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「ノーブランド」と「妥協作」
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「なにもやる気が起きなーい!」
長い茶髪の少女、ライリー・ブレイバーはソファーに寝転がるなり、大きな声で主張した。
「こ、こら!あなたは今日から『お友達係』なんですから、そんなみっともない姿を見せるんじゃありませんよ!」
タキシードを着た黒髪の男――ライリー専属の世話係、エイドはオドオドしながら注意を入れる。
「あなたも新人さんなんでしょ?そんなに落ち着きのない注意をしているようじゃ、あなたも人のことを言えないのではないかしら?」
ライリーがニヤリと笑いながら言葉を返すと、エイドは挙動不審を残しながら反応する。
「い、一応僕だってそれなりに優秀な成績を収めたからここにいるんです!」
エイドは中流貴族夫婦の元に生まれた男子。彼の両祖父母は、娘・息子を上流階級の子息令嬢と結婚させようと目論んでいた。しかし、彼らは他の上流貴族との勢力争いに敗れ、仕方なく中流同士で結婚することとなった。すなわち、エイドは彼らにとっての「妥協作」なのである。妥協作が王家直属の公務員となるとは、なにがあるかわからないものである。
「あら、じゃあ大した成績も残せてない私はここにいちゃダメなのかしら」
ライリーはエイドに比べ、かなり複雑な事情で連れてこられた。
彼女の最大の目的は、セイランス王国の第一王女、「エレット」のお友達係を務めること。一見ふざけた仕事に聞こえるかもしれないが、これにはある程度の事情が絡んでいる。
まず前提として、子供の成長には年齢の近い友が重要である。友がいるといないとでは、大人になった時の成育具合に差が出てきてしまう。社会を知るためには、友の意見や考え方に耳を傾けるというのも必要なことだ。
ひょっとすると、「女王という身分を持つ人間は得てして非常識である。ゆえに社会を知らない」、という認識があるかもしれない。しかし、むしろ上に立つ者は社会を知らなくてはならない。将来的に政治に深く関わる可能性があるからだ。
さらに、彼女には歳の近いきょうだいがいない。いるのは十歳差と、十三歳差の兄のふたり。大人のそれと違い、子供の十歳差は非常に大きい。
つまり、エレットには誰かしら、友達になりうる存在が必要、国王たちはそう考えた。
では、「友達になりうる存在」とはなんだろうか。最初に考えられるのは、同じ身分である王女王子たちだ。具体的には、近隣の友好国に赴き、そこで親睦を深める、というものだ。
ところが、この方法には様々な問題が絡んでくる。移動費の問題、政治の問題――これらを考えて会う頻度を減らしてしまっては元も子もない。すなわち、この計画は現実的でないという烙印を押され、却下されてしまった。
では、海外がダメなら国内で済ませよう。という案が飛び出した。あまりにも無難な案ではあるが、無難ということは多く採用されているということ。計画はトントン拍子で進み、国全体から広く人材を公募し、その中から一人を選ぶこととなった。
そうなれば、当然全国から応募が集まる。もしかしたら、政治に大きく絡むチャンスはここしかないかもしれない。応募した誰もが自らの子供をアピールした。代々続く名家の息子、才覚溢れる音楽家の娘、一発逆転を狙う庶民層の子供たち……等々。純粋な能力勝負を挑む者や、同情票を集めようとする者。それぞれの思惑が錯綜し、選定は困難を極めた。
上流貴族を選べば政治的な色が濃くなるが、下手に庶民から選ぼうものなら選ばれなかった者からの反発や、王室自体の品格にも関わる。
つまり、ここでもまた「無難」が求められた。
ひたすら無難を求める選定員たちは、ある下流貴族の少女に目を向けた。
セイランス王国において一般的な「茶色の髪」に、自然に溶け込むような「翠眼」。平均的な体格に、王女に程近い年齢。さらには下流貴族の子供と来たものだ。
つまり、良くも悪くも普通。いや、確かに世間一般から見ればエリートな方ではある。「貴族」と呼ばれる立場の者だけを考えれば、平均的か、それのやや下ほどの立ち位置と言えるだろう。
「ライリー・ブレイバー」という高貴すぎない名前も上手く働き、あまりレッテルのない「ノーブランド品」として採用されたのだ。
しかし、そんなものに選ばれようものなら、どうしても政治的な話が絡んでくる。友達係認定の翌日、さっそくブレイバー家に一通の手紙が届いた。手紙の内容を要約すれば、
『私は息子をエレット様と結びたい者です。結婚競争で有利に立ち回るため、エレット様の情報を集めては頂けませんか』
というものだった。
手紙に書かれていた報酬額は端的に言って異常。目眩がするほどの額だった。例えるなら、豪邸を一つ建てても多分なお釣りが来るほどの額。そんなことを突然言われても、常人であれば迷いが生まれそうなものだが、ブレイバー家の夫婦は即決した。「YES」だと。下級貴族の彼らにとっては、この報酬をもらうだけで上級と呼ばれるようになる可能性を秘めていたからだ。
ライリーにはお金のことは伝えられなかった。「こういう依頼が来てるから、彼女の情報をとことん集めなさい」、とだけ伝えられた。年端もいかぬ少女であるライリーは、両親に言われたことにとりあえず頷いた。特段怪しげな仕事内容ではないと感じたからだ。
「まあ、これから成績を残せば良いですわよね?」
ライリーはニヤリと笑いながら、普段は使わないお嬢様言葉で話してみせた。
「え、ええ。そうですね」
エイドはありきたりな回答しか出来なかった。その様子を見て、ライリーはますます口角をあげた。
こうして、「ノーブランドお嬢様」の「お友達ごっこ」は幕を開けた。
長い茶髪の少女、ライリー・ブレイバーはソファーに寝転がるなり、大きな声で主張した。
「こ、こら!あなたは今日から『お友達係』なんですから、そんなみっともない姿を見せるんじゃありませんよ!」
タキシードを着た黒髪の男――ライリー専属の世話係、エイドはオドオドしながら注意を入れる。
「あなたも新人さんなんでしょ?そんなに落ち着きのない注意をしているようじゃ、あなたも人のことを言えないのではないかしら?」
ライリーがニヤリと笑いながら言葉を返すと、エイドは挙動不審を残しながら反応する。
「い、一応僕だってそれなりに優秀な成績を収めたからここにいるんです!」
エイドは中流貴族夫婦の元に生まれた男子。彼の両祖父母は、娘・息子を上流階級の子息令嬢と結婚させようと目論んでいた。しかし、彼らは他の上流貴族との勢力争いに敗れ、仕方なく中流同士で結婚することとなった。すなわち、エイドは彼らにとっての「妥協作」なのである。妥協作が王家直属の公務員となるとは、なにがあるかわからないものである。
「あら、じゃあ大した成績も残せてない私はここにいちゃダメなのかしら」
ライリーはエイドに比べ、かなり複雑な事情で連れてこられた。
彼女の最大の目的は、セイランス王国の第一王女、「エレット」のお友達係を務めること。一見ふざけた仕事に聞こえるかもしれないが、これにはある程度の事情が絡んでいる。
まず前提として、子供の成長には年齢の近い友が重要である。友がいるといないとでは、大人になった時の成育具合に差が出てきてしまう。社会を知るためには、友の意見や考え方に耳を傾けるというのも必要なことだ。
ひょっとすると、「女王という身分を持つ人間は得てして非常識である。ゆえに社会を知らない」、という認識があるかもしれない。しかし、むしろ上に立つ者は社会を知らなくてはならない。将来的に政治に深く関わる可能性があるからだ。
さらに、彼女には歳の近いきょうだいがいない。いるのは十歳差と、十三歳差の兄のふたり。大人のそれと違い、子供の十歳差は非常に大きい。
つまり、エレットには誰かしら、友達になりうる存在が必要、国王たちはそう考えた。
では、「友達になりうる存在」とはなんだろうか。最初に考えられるのは、同じ身分である王女王子たちだ。具体的には、近隣の友好国に赴き、そこで親睦を深める、というものだ。
ところが、この方法には様々な問題が絡んでくる。移動費の問題、政治の問題――これらを考えて会う頻度を減らしてしまっては元も子もない。すなわち、この計画は現実的でないという烙印を押され、却下されてしまった。
では、海外がダメなら国内で済ませよう。という案が飛び出した。あまりにも無難な案ではあるが、無難ということは多く採用されているということ。計画はトントン拍子で進み、国全体から広く人材を公募し、その中から一人を選ぶこととなった。
そうなれば、当然全国から応募が集まる。もしかしたら、政治に大きく絡むチャンスはここしかないかもしれない。応募した誰もが自らの子供をアピールした。代々続く名家の息子、才覚溢れる音楽家の娘、一発逆転を狙う庶民層の子供たち……等々。純粋な能力勝負を挑む者や、同情票を集めようとする者。それぞれの思惑が錯綜し、選定は困難を極めた。
上流貴族を選べば政治的な色が濃くなるが、下手に庶民から選ぼうものなら選ばれなかった者からの反発や、王室自体の品格にも関わる。
つまり、ここでもまた「無難」が求められた。
ひたすら無難を求める選定員たちは、ある下流貴族の少女に目を向けた。
セイランス王国において一般的な「茶色の髪」に、自然に溶け込むような「翠眼」。平均的な体格に、王女に程近い年齢。さらには下流貴族の子供と来たものだ。
つまり、良くも悪くも普通。いや、確かに世間一般から見ればエリートな方ではある。「貴族」と呼ばれる立場の者だけを考えれば、平均的か、それのやや下ほどの立ち位置と言えるだろう。
「ライリー・ブレイバー」という高貴すぎない名前も上手く働き、あまりレッテルのない「ノーブランド品」として採用されたのだ。
しかし、そんなものに選ばれようものなら、どうしても政治的な話が絡んでくる。友達係認定の翌日、さっそくブレイバー家に一通の手紙が届いた。手紙の内容を要約すれば、
『私は息子をエレット様と結びたい者です。結婚競争で有利に立ち回るため、エレット様の情報を集めては頂けませんか』
というものだった。
手紙に書かれていた報酬額は端的に言って異常。目眩がするほどの額だった。例えるなら、豪邸を一つ建てても多分なお釣りが来るほどの額。そんなことを突然言われても、常人であれば迷いが生まれそうなものだが、ブレイバー家の夫婦は即決した。「YES」だと。下級貴族の彼らにとっては、この報酬をもらうだけで上級と呼ばれるようになる可能性を秘めていたからだ。
ライリーにはお金のことは伝えられなかった。「こういう依頼が来てるから、彼女の情報をとことん集めなさい」、とだけ伝えられた。年端もいかぬ少女であるライリーは、両親に言われたことにとりあえず頷いた。特段怪しげな仕事内容ではないと感じたからだ。
「まあ、これから成績を残せば良いですわよね?」
ライリーはニヤリと笑いながら、普段は使わないお嬢様言葉で話してみせた。
「え、ええ。そうですね」
エイドはありきたりな回答しか出来なかった。その様子を見て、ライリーはますます口角をあげた。
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