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「王女」の肩書きを持つ「少女」
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ライリーが自らの部屋で笑みを浮かべているのと同刻、セイランス王国第一王女であるエレット・セイランスは、ベッドに座りながら震えていた。今日からお友達係の方が来る――。その事実に若干の恐怖を抱いていたのだ。
彼女の不安には、様々な理由が絡んでいた。
彼女は、くすみのない清純な金髪を三つ編みにし、後ろでくるりとまとめていた。その髪はまるで煌めく琥珀のようで、一目見ただけで憧れる美しさを持っていた。
髪の下に目をやると、当然瞳がある。少しタレた青空を映すような蒼眼が大きく輝き、パッチリと世界を見すえている。ハッキリ言って、傍から見ればとてつもない美少女だ。
――しかし、見た目や、三人目の子供として生まれた巡り合わせ、上二人との年齢差が相まり、王宮内では若干の迫害を受けていた。
性格も悪くはない。ただ、彼女はあまり喋る方ではなかった。それゆえに『可愛げがない子』の烙印を押され、いつしか『横暴を働く子』と根も葉もない噂が流れるようになってしまった。
家族はみんな愛してくれている。だが、両親は国王と女王という立場ゆえ多忙。兄たちとの関わりも少なく、常日頃から褒めてくれる訳ではない。さらに、最大の問題は使用人。エレットの持つ異様な美しさへの嫉妬心や、兄たちとの育てかたの勝手が違うために、嫌われ者になってしまったのだ。
エレットは恒常的な愛を知らない。そのために「また嫌われてしまうのではないか――?」という卑屈な妄想をしてしまう。
友達係に嫌われてしまった場合、自らをいじめる人をさらに増やすことになりかねない。しかも、エレットが同年代の少女と話すのは初めてのことであった。不安が錯綜し、涙すら出てくる。
怖い。恐ろしい。――会いたくない。
仰向けの少女の目尻からベッドへと、一つの雫が落ちてゆく。耳の端に、ひんやりとした冷たさを感じたその瞬間、部屋の戸からトントンという音が響いた。そして、キィーッと軋みを放ちながら戸が開き、外から若い黒髪短髪の使用人が入ってくる。
「王女様、朝食の準備が済んでおります」
エレットは服の袖で涙を拭い、ベッドからゆっくりと立ち上がった。靴を履き直し、肩を落としながらとぼとぼと食堂へ向かう。
食堂へ到着すると、既に家族たちは食事を始めていた。エレットがその様子を見るやいなや、中年の使用人が彼女の元に近づき、両親たちに聞こえるように小言を言う。
「早起きもできないようでは、誰も嫁に貰ってくれませんよ?」
エレットはその言葉でさらに傷つく。早起きが出来ないわけではないのに――。
「まあまあ、いいじゃないか」
国王であるエレットの父がその一言を宥める。
実際のところ、彼女は早い時間から目覚めていた。しかし、使用人たちが意図的に伝達を遅らせることで、エレットに悪いイメージを植え付けようとしているのだ。
エレットが自発的に食堂に向かおうとすれば、使用人が飛んできて「我々がお伝えしますのでお部屋でお待ちください」と怒られる。使用人たちは、そういった些細な嫌がらせを多用し、エレットに精神的な攻撃をしているのだ。
エレットも当然、この事実はハッキリと認識している。しかし、彼女自身は嫌われている原因を知らない。まさか見た目が原因などとは微塵も思っていないのだ。彼女は、嫌われている理由を子供ながらに考えた。あの時お兄様に酷いことを言ってしまったからかな、だとか、あの日、お紅茶をこぼしてしまったからかな、だとか。
もちろん、そのことも少しは起因しているかもしれない。ただ、彼女はかなり品行方正で、このような叱られてしかるべきミスはほとんどしない。すなわち、彼女は良いはずの見た目で大幅に損をしているのだ。
「あまり小言をつけないでくれるかしら」
使用人に対して指摘をするのは、女王であるエレットの母。娘の見た目の大部分はこの母親にあり、といった風貌で、これまた綺麗な金髪と蒼眼、さらにはシュッとした輪郭を持ち合わせている。ただ違うのは目つきであり、娘がパッチリと大きな目をしているのに対し、母は三白眼とは行かないまでも、鋭い目付きをしていた。
お察しの通り、使用人たちはこの女王も嫌っていた。ずっとこの城で過ごしてきていた王に対し、女王は十五年ほど前にやってきた。美貌もそうだが、その事実にいけ好かなさを感じたのだろう。エレットにするような嫌がらせはもちろん出来ないが、年齢の高い使用人たちは女王の悪口を言いふらしていた。
それはそうと、食事の間、兄たちは何も喋らなかった。彼らは使用人たちにものすごく好かれていた。上の兄は母親譲りのキリッとした目をした青年。逆に下の兄は父親譲りのパッチリとした目の青年。彼らもまた、美しい顔をした男子であった。
さらに、彼らは使用人たちの言うことをきちんと聞き、言われたことをきちんとやる。
――言われたことをきちんとやるのはエレットも同様である。だが少なくとも多くの使用人たちの間では、兄たちは聞き分けの良い子、妹は言うことを聞かない悪い子、という印象が浸透している。
それもエレットは察していた。だからこそ、自らの悪い所を探して自責した。こういうことはしてはいけない、こういうことをすると叱られる、と学んでいき、どんどん世間的な「良い子」になるのと同時に、使用人たちの理想から外れる「悪い子」にもなっていった。
エレットは、皿に盛られた一個半のパンにバターを塗り、一口ずつ噛み締めるように食べる。音を立てないように紅茶を飲み、ゆっくりとカップを置く。エレットは、ほんの少しだけ鳴った「カチン」という音にすら怯えながら、ゆっくりと席を立つ。
何も言われないことに安堵を覚えつつ、引き続き音を立てないように部屋へと戻ってゆく。寝巻きというには少し豪華すぎる服を揺らしながら、上の階へと繋ぐ階段を一歩一歩登る。そして、階段の頂上についた瞬間、エレットの前に誰かが立ち塞がった。
エレットは、また怒られるのではないかと怯えた。しかし、彼女にかけられた言葉は、彼女が思う何千倍も優しい言葉であった。
「どうしたの?なにか悲しいことでもあった?」
彼女の不安には、様々な理由が絡んでいた。
彼女は、くすみのない清純な金髪を三つ編みにし、後ろでくるりとまとめていた。その髪はまるで煌めく琥珀のようで、一目見ただけで憧れる美しさを持っていた。
髪の下に目をやると、当然瞳がある。少しタレた青空を映すような蒼眼が大きく輝き、パッチリと世界を見すえている。ハッキリ言って、傍から見ればとてつもない美少女だ。
――しかし、見た目や、三人目の子供として生まれた巡り合わせ、上二人との年齢差が相まり、王宮内では若干の迫害を受けていた。
性格も悪くはない。ただ、彼女はあまり喋る方ではなかった。それゆえに『可愛げがない子』の烙印を押され、いつしか『横暴を働く子』と根も葉もない噂が流れるようになってしまった。
家族はみんな愛してくれている。だが、両親は国王と女王という立場ゆえ多忙。兄たちとの関わりも少なく、常日頃から褒めてくれる訳ではない。さらに、最大の問題は使用人。エレットの持つ異様な美しさへの嫉妬心や、兄たちとの育てかたの勝手が違うために、嫌われ者になってしまったのだ。
エレットは恒常的な愛を知らない。そのために「また嫌われてしまうのではないか――?」という卑屈な妄想をしてしまう。
友達係に嫌われてしまった場合、自らをいじめる人をさらに増やすことになりかねない。しかも、エレットが同年代の少女と話すのは初めてのことであった。不安が錯綜し、涙すら出てくる。
怖い。恐ろしい。――会いたくない。
仰向けの少女の目尻からベッドへと、一つの雫が落ちてゆく。耳の端に、ひんやりとした冷たさを感じたその瞬間、部屋の戸からトントンという音が響いた。そして、キィーッと軋みを放ちながら戸が開き、外から若い黒髪短髪の使用人が入ってくる。
「王女様、朝食の準備が済んでおります」
エレットは服の袖で涙を拭い、ベッドからゆっくりと立ち上がった。靴を履き直し、肩を落としながらとぼとぼと食堂へ向かう。
食堂へ到着すると、既に家族たちは食事を始めていた。エレットがその様子を見るやいなや、中年の使用人が彼女の元に近づき、両親たちに聞こえるように小言を言う。
「早起きもできないようでは、誰も嫁に貰ってくれませんよ?」
エレットはその言葉でさらに傷つく。早起きが出来ないわけではないのに――。
「まあまあ、いいじゃないか」
国王であるエレットの父がその一言を宥める。
実際のところ、彼女は早い時間から目覚めていた。しかし、使用人たちが意図的に伝達を遅らせることで、エレットに悪いイメージを植え付けようとしているのだ。
エレットが自発的に食堂に向かおうとすれば、使用人が飛んできて「我々がお伝えしますのでお部屋でお待ちください」と怒られる。使用人たちは、そういった些細な嫌がらせを多用し、エレットに精神的な攻撃をしているのだ。
エレットも当然、この事実はハッキリと認識している。しかし、彼女自身は嫌われている原因を知らない。まさか見た目が原因などとは微塵も思っていないのだ。彼女は、嫌われている理由を子供ながらに考えた。あの時お兄様に酷いことを言ってしまったからかな、だとか、あの日、お紅茶をこぼしてしまったからかな、だとか。
もちろん、そのことも少しは起因しているかもしれない。ただ、彼女はかなり品行方正で、このような叱られてしかるべきミスはほとんどしない。すなわち、彼女は良いはずの見た目で大幅に損をしているのだ。
「あまり小言をつけないでくれるかしら」
使用人に対して指摘をするのは、女王であるエレットの母。娘の見た目の大部分はこの母親にあり、といった風貌で、これまた綺麗な金髪と蒼眼、さらにはシュッとした輪郭を持ち合わせている。ただ違うのは目つきであり、娘がパッチリと大きな目をしているのに対し、母は三白眼とは行かないまでも、鋭い目付きをしていた。
お察しの通り、使用人たちはこの女王も嫌っていた。ずっとこの城で過ごしてきていた王に対し、女王は十五年ほど前にやってきた。美貌もそうだが、その事実にいけ好かなさを感じたのだろう。エレットにするような嫌がらせはもちろん出来ないが、年齢の高い使用人たちは女王の悪口を言いふらしていた。
それはそうと、食事の間、兄たちは何も喋らなかった。彼らは使用人たちにものすごく好かれていた。上の兄は母親譲りのキリッとした目をした青年。逆に下の兄は父親譲りのパッチリとした目の青年。彼らもまた、美しい顔をした男子であった。
さらに、彼らは使用人たちの言うことをきちんと聞き、言われたことをきちんとやる。
――言われたことをきちんとやるのはエレットも同様である。だが少なくとも多くの使用人たちの間では、兄たちは聞き分けの良い子、妹は言うことを聞かない悪い子、という印象が浸透している。
それもエレットは察していた。だからこそ、自らの悪い所を探して自責した。こういうことはしてはいけない、こういうことをすると叱られる、と学んでいき、どんどん世間的な「良い子」になるのと同時に、使用人たちの理想から外れる「悪い子」にもなっていった。
エレットは、皿に盛られた一個半のパンにバターを塗り、一口ずつ噛み締めるように食べる。音を立てないように紅茶を飲み、ゆっくりとカップを置く。エレットは、ほんの少しだけ鳴った「カチン」という音にすら怯えながら、ゆっくりと席を立つ。
何も言われないことに安堵を覚えつつ、引き続き音を立てないように部屋へと戻ってゆく。寝巻きというには少し豪華すぎる服を揺らしながら、上の階へと繋ぐ階段を一歩一歩登る。そして、階段の頂上についた瞬間、エレットの前に誰かが立ち塞がった。
エレットは、また怒られるのではないかと怯えた。しかし、彼女にかけられた言葉は、彼女が思う何千倍も優しい言葉であった。
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