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幕間 側妃は祈り始めた <前編>
しおりを挟む人払いをした王宮に用意されている自室にて『とある報告書』を読み進めていると、思わず嘆息が零れ出る。その内容は、国内のあらゆる役所に設置している目安箱に投函された嘆願書の件で、事実調査の為に訪れた調査官による元息子の言動が記されていた。目安箱に投函された書簡は必ず国王陛下が目を通す為、問題となりそうな内容の書簡の場合、国家の調査の手が入る。今回のアルベルトの嘆願書も事実確認が必要と判断され、調査の手が入ったのだ。
我が子を失ってから四年の時が過ぎた。もう四年と言うべきか、まだ四年と言うべきか、私には判断がつかないでいる。けれど第一王子であり私の息子であった、アルベルト。つわりも軽くいざ産む時も安産ではあったが、出産の辛い痛みを耐えて産んだ子のことを忘れられる訳がない。例え、王家から除名され、貴族籍からも名が消され、記録の上ではその存在が完全に消されていたとしても。出来るなら、あの子の子供を…孫を見てみたかった。しかしそれは一生叶わないことを私は知っている。
未来において起こり得る国内の王権乱立による内乱の発生。その可能性を未然に防ぐ為、婿入り先のブランカ男爵家の了承を得てアルベルトの身体は子が出来ないように処理したからだ。その為の毒を盛るよう命じたのは…母であるこの私だ。アルベルト自身には何も知らせていなかった。アルベルトに使われた毒は王家の秘薬である為、王家からも私の実家からも絶縁されて平民と扱われる者に開示出来る情報ではなかったのだ。報告書にある通り、アルベルトは今でも熱が出て寝込んだだけだと思ったまま。本気で身分を捨てただけで済んだと思っているのだ。王太子としての教育も受けていたはずなのに…国を一心に背負う王家がそんなに甘いはずがないと何故理解していなかったのか。
アルベルトは側妃である私の子という事で、王家の内情を知らぬ者達からは軽んじる態度を取られたこともありはしたが、国王陛下の第一子であり男児であることは揺らがない。だからかアルベルトはその立場故に、自分の都合が優先されて当然のように考えてしまう所があった。王家に生まれたたった一人の男児であったことで、私も周囲もどこか甘やかしていた部分はあるし、実際に『優先すべき立場の者』であったから致し方ない事でもある。だがそれを許されていたのは、アルベルトが王となることに皆が期待を持っていたからだ。周囲の国々と変わりなく我が国は身分制であり、血の繋がりによって強固な結束を築く体制で国を運営し守り続けてきた。本来、国の基礎となりその責任を担う王となるべき者が安易に王の座を捨てることは、罷り通っていいことではないのだ。どれだけ身分や権利を捨てても、その血が王家のモノであることは変わらないのだから。
そもそもウルファング侯爵令嬢との婚約はアルベルトだけの問題ではなかった。王妃様がその出自によりアルベルトが王となった時に軽んじられる事が無いようにと、その優しきお心を砕き取り成して下さった婚約だったのだ。隣国からの期待という圧力は少なくなかったはずなのに、ご自身がお腹を痛めて産んだ子よりもアルベルトを支持して下さっていた。ウルファング侯爵家は過去に隣国の王家の血を引く娘を嫁として迎えたことがあり、かの家の者であればアルベルトの立場を確固足るモノとするだけでなく、王女であった王妃様を送り出した隣国の面子も、王妃様の立場も保たれるまさに理想の婚約であった。
そんな国の面子も関わる大事な婚約を個人的理由で解消を申し出た時点で、王家の責務を一方的に放棄した愚か者として陛下より『秘匿された死』を賜っていても可笑しくない事を、当時のアルベルトは恋に溺れ全く気付く様子はなかった。私は覚悟していたが、王妃様とウルファング侯爵家と、陛下の従兄弟に当たるタイガークロー公爵家の取り成しがあり、王家の秘毒を使って子を作れぬ身体にすることで、その死をギリギリで回避することが出来たのだ。今、こうして生きているだけでも幸運であり、それは各家の深い恩情によるものだと、アルベルトはいつになったら気付くことが出来るのだろう。
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