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40 魚人?

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 魚と人間を足して二で割ったような奇怪な生物は、私達から五メートルほど離れたところで立ち止まり、じぃっとこちらを見続けている。
 やけに長い首にはエラがあり、濁った目はどこを向いているのかも分からない。
 けど見られているという事は感じられる。

「仕掛けてこないぞ……どうすんだ」
「どう、って言われても……」

 バルトが大剣をしっかりと構えながら言うが、私にもどうしたらいいか分からない。
 それはラペル達も同じようで、相手の出方を伺っているようだった。
 私は何があってもいいように防御用の法術をすぐに発動できるようにしてある。
 一触即発かと思っていた矢先、目の前のナニカ達は突然てんでバラバラに、私達とは正反対の方向に歩き出し、ゆっくりとその数を減らしていった。
 最後の一体が立ち去る直前、内腿の刻印がズキリと痛み--突然頭の中に濁った声が聞こえてきた。

『ココハワレラガマチ……インスマンス……』
「え……」

 まるで水中で無理矢理喋っているような、ゴボゴボという音と人語が混ざったような、そんな声が。

「インス、マンス……?」

 私が呆然とする中、残りの一体も何処かへと消え失せた。
 
「ふう……なんだったのでしょうか、あの生物は」
「おそらくこの領域に住む者達でしょう。おおかた突然迷い込んだ我々を見物にきた、とかそんな所でしょうね。さぁ早く勇者様達を追いましょう」
「あの! 声が聞こえませんでしたか?」
「声?」

 ラペル達の様子を見るに、あの声が聞こえたのは私だけのようだ。
 私の頭がおかしくなって幻聴が聞こえ始めたのだろうか。
 
「い、いえ……何でも、ないです」

 言及される事を避けて俯く私を、ラペルは不思議そうに見ていた。
 そして私達はカイトが去って行ったと思われる方向に歩みを進めて行った。
 しばらくすると、それまでの風景ががらりと変化していくのが分かった。
 まるで、そう、例えるなら全く別の空間に来てしまったような違和感、ドアを開けたらトイレのはずが外に出てしまったような感覚、何かがぬるりと体の中を通り抜ける嫌悪感にぶるりと心を震わせた。
 新たな風景は荒廃した街並みといった所か。
 レンガ造りの家屋が立ち並んでいるが、そのどれもが崩れていたり、歪んでいたり、穴の空いた球状になっていたりした。
 寂れた民家や全体的に錆び付いた洋館なんかはまだいい。
 街中を進んでいくと巨大なナメクジのようなモンスターが大量に蠢く宿屋や、無数の虫の足が生えた人の頭が犬のように駆け回っているのを見た時は卒倒しそうになった。
 ここは生身の人間がいて良い空間じゃない。
 それだけは確実にわかる。
 しかし一体この場所からどう抜け出せばいいというの?
 入口はこの領域に足を踏み入れた瞬間消え失せたし、いけどもいけども精神を狂わせるような光景ばかりが続く。
 おまけに空気もじっとりとしていて、肌にまとわりつくようで気持ちが悪い。

「皆さん、あれを」

 ラペルの指差した方向にはこの場に不釣り合いなほど綺麗な屋敷があった。
 そしてその屋敷は私達が踏み込んだであろうプロヴィオ屋敷に瓜二つだった。
 明らかに怪しいけれど、正直これ以上この空間にいたくなかった私達は慎重にかつ早足で屋敷へと向かった。
 扉を開けてみると、目の前にはやはりプロヴィオ屋敷そのままの内装だった。
 
「少々お待ちを……」

 そう言ってラペルは地面に落ちていた小石を拾い上げ、そのまま屋敷の中に放り投げた。
 小石は弧を描いて床に落ち、コロコロと転がって止まった。

「……大丈夫そうです。この中に入ったとしても別の場所に飛ばされる事はないでしょう」

 小石そのままそこにあり、ずい、と足を踏み出したラペルが消えることもなかった。
 一安心した私達は屋敷の中に入り、ひとまずの休息をとることにした。
 この領域に入ってからどれだけの時間が経ったのかも、もはや分からない。
 全ての感覚が麻痺しているような感じだ。
 舌はぴりぴり、指はひりひり、喉はからから。
 精神は法術により保護されているが、肉体の方はそうもいかないらしい。
 ここは体の内外共にダメージを与えてくる空間ということなのだろう。
 
「まじで何なんだよここ……」
「私達、出られるのかしら」
「この領域を作り出しているのはネクロノミコンで間違いありません。だとすれば……」
「ネクロノミコンを探し出してどうにかするしかない、って事ですか?」
「……今の所、それしか方法が思いつかないのです……申し訳ありません」
「謝らないでください。むしろ巻き込んでしまって……」
「いいのですよ。これも聖職者たる勤め。神は見ていらっしゃる。それを信じていれば何事も強く立ち向かえますから」

 あぁもう、ラペルさんあなたカッコよすぎませんか。
 いやラペルだけじゃない。
 その他の聖職者の方々もみな顔を見合わせて同じように頷いている。
 間違いない、あなた方が勇者です。
 神の祝福があらんことを。

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