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5◆お互いの名前

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差し出されるスプーンの意味がわからなくて僕は無反応だった。

それが食べさせようとしていた行為だと、もしかしたら大半の人はわかるのかもしれない。

けれど、僕にはそれがわからなかった。

だって、僕が食べることは悪いことだから……。

ただ無感情に、僕はそのスプーンをみているだけだった。



銀髪の彼が自分自身を指差し何度か同じ言葉をゆっくり言う。

何がしたいのか、何を伝えたいのか僕にはわからない。

でも何度か繰り返すから、もしかしてそれは彼の名前なのだろうかと思った。

なので、僕もその言葉をゆっくり言ってみる。

「えしゅたぁー」

すると、二人は喜んだ。

何が嬉しいのか二人の気持ちを理解できなかったけれど、僕は何回かその言葉を練習した。

『エ、ス、ター』

「え、す、たー」

『エスター』

「エスター」

そして、彼のエスターという名前を僕はしっかり言えるようになったんだ。



次はピンク髪の彼が自分自身を指差し同じ言葉を言う。

これは彼の名前なのだろう。

『マ、リ、ウ、ス』

「……まぁー、りゅー、しゅ?」

『マ、リ、ウ、ス』

「まぁ、り、う、しゅ」

これも何回か練習した。

何気にエスターより難しい……。

『マ、リ、ウ、ス』

「ま、り、う、す」

『マリウス』

「マリウス」

やっとのことで彼の名前のマリウスを言えるようになって、二人はとても喜んでいるけど僕は疲れてしまった……。



エスターは、次は僕を指差してきた。

たぶん、僕の名前を聞きたいのだろう。

「……聖。ひ、じ、り」

『ヒージーリー?』

「ひじり」

『ヒジリ』

僕より苦戦せずに僕の名前を言えるようになった二人に、僕は思わず解せぬって思ってしまった。

まぁともかく、こうして僕達はお互いの名前を知ることができたんだ。



それでも、僕が彼等の言葉をわからないのに変わりはない。

これから文字の読み書きなんかを僕は覚えなくてはいけないのだと思う。

……けれど、それは生きるために必要なことだ。

……だから、それは僕に必要なことなんだろうかと思ってしまった。

すぐに死ぬつもりの僕に……。

生きる価値のない僕に……。



ここに父さんはいないのに、父さんの幻影がみえてしまう。

父さんの幻影は、僕を罵っている。

『まともに死ねもしないのか出来損ない!』

わかってるよ……わかってる……。

僕は生きていたらいけないんだ。

ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。

失敗してごめんなさい……。

次は失敗しないから……。

父さんの幻影に僕は謝る。

そして僕は、次はちゃんと死ねるようにどうしたらいいのかを考えるのだった。
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