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動くこころ

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 ライリーは、エレットの手を引きながら庭園の端へと歩き始めた。使用人たちの目を気にしている訳では無いが、人に見られていることはある程度のストレスになる。ライリーは、ストレスだけが加わる状況を避けたかった。

 小さな足音を鳴らして歩いていると、大人の背丈よりも少し高い柵が庭園の端を教えてくれた。その下に目をやると、あまり手入れの入っていないであろうシロツメクサが、草丈を高くして生えていた。ライリーは、この不躾な草たちを好都合だと思った。

 シロツメクサは小さな白い花をつけ、なおかつ少し長めの茎を持つ。つまり、花かんむりのようなアクセサリーを作るにはちょうど良いのだ。

「ねぇ、なにか作ろうよ」

 ライリーはエレットをそう誘った。しかし、エレットは少し気弱そうに返した。

「い、いや……あの、わたくしには無理です……」

「え、なんで?」

「虫がいるかもしれないじゃないですか」

「もう、そんなこと気にしてたら何も出来ないじゃない?」

 ライリーはそう返したが、エレットは反応せず下を向いたままだ。

「もう、仕方ないな。ほら見てみて」

 ライリーは怖がるエレットをこちらに寄せ、花を一つ見せる。

「意外と綺麗でしょ?わたしがいまから王冠を――」

 そこまで言いかけて、ひとつの事実を思い出す。そうだ、エレットは王女なのだ。もともと沢山の王冠を持っている。金銀財宝で構成された冠と花冠ではあまりに差がありすぎる。

 それに加え、ライリー自身も花冠を作ったことがなかった。作り方を知っているとはいえ、経験のない行為をぶっつけ本番でやるというというのは少し無茶かもしれない。

「ブレスレットを作ろうかな」

 ライリーは言葉を急遽変え、エレットの頭をちらりと見る。そこには何も載っていなかったが、彼女の金髪は何も要らないと主張するかのように輝き、ライリーのことを圧倒する。

 エレットはその場にゆっくりとしゃがみ、ライリーの手元を観察する。

「――じゃあ、まずは花を茎ごと摘んで、軸になるお花を選ぶの。つぎにその軸の花に別の花を巻き付けて、くるりと結んであげる。それを繰り返せば……」

 ライリーは花を少しずつ編み、ある程度の長さになったところでエレットの右腕に巻いた。

「よし、この長さね。あとは結んであげれば……ほら、完成!」

 出来上がったブレスレットは、ほんの少しだけ曲がっていたが、それを気にさせないほど綺麗な花で構成されていた。エレットは、そんな不格好なブレスレットを気に入った。もちろん品自体も気に入ったが、それ以上に人に作ってもらったという事実が嬉しかったのだ。

「た、大切にします!」

「ほんと?嬉しいなぁ」

 二人が笑いあっていると、城の方から使用人がやってきて、城へ戻るように言われる。ライリーは何も気にすることなく歩きはじめたが、エレットはやはり俯いてしまう。

「――エレットさん?どうしたの?」

「い、いえ、なんでもありません」

 エレットはとぼとぼと歩きだし、城へと向かっていく。しばらく歩き、城の中に入ると、使用人たちやエイドが待っていた。

「ライリーさん、楽しかったですか?」

「そうね、楽しかったわよ」

 エイドからの質問に、ライリーはまっすぐ返す。エレットやその使用人たちがいる手前、ここで下手なことは言えないし、ぼかした表現は適さないと感じたからだ。

 ライリーがそんなやり取りをしていると、エレットが城へ入ってきた。するとその瞬間、監視していたのとは別の使用人がすっ飛んできて、エレットを真っ先に叱る。

「なんなのですか!?この手首の花は!!」

「い、いえ、これはプレゼントで……」

 エレットは力なく話すが、使用人はそんなことには構う素振りすら見せずに怒りをぶつける。

「こんな汚らしいもの――王女であるあなたが付けていいわけないでしょう!!」

 そう言って使用人はエレットの右腕を掴んだ。ライリーは流石に暴力はまずいと思い、駆け出そうとする。刹那、使用人は巻かれたシロツメクサを掴み、ブチブチとちぎってしまった。

 ライリーは衝撃の光景を前に動けなくなった。

 絶句。その一言に尽きた。パラパラと白い花が地面に散った。こんなことが許されていいのだろうか。例え告発しても、王家との繋がりが薄い自分の話は取り合って貰えないだろう。ライリーは、権力のない自らの立場を恨んだ。

◇ ◇ ◇

 結局、ライリーはなにも言えず、なにも出来ず、いつの間にか自分の部屋へ帰ってきていた。シロツメクサはちりとりでサッサと回収され、コンポスターにでも入れられただろう。一体なにをしたら良かったのか。ライリーの思考は混迷を極めた。

 ライリーは気分を変えようと思い、実家に帰った時に貰っておいた過去の新聞を読む。その新聞は二月ほど前のものだった。少し昔の新聞である、ということもあり、知っている情報と知らない情報が混じり合い、固有の面白さを形成していた。

 しかし、畳んだ新聞を流し読みしているうちに、あるひとつの記事が目に止まった。

『王家第一王女、他国王子に横柄な態度』

 ――目を疑った。あんなに落ち着いた少女が誰かに身勝手なことをするとは思えない。二月前といえば、ちょうど友達係の募集が開始された時期。恐らくこれは、その事実だけを汲み取った飛ばし記事だろう。あの子はこんな仕打ちまで受けているのか。心がキュッと締め付けられ、体がむず痒くなった。

 わたしが、なにかしなきゃ……

 ライリーの心はくらりと動いた。
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