婚約者と王の座を捨てて、真実の愛を選んだ僕の結果

もふっとしたクリームパン

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幕間 調査官達は書き上げた

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 とある天気の良い日、そのお昼前。王都内にある建物の一室にて、ペンを走らせる音だけが響く。



「…~終わったぁぁぁ」



 書き上げた報告書を見た若い男は、後は乾かしとくだけ、と机の端に書類を移動させた。



「先輩、後で誤字確認をよろしくっス」


「後輩、甘えるな。それくらい自分でやれ」



 隣の机で同じように仕事していた先輩の男に声をかけるが、パシリと肩を軽く叩かれるだけに終わる。



「へいへ~い。…つか、今回のこれ、色々やばくないっスか」


「…何がだ」


「今回の調査対象の一人、あの元王子様の事っス。なんなんスかね、あれ。目安箱に投函した嘆願書について事実調査に行ったのに、ベラベラ自分の事を語り始めて。相槌も適当にしてたのに、勝手にこっちが尋ねたみたいに答えだして。実際にこっちが質問したのもあったっスけど、婚約式ぐらい知ってるつ~の!」


「まぁ、この仕事にはよくある事だ。己の事を語る事で、自分はこんなにも苦労している、ここまで話しているのだから自分は信用できる人物だと証明したいんだろう」


「信用っスか~? あんなの口先だけ過ぎて、信用の欠片も湧いてこなかったっス。何か、過去話も今になって気付いた~とか、今なら良く分かる~とか反省してる風に言っておきながら、自分が悪いとは微塵も思ってないことが丸わかり過ぎて…、聞き取りの最中、マジで言ってんの?って何度もツッコミかけたくらいっスよ。反省してんなら謝罪の言葉一つくらい…いや、オレ達に謝罪されても意味ねぇっスけど、今からでも謝罪したいとか申し訳ないと思ってるとかぐらいなら言えるっスよね。どれだけ周囲に迷惑かけたとか考えてもなさげっスし、絶対あれ誰にもどこにも謝罪してねぇっスよ。公式には出来なくとも非公式の場なら身分関係なく謝罪ぐらい出来るはずっしょ。もうほんとどんだけ自己中なんだか…自覚してねぇのもまた最悪っスわ。言いたい事あり過ぎて切りがない状態になったんでグッと我慢したっスけど、嫌味くらい言ってやりたかったっス」


「そういえば、思った事をすぐ口にするお前が今回はよく耐えていたなぁ。…いや待て、お前、婚約解消の話が出た時に『パーティーで婚約破棄宣言しなかったのか』って聞いたよな? 私には意味が分かりにくかったが、あれは『それぐらい常識から外れた行動しているぞ』と言う感じの嫌味を込めた質問じゃなかったのか」


「あぁ、アレ。違うっスよ、実際にそういう恋愛小説があるんスよ。妹がハマってる小説で、悪役の婚約者である令嬢が王子様に婚約破棄されるシーンがあって、それが大体パーティーなんっスよ。悪役を懲らしめる断罪劇をデカいパーティーでやって、周囲に罪を知られた悪役は強制退場、ヒロインと王子様はその勇気と行動力を褒められてハッピーエンドって流れっス。最近、そんな小説が流行り出してるみたいっスよ」


「なんだ、その無茶苦茶な流れは…あり得んだろう」


「実際に元王子様と結婚した男爵令嬢の話があるっスからね~。でもま、こっちは架空でも王子様とヒロインが結婚して国王夫妻になる話っスけども」


「…やはり、嫌味じゃないか!」


「いやいやいや~、話しの配役がまさにその小説に合致してたんっスよ。悪役は高位貴族の令嬢で、相手は王子様で、ヒロインは男爵家の子。ほ~ら、バッチリっしょ? だから念のために確認しただけっスよ~」



 調査官として確認は大事っスよ、と笑う後輩を見て、先輩は呆れたように息を吐く。



「それに嫌味ってのは相手がそれに気づいて始めて嫌味になるんスよ。相手はただの質問としか思ってないから問題ないっス。ほんと鈍いっスよね~。なのに、かつての自分の立場とか王家の事情とか元婚約者の温情についても気付いてますよ~って自分賢いアピールしてたっスけど、どこがだって話っスわ。余りの浅慮さに、コイツが元王子になって良かったって心底思ったぐらいっスもん。おまけにかなりの甘えん坊ちゃん。結婚式の招待状についてもあり得ねぇ~って思ったっスけど、とっくに王家とも絶縁してるのに、何で国王陛下を未だに父と呼ぶんっスか?? 『絶縁』って一切の縁を断ち切る事なんだから、とっくに親子でもなんでもないっスよね。全然、実感してねぇじゃないっスか。聞いてるだけで自分は特別な存在なんだぜ感マシマシで胡散臭さが倍っスわ。そもそも真実の愛を一押ししてたっスけど、愛が尊いとか言うならその愛に真実もクソもあるかって話じゃないっスかね? 友愛から結婚後に家族愛になって恋愛にまで発展した政略婚の貴族夫婦をオレ、たくさん知ってるっスよ。もうほんと、私情を交えず調査官として我慢出来たオレは、ちょ~偉いっス。きっと昇進も近いっスね!」


「偉いも何も…身分を問わず公平に調査し、情報を精査する事は調査官としての基本的な務めだろう。まったく…昇進したければ、次の調査も真面目にやれ」


「え~、今さっき報告書を書き上げたとこっスよ…。次って、ブランカ男爵家の当主様っスか? それとも例の伯爵様?」


「それは別の調査官が担当している」


「え、じゃぁ、次の調査対象って…」


「誤字確認を終えて報告書を長官に送付次第、午後には向かうから準備しておけ」


「午後からって、もちろんメシ食ってからっスよね?!」


「私の分はもう完璧に仕上がっている。昼メシが食べられるかどうかは、お前の働き次第だな」


「ちょっ! それ、先に言って下さいっスよ!!」


「がんばれがんばれ」



 慌てて乾かしていた書類を手に取る後輩に、文房具を片づけ始めた先輩はのんびり応援の声を掛けたのだった。


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