程も言ったが、いつまでも此処においておくつもりもない。血での闘い方と、服と路銀をやろう。後は勝手にすればよい。この世界における情報、常識等は人里に降りれば知識を蓄える事も出来るだろう」
最後まで心優しい老人に、俺は、
「ありがとう!」
そう言って、満面の笑みを見せた。
老人がふっと笑って、部屋から出た。
俺は慌ててベッドから降りると、それを追いかけた。
そんな事より、目の前の状況が大変だ。
「此処は……貴方の家、なのか?」
「うむ。石製の理由は語るまでもないな?」
確かに、吸血鬼はなんだか石造の家に住んでいる事が多い印象だ。
特に疑問にも思わずそういった映画なんかを見ていたが、少し考えると答えは頭に浮かんできた。
「…………晴れた日の昼に放火されたら不味いから、か」
「うむ。日光に当たった吸血鬼は徐々に弱体化し、一刻もすれば只の人間にすら遅れをとるようになり、最後には死ぬ。常識だが、自らが吸血鬼ともわからぬ程の記憶喪失。言っておいて損は無かろう」
案外話のわかる老人は、あっさりと俺の記憶喪失を受け入れると、至れり尽くせりな程情報を追加して教えてくれた。
いい人……もとい、いい吸血鬼だ。
「頭の巡りは悪くないのか、しかし知識がゼロというのは私としても困る。まさか、血を以って闘う技術すら失ってはおるまいな」
「…………いや、すまんが分からない」
老人が頭を抱えた。今回は本当にそういう動作を取った。
血で闘う、とは面妖な事をするものだ。
俺の知ってる吸血鬼の特性にそんなものは無かったと思うんだけど。
「……これは重症だな。いや……吸血鬼であるという大前提は忘れながら、それに伴う特質を失っておるまいと楽観した私が愚かだったか……」
老人は椅子から立ち上がると、右手の杖から手を離す。
カランと乾いた音を立てて杖が転がった。
「今から私がする事を見ておけ」
老人は、自らの右手の親指に歯を立てて軽く傷を付けると、枯れ木のように細い右腕を水平に突き出す。
刹那、小さな傷口から真っ赤な鮮血が溢れ出る。
それは、みるみるうちにある形を取り、そのまま固定された。
一直線に伸びた血液は、刃を、柄を、形成していた。
「剣……?」
「そうだ。血でモノを創るのは初歩の初歩だが……習熟すれば、比較にならぬ程の利便性を持つ。戦闘が最も活用できるが、それ以外でもだ。吸血鬼は産まれながらにして莫大な身体能力を持つが、吸血鬼という種が最強たる所以はこの血にある」
「……戦う事って、あるのかな」
「いつまでも此処に居座らせる気もない。吸血鬼とバレれば人間は私達を畏怖し、攻撃するかもしれん。強力無比な生物を遠ざけたがるのは種として当然の行いだからな。道を行けば野党に襲われる事もある。戦えぬよりは、戦えた方が良かろう」
……やっぱバレたら不味い系の奴なのか。
俺は内心、大分落ち込んだ。
この時俺はもう自分の中で、したい事が確固たるものとして形成されていた。
森を出た時に見た、まだ目に焼き付いているあの景色を、今度はこの低い目線から──見て回りたい、と。
この足で、時には馬車や船を使って、旅をしてみたい、と。
だと言うのに、種族が人様から憎まれる吸血鬼とは何事か、と俺は落ち込んだのである。
「吸血鬼って、見たらわかる……のか?」
「外見では、わからない。例えば首を刎ねたのに死なぬとか、不用意に鏡の前に立ったりだとか、血を以って闘ったりだとか、特性を用いる事をしなければバレることはあるまい」
俺はそれを聴くと、ホッとして脱力した。
今更感が凄いが、多分これは異世界転生という奴なのだろう。
折角一からやり直す機会を得たのに、やりたい事がどうあっても出来ませんでは話にならない。
「事実、人の里に住む吸血鬼もいる事だ。長老が人里に行くなど、聞いた事もないが」
「その、長老って何なんだ?」
「吸血鬼の中でも選りすぐりの、最強の吸血鬼だ。永く生きた吸血鬼はそうなる。私も長老だが、私が感染者であれば貴様は真祖。吸血鬼としての純度は貴様の方が上のようだ」
「真祖?」
「産まれながらの吸血鬼、ということだ。私は吸血鬼に噛まれ、吸血鬼になったモノだからな」
そうなのか。
このお爺さんも凄い人生……もとい鬼生送ってるんだなぁ、なんて呑気に思った。
「因みに、どれくらい生きているのか聞いてもいいかな」
「……どうだかな。三万より上は数えていない」
……嘘だろ?
そう聞いて見たかったのだが、表情が真剣そのものだったので、止めた。
「さて、一通りの疑問は聞いた事だろう。先程も言ったが、いつまでも此処においておくつもりもない。血での闘い方と、服と路銀をやろう。後は勝手にすればよい。この世界における情報、常識等は人里に降りれば知識を蓄える事も出来るだろう」
最後まで心優しい老人に、俺は、
「ありがとう!」
そう言って、満面の笑みを見せた。
老人がふっと笑って、部屋から出た。
俺は慌ててベッドから降りると、それを追いかけた。
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