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愛国心の骸

データベース上の愛国心 4

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「実は彼にはギース王国の国民ではないのです。なぜなら彼には国籍がないのです!」
 ある政治家の、人種差別的な動機による発言は、目に見えない鈍器となって、かの英雄と称される男の尊厳を殴りつけた。
 その発言の主はタロット・ウィッガー。彼が所属する保守党の党大会で壇上に上った彼は、その巨体からがらがら声を振り絞った。
 そしてダークエースと持て囃される男が、実はギース王国の国籍を保持していないと言うことを調査して明らかにしたと高らかに宣言した。
 もちろん、ダークエース(ジギー・ヨシダ)に国籍がないのはシステム障害のせいで、彼に瑕疵はない。
「あの男になぜ国籍がないのでしょう?戦争で手柄を立てた?この国に忠誠心のない者がすることが本当に手柄なのでしょうか?」
 タロット・ウィッガーは、さらに声を荒くした。
 この差別演説を聞いていた保守党員の反応は半々に分かれた。
 あくまで、国籍のない者が軍隊にいることを問題視する声、あるいは、彼が無国籍者だとしても、それを公に言い立てるのは人種差別だとするまっとうな声。
 党大会には取材のカメラも入っていたため、この差別的発言はメディアによって速報的に取り上げた。
 この報道が、称賛を疑念に変えた。

 ジギー・ヨシダはこの報道を受けて、直ちに法務局に問い合わせた。
 ジギーの記憶によれば、たしかにギース王国の国籍は取得していたはずだった。
 怠慢な法務局のことである。事実確認のために1ヶ月の時間を要し、事態はさらに悪化した。
 ジギー・ヨシダへのバッシングが加熱していったのである。
 ジギー・ヨシダはギース王国の英雄ではないか?ギース王国の国籍がない者が軍隊にいる意味は?スパイではないか?
 彼のもとにもいくつかの取材の申し込みがあった。誤解を解くためにも彼はそれに応じた。
 しかし元来の口下手であり、ましてや味方を失ったような状態の彼には押し寄せるバッシングと疑念を、解いていくことはできなかった。
 次に彼を襲ったのは、フラッシュバックと不眠の長い夜だった。
 真夜中に絶叫して目が覚めてしまうことが多くなり酒量も増えた。
 メディアも世論に迎合して、ジギーを非難し、スパイラル化した悪意はついに彼の自宅にまで及んだ。
 家の窓ガラスにスコップを投げつけ破損させる、何者かが侵入してギース王国の国旗を複数散乱させるなどのいやがらせが続いた。
 事態を重く見た軍は、半ば世論に圧される形でジギー・ヨシダ少尉を解雇した。
 解雇通知と同日に、ジギーのもとに届いた法務局からの報告書には、こう書いてあった。
→ジギー・ヨシダ殿は、たしかに当法務局において、ギース王国の国籍取得手続を完了していることを該当する書類から確認できました。
 しかし落雷によるシステム障害のため公式の国籍データベースからはジギー・ヨシダ殿の国籍データが消失していました。
 つきましては再度、当法務局にて国籍取得の手続をしてくださいますようおねがい申し上げます。

 国中から手のひらを返すようなバッシングを受け、軍からも解雇され孤立したジギーは真実を明らかにするための気力が湧いてこなかった。
「もうここにはいたくない」
 彼は、いやがらせにより部屋にばらまかれたギース王国の小旗たちを眺めた。
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