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「はぁ、今日も疲れたぁ…。さっさと帰ってスチル回収しないと!」

  天宮凪は独りごちた。
  田舎から都会に出てきて早5年、大学を卒業して一般企業のOLをしている。年齢=彼氏いない歴な私の唯一の癒しはもっぱら乙女ゲームである。最近、はまってるのが「学園ラビリンス」という、テンプレ激甘な匂いがぷんぷんする乙女ゲーム。

  駅のホームに辿り着くと電車の到着時間を確認しながらスマホを取り出した。画面を開くと例のゲームに関する攻略サイトを見始める。

「あとスチル1枚で完クリ!!ノーマルエンドが最後まで出ないってどうゆう事よ!どこの選択間違えたんだろ?」

ドンッ!!

  パァーーー!!!という電車の警笛が駅のホーム内でうるさいほど響いている。いつの間にか電車がホーム内に入ってきていた。

「っ!?」
  
  背中に受けた衝撃と共に警笛が自分に向かって鳴らされているのだと瞬時に理解したが、強く押されて勢いづいた身体は止められず、線路内に飛び出した。
  
  私、電車に跳ねられて死んじゃうんだ。まだ、学ラビの完クリ出来てないのに…。こんなの死んでも死にきれないじゃない!!

  ホーム内には警笛と乗客達の声や悲鳴が飛び交っていて、私は反射的に目を固く閉じ来る衝撃に備えた。

「??」

  目を閉じてどれくらい経っただろう。いつの間にか乗客の声や警笛も鳴り止んでいる。

「あれ?痛くない?」

  恐る恐る目を開けて驚愕した。

「うわぁあああ!!!」

  目の前には見知らぬ天井がある。

   ここどこっ??私、死んだはずだよね??思わず飛び起きて自分の両手を見る。
  小さく華奢で色白な両手は陶磁器のようで、傷一つなく美しい。
  周辺を見渡すと豪華な作りの暖炉やチェストや本棚がずらりと配置されている。天井には美しい装飾の着いたシャンデリアが吊るされていて、いかにも金持ちの部屋だ。寝ていたのは豪華な天蓋付きの上質でふかふかなベッドのようだ。
  部屋の内装は中世貴族風の作りになっており、室内には扉が1つある。その扉の向こうが何やら騒がしい。

「とりあえず、ここを出ないと…ん?」

  ベッドから出ると体が変だ。いや、変と言うより軽い。細長く陶磁器のような手足に、白いフリルのワンピースを着ている。

「こんなの着た覚えない…どういうこと??」

  壁に立てかけられた鏡の前に立つ。
  色白な肌にスカーレットのつり目が2つ、美しいウェーブのかかったプラチナブロンドが腰まで流れている。
シュッとした小鼻に、薄ピンクのふっくらとした唇は何だか色っぽい。だが、見た目は10才程の美少女だ。

「わ、わ、わ、私???うっそー、何これ……尊いっ
!!」

  鏡の前でニヤニヤしながら自分の全身を確認する。

「あの時死んだんじゃなかったの??これはもしかして異世界転生ってやつ??私、この世界を救う巫女的な!?」

そんな事を言いながら鏡の前で舞い上がっていると扉の方からコンコンと叩く音が鳴った。っ??やばっ!布団に戻るか。そそくさと布団に戻り寝たフリをかましてみる。

「お嬢様、入りますよ?」

  少女の声がして扉が開いた。コツコツとこちらに向かってくる足音がする。

「お嬢様、失礼します。お身体お拭き致しますね。」

  そう言うと、少女は私の寝ている布団を剥がし腕を蒸しタオルで拭き始めた。

  ちょっちょっちょっと待ってぇええ!!何この状況!!起きにくいんだけど…この子誰??

  薄目を開けて少女を盗み見る。真剣に拭いてくれているのか俯いてしまっているが、微かに不安そうにしている表情が伺えた。
  ショートカットにしたダークブルーの髪が光に透けて灰色に輝く、俯いた瞳は黄金色でまるで黒猫を彷彿とさせるとても愛らしい容姿である。白黒のお仕着せを着ているのがとても似合っていた。この子もめちゃくちゃ美少女なんですけど!
  ぼーっと見ているとある文字が脳裏に浮かんだ。

「メアリー?」
  
  口から出た言葉にハッとし薄く開いていた目を開ける。  
  身体を拭いていた少女がこちらを見る。黄金の瞳がみるみるうちに潤んでいく。

「お嬢様、お目覚めになったのですね!!お倒れになられてからもう、3日も経ちました。私、すごく心配だったんですよ!お目覚めになって良かった…。直ぐに旦那様をお呼びしますね。」      

「待って、ここはどこなの?貴方は…メアリー…さん??」

  私に布団を掛け直して、タオルを持って部屋を出ていこうとしていた少女は、私の言葉に目を丸くしてから、また涙ぐみ始めた。

「お嬢様、お忘れになったんですか??ここはクリスティナお嬢様……貴方様のお部屋です。メアリーさんなんて…私のことはメアリーとお呼びください。お嬢様付きのメイドでございます。」

「クリスティナ…」

  自分がクリスティナという名前のお嬢様でメアリーというメイドがお付きでいる事は理解した。だが、クリスティナという名前に聞き覚えがある。
  クリスティナって名前に聞き覚えがあるけど…どこで??

「お嬢様、とりあえず旦那様とお医者様をお呼び致しますね。」
  
  そう言うと、メアリーは部屋を出ていった。私は起き上がり顎に手を当て考える。

「クリスティナ…クリスティナ…クリスティナ…っ!!」

  死ぬ直前まで考えていた「学園ラビリンス」略して学ラビの登場人物、ヒロインをいじめ抜き攻略対象の王子様に卒業パーティで断罪され、爵位を剥奪、国外追放される悪役令嬢のクリスティナ・アルシュタイン公爵令嬢の名前と一致する。容姿も幼いながら完全一致なのだ。

「私がクリスティナ・アルシュタイン…あの悪役令嬢の…誰が世界を救う巫女だって言ったのよぉ!!…いや、私か…」
  
  静かに自分にツッコミを入れクリスティナであると認識すると、クリスティナの10年間の記憶が走馬灯のように蘇った。
  3日前、招待されたお茶会で攻略対象のジークフリート・オルガリアに出会って倒れたのだ。

  あの時のショックで前世の記憶が戻ったのね…最悪だわ…。けど、断罪される前の10才に記憶が戻ったのは良かったわね。断罪されて爵位を剥奪されて追放だなんて絶対に嫌っ!目覚めたからには安心安全にヒロインには近づかず、モブキャラを目指す!
   
  混濁した凪とクリスティナの記憶を整理しながら、凪改めクリスティナは硬く決意した。

  そのためには学園入学までにまずは準備ね!と、その前に、メアリーとお父様を安心させなくては…。
  バタバタと扉の外から聞こえる足音にため息が出る。バーンっと勢いよく扉が開き、お父様が1番に入ってくる。

「クリスティナぁ!!心配したよぉ!!いきなり倒れてしまって、3日も目覚めなかったんだ。父様は心配で、心臓が止まりそうだったよ」

「ご心配おかけしました。クリスティナはもう大丈夫ですわ。お父様、一つお願いがありますの」

  大袈裟に言うお父様を安心させるために、微笑みかける。お願いという言葉に首を捻るお父様。

「なんだい?言ってごらん」

「お父様、明日から各部門専門の家庭教師をつけて欲しいんです」

「今までの家庭教師ではダメなのかい?」

「はい、専門的な知識を身につけたいんです。お父様…」

  お父様を見上げて両手を組み、可愛らしくお願いしてみる。そこに、こてっと首を傾げて上目遣いで見上げる。

「わかった。クリスティナは本当にかわいいね。明日からいい家庭教師を付けるように手配しておくよ」

  チョロいわ。ハートが飛んでいるお父様に抱き抱えられながら、内心ガッツポーズを決め込み。明日から猛勉強する事を決意する。あんまり勉強は好きじゃないけど、バッドエンド回避のために頑張るしかないわ。
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