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オマケ タイガークロー公爵は回想する
しおりを挟む「――以上で、ご報告を終わります」
「そうか。…これ以降はもう手を引いて良い」
「はっ、承知致しました」
日も落ち始めた夕暮れ時。タイガークロー公爵家の屋敷にある当主の書斎にて、公爵家の影の者から報告を受けた。影の者を下げ、一人となってから椅子の背もたれにゆっくりと背を寄せる。先程の報告内容は、独房に監禁されていたアルベルト元第一王子が毒杯にて死に絶え、他の罪人と同じように遺体は燃やされ灰と遺骨は谷底に捨てられた、とのことだった。…予定よりも随分早かったが、いずれこうなることは分かっていた。これでようやく終わったと、息をつく。私の胸に去来したのは歓喜、と言うよりもじんわりとした達成感のような感情で、その温かな感情の熱により長年心に負っていた重石が解けて消えていく気がした。…もと喜びに満ち溢れるかと思っていたが、重石が消えた、それだけでも今の私には充分な満足のいく結果だった。私は目を閉じ、これまでのことを振り返るように、想いを馳せる。
タイガークロー公爵家の嫡男として生まれた私は一人息子として大事に、しかし次期当主として厳しく育てられた。そんな私には、五歳年下の婚約者がいた。彼女が学園を卒業して十八歳になったら結婚する予定だったのだが、私が他国の学園へ更なる勉学に励みたいと留学を希望した事で、婚約期間が私の帰国後まで延びることになった。五年の留学期間を経て帰国後、予定より結婚は遅めになったが私が二十五、彼女が二十歳の時に無事に結婚を果たし、それと同時に早期から隠居したがっていた父から爵位を譲られた――王の弟であり重鎮でもあった為に自由に国外へ旅行出来なかったので、若いうちに隠居して世界を夫婦で回るのだと、年甲斐もなくはしゃいでいた――ので、私達夫婦の新婚期間が短かった事はとても残念だった。私達の結婚も貴族によくある政略婚の一つではあったが、芯の強い彼女とは気が合い、互いに支え合いゆっくりと温かい愛を育むことを望んでの結婚でもあった。ずっと隣り合って時には喧嘩して、いつでも笑い合えると思っていたのだ。…彼女の身に死病が確認されるまでは。
妻となった彼女が発症した病は、他者に感染する死病ではないが治療薬は存在せず、重度になると襲い来る全身の痛みに苦しみ藻掻きながら死に至ることになると言う。私は必死になって少しでも効果のある治療薬や治療法を探した。留学した際の他国の伝手も使って、妻を救うための手段を全力で探したのだ。だが、結局私の力が及ばず、一時的に痛みを取る薬しか存在しない事を知っただけに終わった。…妻には全てを話した。互いに関わる問題事は相談して解決していこうと、新婚時に約束していたから、黙っておくことなんて私には出来なかった。最後まで話を聞いた妻は子が望めない事を理由に離縁を申し込んできたが、私がそれを拒んだ。最期の時まで妻として私の傍に居て欲しかったからだ。私達の間に激しい愛はないけれど、互いに想い合える優しい愛があり、私はそれを私自身が死ぬまで手放したくなかったのだ。妻は私の我儘を受け入れてくれた。そして…妻は六年間の苦しい闘病生活の末に、二十九歳の若さで儚くなったのだった。
――彼女の死は、病気が原因であり、アルベルトはその死には関係がない。だからこそ許さなければならない、と思っていた。あの発言は若さゆえの過剰な正義感から出た事であり、アルベルト自身には悪意も罪もないと…そうやって何度も私の心に言い聞かせる事で、ずっと焼き尽くすような怒りを胸の内に封じ込めていたのだ。周囲に再婚を促されても私が独り身を貫いていたのは、亡くした妻を忘れられない為でもあるが、この行き先の無い怒りを抑え込むこと以外に、精神的な余裕が無かったからでもあった。だが…そんな私の努力をあざ笑う様な話が飛び込んで来た。
『アルベルト第一王子が、婚約者であるウルファング侯爵家の令嬢より、ブランカ男爵家の娘を大事にしている』
『学園の至る所で、ブランカ男爵家の娘との不貞行為を目撃されている』
『アルベルト第一王子はブランカ男爵家の娘と結婚したいと望んでいる』
――アルベルトが学園に入学してから聞こえてくる醜聞。始めはとても信じられなかった。アルベルトとウルファング侯爵令嬢との婚約は政略の為であっても、アルベルトが王となる為に王妃が手を尽くした結果であり、隣国との国際的な問題も関わっているのだ。大事にしなければならないウルファング侯爵令嬢を一方的に蔑ろにし、尚且つ不貞行為を晒すなど、本来ならば決してあってはならない事で、それはアルベルトも理解しているはずだった。誇張された情報である可能性もあったが、公爵家の影の者を使っての独自の調査により、その全てが真実である事を知った時の衝撃は、未だに言葉に出来ないほどだった。
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