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『なぁクロ』
『なんですか』
『お前の親父さんが好きな場所なんだぜ、ここ』
『……それがどうかしたんですか』
『ここでなぁ、お袋さんと出会ったんだとさ』
『……母さんと?』

 しみじみと話すダラスの目は遠い過去を見ているように虚ろで、懐かしむように口角をゆるめていた。

『お前のお袋さん、ニーナさんな、ここで何してたと思う?』
『……知りませんよ』
『食べれる草や花を探してたんだってさ』
『はぁ!?』
『はぁ!? だよな。親父さんも同じ反応だったそうだ。何かを落として探しているものだと思って、手伝いますよと声をかけたらそう返ってきたんだとさ。ニーナさんは元から花だったり草木だったり、自然が好きであれこれしてるうちに、そうなったんだと。変わってる人だなぁと親父さんは思った。それから親父さん……ライザとニーナさんはここで仲を深めていったのさ』

 俺の知らない母の顔を愉快そうに、懐かしそうに、どこか寂しそうにダラスは語った。
 
『ニーナさんが亡くなってから、ライザは毎週ここでぼーっとしてた。酒を片手に俺を誘う事もあった。寂しかったんだろうなぁ。でも楽しそうにニーナさんとの事を話してくれたよ。喧嘩した事、デートした事、そしてお前の事』
『……』
『なぁクロ。前を向けよ。月並みの言葉だが前を向いて進んで行かなきゃ、何も変わらない』
『わかって、ますよ……』
『なら、いいんだけどな。今のお前は見てられない。悲しいのは分かる、寂しいのは分かる、だけどな』
『違うんです』

 ダラスの言い分を遮り、続きを喋ろうとするが喉がひりついてうまく言葉が出てこない。
 それでも俺は懸命に言葉を紡いだ。

『それだけじゃ、ないんです。俺は……父が亡くなる前の日にひどい言葉を吐いてしまって……』
『何て言ったんだ?』
『……大嫌いだ、って……』
『あーそりゃ酷い言葉だな』
『……ッ!』

 ダラスの一言が胸に突き刺さり、ぐっと奥歯を噛み締める。
 
『それをずっと考えてたのか』
『はい』
『考えて何かわかったか?』
『え?』
『死人に口無し。死者との間に禍根を残した者は答えのない問答を繰り返し、立ち止まる。こうすれば良かった、ああすれば違った、考え、悩みに悩む。そして変わる事もあるだろう、気付かされる事もあるだろう、嘆きたくなる事も投げ出したくなる事も、もうどうにでもなれと破滅的になる事もあるだろう。だがそれは進んでからでなければ得られない事だ。今のお前は何を見ている? 何を考えている? お前の胸に残ったのは後悔だけか? 悲しみだけか? ライザやニーナさんとの思い出はそれだけか?』
『……それだけじゃ、ないです』
『今でもクロはライザが好きなんだろう?』
『……はい』
『それなのに大嫌いだと言ってしまった事を酷く後悔しているのだろう?』
『はい』
『ならもう後悔は止めろ』
『え?』
『ライザは……ニーナさんが亡くなった時、後悔はしていなかった。ありがとうという想いを胸に抱き、足を踏み締めしっかりと前を向いていた。ま、酔っ払ってべそべそと泣く事はあったけどな』
『父さんは……強いから……』
『お前は強くない、と?』
『強かったらこんな事になってないですから……』
『なら強くなれ、父のように、大好きだったんだろう? ならその背中を追え』
『出来ますかね……』
『さぁな? だがお前にはライザの血が流れてる、ライザに惚れて一生を共にすると誓ったニーナさんの血が流れてる。出来ない事はないだろうよ』
『……はい』
『お前の出来る事をしろ。自分を信じろ。自分の選択した未来を信じろ』

 十五の頃の記憶。
 忘れていた記憶。
 忘れていた若きダラスとの会話。
 
「あ、あれ……」

 つう、と頬に流れる一筋の水滴を拭い、自分が泣いている事を自覚する。
 そうだ、この時の会話のおかげで俺は前に進めたんだ。
 だとしたら、俺がした事は恩を仇で返した事になる、のか。
 いや違う。
 それは違う。
 ダラスから受けた恩と、テイル王国軍での事とは別だ。
 後悔はしていない。
 でも……このまま何もしないのも、違うだろ。
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