切り札の男

古野ジョン

文字の大きさ
上 下
111 / 123
第三部 怪物の夢

第四十八話 蠢き

しおりを挟む
 六回裏、自英学院高校の攻撃。雄大は先頭の九番打者を三振に打ち取り、ワンアウトとした。さらに一番の島田に対しても直球で押し切り、三振を奪ってみせた。被弾してからトップギアで走り続ける雄大の球を、自英学院の打者は未だに捉えられていなかったのだ。

「ナイスピー!」

「いいぞ久保ー!」

 観客席からも、その投球を称える歓声が巻き起こる。次の打者は、二番の渡辺だ。ベンチのマネージャー二人は、ここからの流れを警戒していた。

「このバッターから、久保先輩にとっては二巡目ですね」

「さっきの打席で雄大の球を見てるから、簡単にはアウトにならないはず」

 渡辺はバットを短く持ち、右打席に入った。状況は二死走者なしだが、彼が出塁すればクリーンナップに回ってしまう。バッテリーとしては絶対に抑えたい場面だった。渡辺の様子を窺いながら、芦田も慎重にサインを送っている。

(まず、アウトコースに真っすぐだ。甘くなれば弾き返されるから、厳しく)

 芦田はストライクゾーンいっぱいに構えた。雄大はそのサインに頷き、大きく振りかぶる。左足を上げて、第一球を解き放った。要求通り、白球がアウトローに突き刺さる。

「ストライク!」

「ッ!」

 渡辺はピクリとも反応できず、顔をしかめた。雄大は冷静な表情で返球を受け取り、芦田のサインを見る。続いて、彼は第二球にインハイの真っすぐを投じた。渡辺は振らされてしまい、バットが空を切る。これでツーストライクとなった。

「オッケーオッケー!」

「追い込んでるぞ久保ー!」

 内野手も必死の声援で雄大の背中を押している。渡辺は険しい表情のまま、変わっていない。そして、雄大は第三球を解き放った。彼の投じたボールは、渡辺の身体めがけて進んでいく。

「なっ……!」

 渡辺はのけぞって避けようとしたが、白球は彼の身体を躱すように変化した。地面に吸い込まれるように曲がっていき、ストライクゾーンを掠めていく。ボールが芦田のミットに収まると、審判の右手が上がった。

「ストライク! バッターアウト!」

「っしゃあ!」

 雄叫びを上げ、雄大がマウンドから降りていった。渡辺は何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くしている。そう、雄大が投じていたのは――フロントドアの、縦スライダーだったのだ。これで四回から数えて七者連続三振となった。

 自英学院の選手たちも、今の球を見てざわついていた。とぼとぼとベンチに戻ってくる渡辺に対し、森山が問いかけた。

「渡辺、今のは?」

「たぶんスライダーだ。当たるかと思ったら、気づいた時にはアウトになってた」

「そうか」

 その話を聞くと、森山は小走りでマウンドに向かっていった。試合は七回表、いよいよ終盤に突入していく。スコアは依然として一対〇のままであり、大林高校としては反撃の糸口をつかみたいところだった。

「七回表、大林高校の攻撃は、八番、サード、森下くん」

「まず出ようぜ森下ー!」

「頼むぞー!」

 アナウンスとともに、森下が右打席に入った。彼に長打力があることは、当然バッテリーも把握している。

「健二、低めに構えてるな」

「警戒されてるね」

 雄大とまなは、その様子を見て会話を交わしていた。森下は小さく息を吐くと、投球動作に入った。左足を上げ、右腕を思いきり振るって第一球を放つ。森下は打ちに行くが、ボールは本塁手前でストンと落ちた。バットが空を切ると、審判の右手が上がった。

「ストライク!」

「オッケー!」

「ナイスボールー!」

 内野陣が森山を盛り立てている一方で、森下は悔し気にしている。森山は二球目にもフォークボールを投じ、空振りを奪った。これでツーストライクとなり、森下は早くも追い込まれた。この後、森山が高めに釣り球を投じ、カウントはワンボールツーストライクである。

「粘っていけ森下ー!」

「打てるぞー!」

 大林高校のベンチは懸命に森下を励まし、なんとか出塁をと祈っている。森山は何度か健二のサインに首を振ると、投球動作に入った。そして左足を上げ、思いきり右腕を振るった。彼の投じたボールが、森下の身体目掛けて進んでいく。

(当たる!!)

 森下は慌てて身体を引いたが、白球が急激に軌道を変えた。そのままストライクゾーンを掠め、健二のミットに収まる。

「ストライク!! バッターアウト!!」

「えっ……」

 その判定に、森下は唖然とした。大林高校のベンチも、今の球を見て騒がしくなっている。しかし雄大は、森山の意図をはっきりと感じ取っていた。

(アイツ、俺に対抗してあんな球を)

 マウンド上の森山は不敵な笑みを浮かべ、返球を受け取っていた。雄大に出来ることは、自分にでも出来る――森山はそう言わんばかりの投球を見せたのだった。

 この後、九番の潮田も三振に打ち取られてしまい、あっという間にツーアウトとなった。しかもこれで六者連続三振となり、雄大の記録まであと一つと迫っていた。

「これで六者連続?」

「あと一つで久保と同じだな」

「ひえー、どっちかが今日で負けるのかよ」

 観客たちも、高校生離れした両投手の投げ合いに胸が躍っていた。球場全体がただならぬ雰囲気へと変わっていく中、雄介が打席に向かった。

「一番、ライト、久保雄介くん」

「出ろよ雄介ー!」

「頼むぞー!」

 雄介にとっては、森山と対する初めての打席だ。彼がバットを構えると、一塁手と三塁手がじわじわと前進してくる。

(セーフティ、警戒されてるな)

 内野陣の守備位置を確認すると、雄介は投手の方を見た。森山は健二のサインを見ると、投球動作に入る。足を上げ、第一球を投じた。白球が唸りを上げて、高めのコースに向かっていく。

(速い!!)

 雄介はバットを出していくが、捉えきれなかった。甲高い音が響き、強烈なファウルボールがバックネットに突き刺さる。

「ファウルボール!!」

「すごい、初球で当てましたよ」

「さすがだね」

 悔しがる雄介とは対照的に、マネージャーの二人は彼が初球からバットに当てたことに驚いていた。森山も、気に食わないといった顔つきでマウンドに立っている。雄介はバットを少し短く持ち替え、再びマウンドに対した。

(もう少し上から叩かないと)

 彼は脳内でバットの軌道を修正しつつ、二球目を待っている。森山は健二のサインに首を振り、やがて頷いた。そして足を上げ、第二球を投じた。

(また真っすぐ!!)

 二球目も高めのストレートだったが、雄介は打ちにいった。今度は芯で捉え、快音が響き渡る。打球は、森山のすぐ横を抜けていった。

「ショート!」

 健二が叫んだが、遊撃手は追いつけない。そのまま打球が二遊間を破り、センター前に抜けていく。

「っしゃあ!」

 雄介は大声で叫びながら一塁に達し、ガッツポーズを見せた。一球見ただけですぐに森山の直球に対応できるセンスの高さ。観客たちも、一年生とは思えぬ雄介の才能に驚いていた。

「二番、セカンド、青野くん」

「打てよ青野ー!」

「頑張れー!」

 続いて、青野が右打席に向かった。状況は二死一塁だが、ランナーは俊足の雄介である。

「まな、どうする?」

「いつも通りだよ。迷わず走ってもらう」

 雄大が作戦について確認すると、まなはそう答えた。雄介は初回に盗塁を阻止されているが、それでもまなは彼のことを信頼していたのだ。

 青野が打席に入ると、森山はサインを見てセットポジションに入る。雄介は大きくリードを取り、じっとマウンドの方を見つめていた。森山は素早く体を反転させて牽制球を送るが、雄介は惑わされずにしっかりと帰塁した。

「ランナー気にするな森山ー!」

「落ち着いていけー!」

 自英学院のナインも声を掛け、打者に集中させようとしている。森山はふうと息をつき、再び健二のサインを見た。何度か首を振ったが、間もなく頷いてセットポジションに入る。彼が小さく足を上げた瞬間、一塁手の竹内が叫んだ。

「ランナー!!」

 そう、雄介がスタートを切っていたのだ。森山は構わず第一球を解き放つ。青野も打ちにいくが、白球が本塁手前でストンと落ち、バットが空を切った。ワンバウンドの投球となったが、健二は逆シングルでそれを掴み取った。

「早いっ!」

 それを見ていたまなも、思わず声を上げた。健二はそのまま二塁に送球し、カバーに入っていた遊撃手が捕球した。それと同時に、雄介が二塁に滑り込む。球場中の視線が二塁塁審に集まったが、間もなく判定が下った。

「セーフ!!」

「よっしゃー!」

「ナイスラン雄介ー!」

 初回とは違い、今度は僅かに雄介の快足が勝った。塁上で勝ち誇る雄介に対し、健二は悔しそうに二塁を見つめている。これで二死二塁となり、自英学院の外野手は前に出てきた。

「決めろよ青野ー!」

「同点にしようぜー!」

 五回以来のチャンスに、大林高校ナインの声も大きくなる。青野はバットを強く握りしめ、真剣な顔つきでマウンドの方を見ていた。森山は二塁の雄介をちらりと見て、再び前を向く。そして小さく足を上げ、第二球を放った。またもフォークだったが――やや高めに抜けた。青野はそれを見逃さず、思い切りバットを振り抜いた。

「ショート!!」

 遊撃手が打球に飛びついたが、届かない。勢いのある打球が三遊間を破り、レフト前に抜けていく。

「っしゃー!」

「回れ回れー!!」

 その打球に、観客席も一気に沸き上がった。三塁コーチャーは迷わず腕を回し、雄介も一気に三塁ベースを蹴って本塁突入を敢行する。

「バックホーム!!」

 健二が大声で叫ぶと、打球を拾い上げた左翼手が送球体勢に移った。彼が勢いのままにボールを投げると、ワンバウンドの送球が健二のもとへと飛んでいく。

「突っ込めー!」

 雄介は頭からホームベースに滑り込むが、それと同時に健二が彼にタッチした。際どいタイミングで、スタジアム全体が一瞬静まり返る。しかし、間もなく審判が右手を突き上げた。

「アウト!!」

「よっしゃー!!」

「ナイスレフトー!!」

 自英学院の応援席が一気に盛り上がり、左翼手の寺田を讃えていた。森山もガッツポーズを見せ、喜びを表している。

「くそっ!!」

 雄介は大きな声で叫び、悔しそうな表情を見せている。大林高校の選手たちも、なかなか点が入らぬ状況に顔をしかめていた。

 松下、そして森山という継投の前に、大林高校は得点を挙げることが出来ていない。しかし試合は確実に動きを見せている。残されたアウトカウントはあと六つ。雄大たちは、逆境を跳ね返して勝利を掴み取ることが出来るのか――
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

戦艦タナガーin太平洋

みにみ
歴史・時代
コンベース港でメビウス1率いる ISAF部隊に撃破され沈んだタナガー だがクルーたちが目を覚ますと そこは1942年の柱島泊地!?!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

不撓導舟の独善

縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。 現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。 その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。 放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。 学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。 『なろう』にも掲載。

処理中です...