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8、私の今とお父様からの手紙。

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 私、ヴィオレッタ・ショーリー公爵令嬢とジオルド第二王子殿下の婚約が白紙となってから、一年と半年が過ぎました。早いものですわね。現在私は、マケルカ王国の王都にある女学園に転入し、王城から通っております。あのままドナイナッテ王国に残って王立学校にいる方が色々と面倒があるだろうと判断しての事です。幸いにもこちらでも多くの学友が出来まして、大変楽しく過ごすことが出来ております。

 最近の事ですと、新しく婚約者も出来ました。マケルカ王国デーキルッゾ侯爵家のロイ様です。私より五つほど歳上ですが、広い視野を持ち決断力も優れ、家柄的にも政治バランスが最適でした。何より、国王で在られる私の叔父様には心身共に鍛えられ、叔母様には女性の扱い等を徹底されたそうで…コホン。私はとても大切に扱われております。

 銀の髪と青い目を持つロイ様に『ヴィオラ』、と優しく愛称を呼ばれる度に、私の心は暖かくなります。エスコートの為に差し出される温かい手を取る度に、私の心は自信に満ちます。

 念願の恋、とは少し違うような気もしますが、ロイ様は私の心を落ち着かせ、安心させる不思議な雰囲気をお持ちなのです。…私はこの方となら、共に並び立つ事が出来ると思えました。

 未だに戦後の影響が残るマケルカ王国の女王としての道は、辛く厳しいものである事は分かりきっています。治世を問題なくし、王家の子供を産み増やし、揺らいだこの国の土台をしっかり据え直さなければなりません。ロイ様となら夫婦として支え合える、ならばいつかきっと……互いに恋し、愛し合えると、そう思わせてくれるのです。


 そうそう元婚約者であるジオルド殿下についてですが、その後の話を先日届いた、お父様からの手紙で伝わっております。もう繋がりがないと言え、過去の事を根掘り葉掘りあげつらう方がどこの国でもおりますからね。きちんとあちらの現状を知っておかなければ何が躓きの石となるか分かりませんもの。

 結論から言いますと、ジオルド殿下は、例のサリー様とは結婚出来なかったようです。結ばれなかった恋の結果は…私が思っていたよりも非情なモノでした。

 と言うのも、ジオルド殿下の恋する相手は、ドコゾーノ男爵家の娘であるサリー様でした。ですが、そのサリー様は実はとうの昔に病で亡くなっておられたのです。ご両親からそれぞれ受け継いだ黒に近い茶髪とからし色の瞳の持ち主で、明るい笑顔が可愛らしい少女で周りの皆に愛されていたそうです。しかし、流行り風邪が悪化し肺を患い、そのまま永眠されたとのことでした。九歳になられたばかりの出来事だったそうです。

 あちらの王家としても、愛し合っているのならば王位継承権の返上さえすれば婚約を許可する予定だったようでしたが、まさか相手がすでに死者であるとは思ってもみなかったのでしょう。さすがに死者との結婚を認めることは出来ませんし、そもそもジオルド殿下に生前のサリー様の絵姿をお見せしたところ、はっきり拒絶なさったそうですしね。ジオルド殿下ととの結婚はあっけなく立ち消えとなりました。
 
 では、学校に通われていた例のサリー様は一体誰なのか? 
 
 調べで男爵令嬢の真実を知った国王陛下と王妃様は総力を尽くす勢いで念入りに調査をし……行きついた答えは、『夢見がちな村娘』でした。

 ドナイナッテ王国の端の方にあるイーナカ村の宿屋の娘。いつも『私はヒロインでいつか王子様と結婚するのよ』、『私の本当の親は貴族なんだから』等と夢のような妄想を良く口にしていたそうです。ですがある日突然、『私の幸せはここにない、私は幸せにならなきゃいけない』と書置きを残し行方知れずになり、いつの間にか、サリー・ドコゾーノ男爵令嬢に成りすまして王立学校へ入学していた…という事らしいのです。本人の名前は、『サリー』とドコゾーノ男爵令嬢と同名でしたが、その生まれは貴族ではなく列記とした平民でした。

 実はあの面会の日以前に、すでにサリー様…いえ、村娘サリーは捕まえられ王宮の地下牢に入れられていたそうです。当然ですわね、“貴族でない者が、貴族と偽っていた”、それだけでも重罪となる上に、王立学校に通う為の必要な手続き書類まで偽造されておられたのですから。この時点で極刑は免れないでしょう。

 とは言え、ただの村娘に書類等の偽造が出来ますかしら? うふふ、愚問でしたわね。貴族の協力者がいなければ、そのような真似が出来るはずもありません。そして、当時はアリエン帝国の怪しい動きがありました。少し具体的に言いますと、裏工作や軍事物資の流れ辺りが色々とあったようですわ。そう、村娘サリーはその夢見がちな性格を利用され、ドナイナッテ王国の王家と貴族の間に不和をもたらそうと画策した謀反者うらぎりものの駒として、いいように使われていたのです。

 ジオルド殿下は、国王夫妻により全ての真実を知りました。それでも処刑が決まった村娘サリーとの面会を求め、一度だけならばと許されたそうです。再会した二人がどのような話をされたのかは手紙にもありませんでしたので、当然私も知りません。地下牢での再会を果たしたジオルド殿下は、その後すぐに王立学校を自主退学され、王位継承権を返上され、臣下としてもふさわしくないからと資産返上の上、王族籍も抜けて、ただの平民となり……今ではドナイナッテ王国の王都の外れにある『名も無き墓』の墓守となられたそうです。

 『名も無き墓』とは罪を犯した者達の遺体が葬られる集合墓地、墓とは名ばかりの灰色の石があるだけの場所です。その墓場の墓守役は懲罰として与えられる役目だと聞いておりましたが、ジオルド殿下、いえ、ジオルド元殿下にとってはきっと最愛の人との最後のよすが(よすが)。誰からも蔑まれる重いその役目を自ら背負い、選ばれたとしてもおかしくありません。

 ――こうして、王子の恋は悲しい結果となりました。



 私個人としては、密かに応援していた恋がこのような結果となった事が残念でなりません。しかし、女王となる私としてはある程度は予測していた結果ではありました。将来の妻となるはずのじょおうを粗雑に扱い、王家を支える貴族との婚約かんけいを軽視し、自己都合の良い者太鼓持ちとしか付き合わず、まともに学ぶ姿勢も自制すら無い我欲に溺れた愚か者を、王家に連なる者としてそのままにしておける理由はありませんもの。仮に村娘サリーとの恋が叶い、結婚できたとして、数日後に事故が起きて共に亡くなる、なんて出来事が起きてもおかしくなかったのです。

 親としての愛情はあれど、確実に国益を損ねる子を残しておけるほどドナイナッテ王国も余裕はありません。今は大人しくなったアリエン帝国が今後どう動くのか、国土の位置的にアリエン帝国からするとマケルカ王国が七割ほどドナイナッテ王国の盾となるのような環境にありますので、ドナイナッテ王国とすればマケルカ王国との同盟関係は維持したいところでしょう。ですが、もしもマケルカ王国が同盟を破棄してアリエン帝国に降った場合、両国はドナイナッテ王国に攻め入ることもあり得ます。あまり軍事力が強くないドナイナッテ王国にとって最悪の悪夢でしょうね。

 だからこそ、そうならないように意図して国王夫妻が私と親交を深め、更には自分達の息子との結婚に期待していた――余談ですが、婚約が白紙になるまでに時間がかかったのはこの為ですわ――のです。その結果はジオルド元殿下むすこのせいで逆に同盟国側の信頼を損なう事になりましたが。すでに同盟国側にも国内の貴族側にも顰蹙を買っている子をどう内々に処分するか…。あの日、国王夫妻からジオルド元殿下を試すような様子が見られましたし、その態度からこの結末が決まったのでしょうね。国を支え導く王とは、時に非情にならざるを得ない。お父様の手紙からは、その具体例を示されたように感じました。

 ええ、手紙に書かれていた通り、ジオルド元殿下が自ら望んで平民に下ったかは分かりません。墓守の件も、ジオルド元殿下の恋を美談にしたい王家の思惑が挟まれている可能性すらあるでしょう。どの部分が真実で、どの部分が偽りなのか、全て真実で全て偽りである事もあり得ます。家族からの手紙を疑わねばならない理由は、お父様の手紙には意味深に、『期待しているよ、私の小さな女王様』とありました。これはお父様が私を試す符合のようなモノですもの。私は女王となる者として知らなければなりません、他国の王家の陰に隠されている真相を、本当の結末を。同盟国と言えど、国家間の思惑は別物ですからね。手紙に真実が敢えて書かれていなかったのは、私自身であらゆる手を使い確認する事こそがお父様からの課題であり、同盟国であるドナイナッテ王国がその対象なのは失敗しても大きな失態にはなりえないからでしょうね。

 私の手配による調査結果が届くのはまだまだ先です。お父様との答え合わせも。…だから、今はもう少しだけ。私の胸の内に宿ったままの、王子の恋を応援する気持ち。その気持ちがある間くらい、ジオルド元殿下の恋は、愛は、サリーの元にそこにあるままだとロマンを見させてくださいな。




 ――私本当に、王子の恋愛を応援する気持ちはありましてよ?
 
 ――ただし、国家としての立場は、別となりますが。



終わり。
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