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もうひとつの仕事はじめ

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 翌日。ライリーは二日目にして、半日だけ実家に帰ることになっていた、

 そんなことをして許されるのか、と疑問に思われるかもしれない。しかし、ライリーはあくまで友達係。任命式も行われないような序列の低い存在に、わざわざ制限をかける意味などない。

 ライリーの親は、既知のとおり王女との政略結婚を狙う貴族から依頼を受けている。彼女には、王女がどのような人物かというのを報告する役目があるのだ。つまるところ、今回のとんぼ返りは、もうひとつの仕事初めということなのだ。

 ライリーがベッドから体を起こし、その姿のまますぐに準備を始める。今日は半日戻るだけ。大した荷物は必要ないだろう。

 彼女が小さなカバンに必要なものを詰めていると、部屋にやってきたエイドがひとつ声をかける。

「お出かけですか?」

 ライリーはカバンの中身をチラッと見てから答える。

「ええ。少しね」

「お買い物ですか?」

 行動に制限がかけられていないとはいえ、実家に帰ることへの許可は取っていない。万一バレたらマズいことになるかもしれない。そう考えたライリーは、エイドに行き先を言うのをためらった。

「まあ、そうね。買い物といえば買い物なのかな」

 ライリーはカバンを手に持ちそう言った。買い物は買い物でも、彼女が演じるのは売り手の方だ。

「いってらっしゃいませ」

 エイドは改まった表情でライリーを送り出した。軽装のライリーは、なるべく人に見られないように気をつけながら裏口へ向かった。

◇ ◇ ◇

 大きな城の裏口を出ると、すぐそこに広大な花畑が見えてくる。この周辺は王家御用達の庭園となっており、入場料を払えば一般人も入れる。だが、ある程度の危機回避という意味も込めてか、入場料はホールケーキを買えてしまう程の値段で統一されている。

 ひらけている場所というのは、どうしても人目につきやすい。ライリーはキョロキョロと辺りを見回し、人がどこにいるか確認する。幸いなことに、朝の準備で使用人たちは出払っているようで、客人もいない貸切状態であった。

 ただ、ライリーにとってここはただの通過点であり、この状態だから特段嬉しいだとか、そういうことは全くもってない。あるとすれば、それは『自由に見て回れるから』というよりも、『ここを通ったという目撃情報が減ってくれるから』というのが大きくなるだろう。

 人に会わなければ、そもそも面倒事は発生しない。当たり前といえば当たり前だが、『会わない』ということは人間関係を紡いでいく上でのひとつの選択肢となりうる。まだここに慣れきっていないライリーは、この選択肢を取ることが一種の防衛手段となるわけだ。

 裏口の門、兼 庭園の入口を遠くから覗いてみると、一般人が通れる大きめの門には、従業員含め誰もおらず、その隣にある小さな門、関係者口にも人の目が届いていなさそうだった。ライリーは急いで鍵を開け、城の敷地から外へ出る。

 歩き方を早歩きに変え、南へ幾ばくか歩くと、とても広い運河に出る。これは、不況時に王家が公共事業として作り上げたものであり、もちろん現在も王が保有している。この運河は、既存の河川を繋げ、城を迂回するように設計されているため、城の正門からも裏門からもほぼ同じ距離で行ける。ただ、正門から行くとバレやすいため、ライリーは裏門から向かうことにしていた。

 水の流れに沿って城から離れていくと、運河の両岸に小さな船着場が見えてくる。これは、乗り合い船の乗降口。乗り合い船というのは、運河の入口から出口までを結ぶ中型の帆船であり、一日に三十往復も運行されている。運賃は一律前払い制。ライリーは、様々な格好をした老若男女と共に、次の船を待っていた。しばらく待っていると、城の方からピィーっと笛の音が鳴り、船が入ってきた。

 船着き場のすぐ横に船を停めると、中から従業員が二人やってきて運賃を頂戴する。ライリーは、コインを四枚ほど渡し、落ちないように気をつけながら乗船する。船の中には、自由席の木製ベンチがついており、その約半数は既に埋まっていた。ライリーは、ちょうど空いていた端の席に座り、出航を待った。

 錨が上がっていく音が鳴り、それで出航を察した。実際に、間もなく船が動き出し、ゆったりと加速していく。ライリーは、毎度の如くこの雰囲気を不思議に思いながら、上下の揺れに従った。

 しばらく過ごすと、二つ目の船着場、三つ目の船着場……という風に止まったり動いたりしながら進んでいった。そして、五つ目の船着場に到着しかけた、というところで倒れないようにゆっくりと立ち上がり、出口へと向かった。

 終点から数えて六つ、城の裏口すぐそばの船着場から数えて五つの船着場から降り、しばらく歩いていく。すると、ライリーにとって見知った家が顔をのぞかせる。

 ――ブレイバー家だ。

 角度が急な茶色の屋根に、木で組まれた壁枠が映えた家。扉は簡素な木の板だが、田舎の方ではそもそも扉がないということすら有り得るため、これでも十分豪華なものだ。

 ライリーはその板を数回コンコンと叩き、家からの反応を待つ。しばらくそこに突っ立っていると、中からライリーによく似た茶髪翠眼の女性が出てくる。ライリーの母だ。

「ただいま」

「おかえり」

 簡素な会話だが、ライリーは少しだけ嬉しくなった。彼女はまだ一日しか城で過ごしていない。とはいえ、新しい生活というのはどうしても不安が付きまとうものであり、一端の安寧を求めたくもなってしまう。

 しかし、今日は帰省ではなく報告が目的。とっとと報告して城に戻らなくてはならない。

「さ、入って」

 ライリーは母に促され、改まって家に入る。彼女はなんとなく緊張し、心臓がとくとくと鼓動した。
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