上 下
8 / 44

8◆父親の幻影

しおりを挟む
温かな食事を食べることが許されなかった。

美味しいものを食べることが許されなかった。

お腹いっぱい食べることが許されなかった。

僕に許された食事は、焼いてないパン一枚とか冷たいご飯がお茶碗半分とか。

おかずなんて贅沢なものはない。

死なないぐらいの最低限の量の食事。

高校生になるまでは給食だけしか食べられなかったけれど、あの頃は温かな美味しい食事が嬉しかった。

父さんは外面だけは良い人で、暴言暴力をするような人にはみえないからね。

だから、ちゃんと給食を食べさせてくれていたんだ。

……ちゃんと良い父親にみえるように。

まぁ、長期の休みには給食なんてないから、その時も必要最低限の食事だったけど。



僕が作る料理は父さんだけの食事で、作る際に味見はさせてもらえないからレシピ道理に作るしかない。

だから味の微調整はできなくて、たまに美味しくない食事を作ってしまうと食器ごと僕に向かって投げられた。

だけど、残飯になってもその食事を食べることは許されなかった。

お腹が空いていたのに、父さんが食べることを拒否した食事を全部生ゴミとして捨てなくてはいけなくて、その時は切なくて仕方なかった。



僕が勝手に温かなものや美味しいものを食べたら、父さんは烈火の如く怒り激しく暴力を振るわれた。

給食以外はとにかくダメだったんだ。

あの頃の僕は、まだ僕が食べるということが悪い行為だとちゃんとわかっていなかったんだ。

わかっていなかったからお腹が空いて、空いて、空いて……。

我慢ができなくてバレないように温かなご飯やおかずを、父さんの隙をみてスプーンで一口だけ食べたりしていた。

スプーンで一口ぐらいならバレないと思ったんだけれど……まぁ、結果はバレでボコボコにされたよ。



……ずっとお腹が空いていた。

だけど、食べることが悪いことだとちゃんとわかってからは……。

罪悪感を感じるようになってからは、空いていることが正しくなった。



温かな美味しい食事……スープを一口食べさせられて、どうしてマリウスがそんなことをしたのかわからない。

温かなスープは胃に流れ、ずいぶん久しぶりの美味しいものに喜んではいけないのに喜びたくなる。

……けれど、父さんの幻影は喜ぶことを許さなかった。

幻影は僕を罵りながら暴力を振るう。

父さんの幻影は、幻影とは思えないほどリアルなんだ。

その暴力は、幻影なんだから本来は痛みなんか伴わないものなんだろう。

だけど、記憶の中の痛みと幻影の暴力はリンクしていて、僕は痛くて痛くて堪らない。

……枯れたと思っていた涙が一雫流れ、まだ出たんだなと薄れゆく意識で思うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...