切り札の男

古野ジョン

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第三部 怪物の夢

第三十六話 腕力

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 七回裏、大林高校の攻撃。六番の中村が四球で出塁し、加賀谷がバントで二塁に送った。これで一死二塁となり、打席に八番の森下が入っている。既に終盤ということもあり、応援団の声援も熱気を帯びていた。

「「かっとばせー、もーりしたー!!」」

 カウントはツーボールツーストライク。金井は何度か首を振り、セットポジションに入った。森下はバットを強く握り直し、マウンドを見る。そして、金井が第五球を投じた。白球が山なりの軌道を描き、本塁へと向かっていく。森下はバットを出していったが、タイミングが合わずに空振りした。

「ストライク! バッターアウト!!」

「ナイスピ―金井ー!!」

「ツーアウトー!!」

 継投で繋いでいる大林高校に対して、藤山高校はエースが一人で投げ続けている。金井の勢いは衰えておらず、大林ナインは依然として彼の球を捉えることが出来ていなかった。

「九番、ショート、潮田くん」

「頼むぞ潮田ー!!」

「打てよー!!」

 ここで、九番の潮田が打席に向かった。彼は金井の球に食らいついていき、フルカウントまで持っていった。金井も厳しいコースに投げ込んでいくが、決めきれない。

「粘っていけ潮田ー!!」

 雄大はキャッチボールを行いながら、打席に向かって声を張り上げていた。スタンドからは大声援が轟き、潮田の背中を押している。金井は額に大粒の汗を浮かべながら、八球目を投じた。白球が、外角に向かって突き進んでいく。潮田は打ちにいくが、ボールは本塁手前で鋭く変化し、バットの先っぽに当たった。

「ショート!!」

 打球は左方向にぼてぼてと転がっていく。潮田は懸命に足を前に進めるが、遊撃手は素早く打球を処理して、一塁に送った。あえなくアウトとなり、これで七回裏が終わった。

「ドンマイドンマイ、次行くぞ!」

 それでも雄大は下を向かず、皆を励ましていた。彼は前向きな表情でマウンドへと向かう。ナインもそれに引っ張られて、明るい雰囲気になっていた。

 八回表、藤山高校の攻撃は五番からだ。雄大はその剛速球をもって、淡々と打者を片付けていく。最後の七番をレフトフライに打ち取ると、ポンとグラブを叩いてマウンドを降りていった。

「ここで三者凡退に切るのは流石ですね」

「雄大が投げてる以上、簡単に点を取られるわけにはいかないよ」

 レイとまながそう話す中、雄介が打席に向かう準備をしていた。八回裏、大林高校の攻撃は彼からである。これまでの試合、彼の出塁によって大林高校は何度も逆境を跳ね返してきた。当然、この打席で皆が寄せる期待も大きかったのである。

「八回裏、大林高校の攻撃は、一番、ライト、久保雄介くん」

「出ろよー!!」

「頼むぞー!!」

 雄介は気合いの入った表情で、打席に向かって歩き出す。彼も自分の役割を理解しており、なんとしても出塁しようという気概だった。

 一方、藤山高校のマウンドには依然として金井が立っている。彼は他の選手たちに声を掛け、残りのイニングに向けて気持ちを高めていた。

 金井がサインを見つめ、雄介もバットを構えている。内野陣はじわりじわりと前進して、セーフティバントへの備えを見せていた。捕手は外に構え、アウトコースの球を要求している。金井もそのサインに頷き、第一球を投じた。要求通りのコースを、白球が突き進んでいく。

(来たッ!)

 雄介はそれを見て、迷わずバットを振り切った。快音が響き、痛烈なライナーが逆方向に飛んでいく。金井は一瞬青ざめたが、遊撃手が辛うじてグラブの先っぽで打球を掴み取っていた。ショートライナーとなり、雄介が出塁することは出来なかった。

「っしゃー!!」

「ナイスショート!!」

 藤山高校の部員たちが盛り上がる中、雄介は悔しそうに天を仰いだ。期待していただけに、雄大たちも口を一文字に結んで何も言えないでいる。そんな中、青野がネクストバッターズサークルから歩き出した。

「二番、セカンド、青野くん」

「青野先輩は右ですし、出塁してほしいです」

「一人出れば雄大にも回るからね」

 レイとまなは青野に期待を寄せていた。彼は右打席に入り、マウンドに対した。金井は彼に対してアウトコースを突いていく。引っかけさせようかという狙いだったが、青野はなかなか手を出さない。カウントはスリーボールワンストライクとなった。

「狙っていけ、青野ー!!」

 ベンチから、雄大が大きな声を出した。いつもは雄介を送る役割を担うことが多いが、今は自分が出塁しなければならない場面である。青野の心の中にも、燃えるものがあった。

(とにかく、思い切り振っていこう)

 彼は次の球に狙いを絞り、呼吸を整えていた。スリーボールになれば、バッテリーはストライクを欲しがるものである。彼はその球を狙っていたのだ。

「「かっとばせー、あおのー!!」」

 大きな声援が響く中、金井は五球目を投げた。彼が選んだのは――内角に食い込むカットボールだった。たとえカウントが欲しい状況でも、甘い球は投げない。彼のエースとしての矜持が現れていたのだが――青野はフルスイングを見せた。金属音が響き渡り、鋭い打球が左方向に飛んでいく。

「ショート!!」

 捕手が叫んだが、打球はあっという間に三遊間を抜けていく。青野は一塁に到達し、レフト前ヒットとなった。

「っしゃ!!」

 青野は塁上でガッツポーズを見せた。大林高校の選手たちも拍手を送り、その出塁を讃えている。続いて、三番のリョウが打席に向かった。

「三番、ファースト、平塚くん」

「頼むぞー!!」

「繋げよー!!」

 今日のリョウは三打数二安打と当たっており、観客たちの期待も大きい。捕手は一度タイムを取り、マウンドへと向かった。次の打者が雄大ということもあり、バッテリーはかなりリョウを警戒していたのだ。

(向こうはかなりリョウくんを気にしてるのね)

 まなはバッテリーの様子を窺いながら、次の一手を考えている。タイムが終わると、彼女は一塁にサインを送った。青野は一瞬驚いたが、ヘルメットのひさしに手を当てて頷いていた。

 間もなく試合が再開され、金井は捕手のサインをじっと見た。何度か首を振り、セットポジションに入る。バッテリーは打席のリョウに集中しており、あまり一塁の青野に気を配っていない。まなの狙いはそこにあった。

 金井は足を上げ、初球を投じようとする。その瞬間、藤山高校の一塁手が大きな声で叫んだ。

「スチール!!」

 青野が一気にスタートを切っていたのだ。金井は「しまった」という表情を見せながら、そのまま第一球を投じる。しかし、その投球は大きくアウトコースに外れてしまった。捕手はなんとか捕球して送球体勢に移ったが、投げられない。青野は余裕で二塁に到達し、一死二塁となった。

「ナイスラン青野ー!!」

「よく走ったぞー!!」

 一点ビハインド、しかも三番打者の打席で盗塁を仕掛ける。ここに来て、まならしい強気の采配が的中したのだ。

(青野先輩の盗塁、無駄には出来ないな)

 打席のリョウも、青野の盗塁に勇気を貰っていた。軽くバットを振り、徐々に気持ちを高めている。捕手は外野手に前進守備を指示して、バックホームに備えていた。

「ここだぞ、リョウー!!」

 雄大はネクストバッターズサークルから大きな声援を送っている。金井はセットポジションから、第二球を投じた。しかしこれもアウトコースに外れ、ツーボールノーストライクとなる。青野の盗塁で、金井はやや動揺していたのだ。

「金井、力抜いていけよ!」

 三塁から、佐藤がリラックスさせようと声かけを行っていた。金井は深呼吸をして、なんとか脱力しようと試みている。一方のリョウは、次の球に狙いを絞っていた。

(ツーボールだし、カウント取りに来るはず。真っすぐ狙いだ)

 金井はサイン交換を終え、セットポジションを取った。外野手は依然として前進守備を取っており、リョウにプレッシャーをかけている。金井は小さく足を上げ、第三球を投げた。

(来たっ、真っすぐ!!)

 リョウの予想通り、金井が選んだのは直球だった。白球が、やや外寄りのコースに向かって突き進んでいく。リョウは迷わず、バットを振り切った。快音が響き渡り、打球が右方向に飛んでいく。

「抜けろー!!」

 まながベンチから大声で叫んだが、二塁手が打球に飛びつき、グラブに収めてしまった。青野は三塁に向かっており、リョウは必死に一塁に向かって駆けている。しかし二塁手は落ち着いて送球し、一塁でアウトを取った。これで二死三塁となった。

「惜しい~!!」

「ドンマイドンマイー!!」

 当たりが良かっただけに、観客席からは残念そうな声が聞こえてきていた。リョウも悔しそうな表情でベンチへと戻ってくる。しかし次の瞬間、球場中が一気に沸いた。

「四番、ピッチャー、久保雄大くん」

「頼むぞ四番ー!!」

「決めてくれー!!」

 ここで、藤山高校がタイムを取って伝令を送った。四番の雄大を前にして、選手たちにベンチの指示を伝えている。今日の雄大はまだノーヒットである。それでも、今大会通算で見れば四本塁打七打点と強打者であることに変わりはなかった。

 やがてタイムが終わり、試合が再開される。三塁には青野がいて、彼が帰れば同点だ。バッテリーは念入りにサインを交換しており、雄大も慎重に配球を読んでいた。

(ここも基本はカットボールだろう。二年前みたいに、逆方向に打ち返すか)

 金井はセットポジションに入り、ふうと息をついた。雄大もそれに合わせて息を吐き、呼吸を整えている。そして、第一球が投じられた。

(カットボール!!)

 金井が投じていたのは、外寄りのカットボールだった。雄大はバットを出しかけて止めたが、投球はストライクゾーンを通過していた。これでまず、ワンストライクである。

「ナイスボール金井ー!!」

 捕手は大きな声で金井に声を掛け、返球した。金井は二球目にも外のカットボールを投じ、雄大はピクリと反応して見逃した。今度はボールとなり、ワンボールワンストライクとなった。

(あれ、ショートが動いたな)

 その時、雄大は藤山高校の遊撃手が移動したことに気がついた。ややサードの方に寄り、三遊間の深いところで守っている。レイとまなも、その動きに気づいていた。

「先輩、ショートが動きましたね」

「二球目までの反応を見て、逆方向狙いに気づいたみたいだね。内野安打で同点だしね」

 まなの考えている通り、藤山高校は逆方向の当たりをかなり警戒していた。二年前と同じ轍は踏まない、そんな意志が強く表れていた。

(なるほど、今の二球で気づかれたか。おもしれえ)

 雄大も藤山高校の狙いを悟り、考えを巡らせていた。金井は三球目にインコースの直球を投じたが、これもボールとなった。カウントはツーボールワンストライクであり、打者有利のカウントである。

「狙っていけよ久保ー!!」

「打てー!!」

 部員たちからも必死の声援が続いている。雄大はベンチの方をちらりと見て、気分を高めていた。

(待ってろよ、絶対に打ってやるからな)

 金井は少し息を切らしながら、じっと捕手のサインを見ている。そして足を上げて、第四球を投じた。彼が投じていたのは――アウトコースのカットボールだった。

(逆方向が駄目なら、引っ張るまでだ!)

 雄大はその軌道を見て、一気にスイングを開始した。アウトコースの球だったが、彼は思い切りバットを振り抜いた。快音が響き渡り、鋭いライナーが右方向に飛んでいく。

「えっ」

 その打球を見て、捕手は思わず声を漏らした。外角、それもボール気味の球だったにも関わらず、雄大は思い切り引っ張ってみせたのだ。彼は純粋な腕力で、金井を圧倒してしまったのだ。

「セカン!!」

 二塁手が再び飛びついたが、打球が速すぎて追いつけない。そのままライト前に抜けていき、三塁走者の青野が生還した。

「っしゃー!!」

「ナイバッチー!!」

「いいぞ久保ー!!」

 雄大は右手をベンチの方に突き上げ、一塁へと駆けていく。選手たちもそれに呼応して、喜びの声を上げていた。一方で、打たれた金井は唖然として立ち尽くし、打球の飛んだ方向をじっと見つめている。強烈な打球の残像が、彼の心に強く印象付けられていたのだ。

 これで三対三の同点となり、試合は振り出しに戻った。ここから勝ち越し点を奪い、決勝進出を決めるのはどちらのチームなのか――
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