切り札の男

古野ジョン

文字の大きさ
上 下
76 / 123
第三部 怪物の夢

第十三話 一気呵成

しおりを挟む
 五回表、石田商業の攻撃。リョウは二回以降は好投を続けていたが、先頭の八番にスリーボールワンストライクとカウントを悪くしてしまった。

「リョウ、気楽にいけよ!」

 一塁から雄大が声を掛け、リョウを励ましている。石田商業のブラスバンドは依然として元気に演奏を続けており、じわりじわりとプレッシャーをかけ続けていた。リョウは第五球にアウトローのストレートを投じたが、わずかに外れて四球となった。

「ボール、フォア!」

「ナイスセンー!!」

「オッケーオッケー!」

 石田商業のベンチは声を上げ、その出塁を喜んでいた。雄大の本塁打以降、両校ともに得点を挙げられていない。となれば、リードをしている石田商業に流れが傾くのも当然のことだったのだ。

「リョウ、仕方ない。アウトカウントを増やしていくぞ」

「はい!」

 芦田の声かけに対し、リョウは大声で応えていた。これで無死一塁となり、打席には九番の右打者が入る。既にバントの構えをしており、芦田は雄大と森下に前進守備を指示していた。

 リョウは、慎重に高めのコースを突いていく。打者はなんとかバントしようとするが、なかなか前に飛ばせない。カウントがワンボールツーストライクとなると、打者はヒッティングの構えに戻した。芦田はそれを見て、バント警戒を解いた。結局、リョウは最後にスローカーブを投じて三振に打ち取ってみせた。

「ストライク!! バッターアウト!」

「ナイスボール!!」

「いいぞリョウー!!」

 内野陣からも声が上がり、リョウを盛り立てていた。続いて、一番の左打者が打席に入る。リョウはスクリューでカウントを稼ぎ、ワンボールツーストライクに追い込んだ。

「追い込んでるぞー!」

「リョウ、しっかりなー!!」

 大林高校のベンチは必死にマウンドに声援を送っている。じりじりと日差しが照り付け、リョウは大粒の汗をぽとりと落とした。彼はじっと芦田のサインを見つめ、セットポジションに入る。一拍置いて、第四球を投じた。アウトローのストレートだったが、打者はうまく左方向に弾き返した。

「ショート!!」

 芦田がそう叫ぶと、遊撃手の潮田が素早く打球に飛びついた。彼は辛うじて体勢を立て直すと二塁へと送球し、一塁ランナーをアウトにしてみせた。これでツーアウトとなった。

「ツーアウトツーアウトー!!」

「ナイスショートー!!」

 ナインは何とか試合の空気を好転させようと、必死のプレーを続けている。点差はたったの二点だが、なかなか追いつけない。部員たちには、もどかしい状況が続いていた。

 その後、リョウは二番打者を内野ゴロに打ち取り、五回表を無失点で終えた。彼がほっと息をついてマウンドを降りると、雄大に声を掛けられた。

「リョウ、ナイスピッチ!」

「ありがとうございます、久保先輩」

「暑いし、疲れてるみたいだな。ベンチで休んどけよ」

「はい。了解です」

 こうも気温が高いと、なかなか投手は辛いものである。これ以上失点できないというプレッシャーもあり、リョウはかなり神経を使ってピッチングを続けていた。

(みんな頑張っているのに、なかなか流れが来ない。俺がなんとかしないとな)

 五回裏、大林高校の攻撃は五番の芦田からだ。彼が打席に向かうと、雄大はベンチにいた岩川に声を掛けた。

「すまん岩川、受けてくれ」

「えっ?」

「いいから、先行っててくれ」

 岩川は雄大に促されるまま、ミットをつけてベンチを出た。雄大も投手用グラブを着けて、ブルペンへ向かおうとしている。その時、まなが口を開いた。

「ちょっと雄大、何してるの?」

「何って、肩あっために行くわ」

「継投なんて考えてないし、雄大は二回戦もあるでしょ」

「そうじゃないって。いいから、見とけって」

 首をかしげるまなを横目に、雄大もベンチを出た。その様子を見て、観客席が少し騒がしくなっている。同様に、石田商業のベンチからも次々に驚きの声が聞かれていた。

「おい、エースがブルペン行ったぞ」

「マジ? 久保が投げるの?」

 どよめきをよそに、雄大は岩川とキャッチボールを始めた。徐々に力を入れて、強い球を投じている。岩川も雄大の意図を汲み、わざと大きな捕球音を響かせていた。

 一方で、打席では芦田がワンボールツーストライクと追い込まれている。なんとかシンカーをファウルにして粘っているが、なかなか前に飛ばせない。そんな中、彼の目にブルペンが映った。

(久保の奴、何やってるんだ?)

 最初は訝しんでいた彼だったが、すぐに球場全体の雰囲気がおかしくなっていることに気づいた。皆の視線がブルペンの雄大に注がれており、試合よりもそちらの方に注目が集まっている。

(そうか、アイツなりに雰囲気を変えようとしているのか)

 芦田も雄大の狙いに気づいた。彼はエースである自分が投球練習を行うことで、石田商業にプレッシャーを与えようとしているのだ。もちろん、本気で登板するつもりではなく、あくまでブラフとしてブルペンに入っているというわけだ。

「「かっとばせー、あしだー!!」」

 応援団からは、芦田に向けて声援が飛んでいる。カウントは不利だが、試合の潮目は変わりつつあるのだ。芦田自身、何も感じないわけはなかった。

(仮にも五番なんだ、なんとかしないと)

 彼がそんなことを考えていると、バッテリーのサインが決まった。山形は大きく振りかぶり、第六球を投じる。低めへのシンカーだったが、芦田はバットを出しに行った。キンという低い音が響き、叩きつけられた打球が三塁方向へ高く跳ね上がった。

「サード!!」

 捕手が指示を出すと、三塁手が一気に前進してきた。芦田は一塁に向けて全力で駆け出している。打球が跳ねた分、三塁手は打球処理に手間取ってしまった。なんとか一塁に送球したが、塁審が両手を広げた。

「セーフ!!」

「よっしゃー!!」

「ナイバッチー!!」

 スコアボードの「H」のランプが灯ると、大林高校の応援席から歓声が巻き起こった。内野安打とはいえ、ノーアウトでの出塁。その意味は大きかった。

「なんか、雰囲気変わってきましたね……!」

「うん、雄大のおかげだよ!」

 ベンチでは、レイとまなが喜びの声を上げていた。二人も雄大の行動の意味を理解し、これからの攻撃に期待を寄せていたのだ。

「いいぞ芦田ー!!」

 ブルペンからも、雄大が声を張り上げている。彼も、自らの投球が流れを引き寄せていることを確信していた。このままいけば、ひっくり返せる。そう考えていた。

「六番、センター、中村くん」

 続いて、六番の中村が右打席へ向かった。二点差ということもあり、まなは「打て」との指示を出している。中村はバットを強く握り、マウンドに対していた。

(何だか、雰囲気が変だな)

 山形も、球場の異変を察知していた。彼は中村に対してシンカーを投げ込んでいくが、なかなか良いコースに決まらない。結局、ボール球四つでフォアボールとなった。

「ボール、フォア!」

「ナイスセン!」

「ナイスセン中村ー!!」

 これで無死一二塁だ。大林高校の応援団はますます活気づき、選手たちを後押ししている。続いて七番の加賀谷が打席に入ると、彼はすかさず送りバントを決めた。これで一死二三塁となり、同点のランナーが得点圏に進んだ。

「八番、サード、森下くん」

「「かっとばせー、もーりしたー!!」」

 森下は右打席に入り、山形と対した。声援を背に、彼はじっとマウンドの方を見つめている。ますますプレッシャーが高まる中、山形は徐々に制球が定まらなくなってきていた。

「落ち着け山形-!!」

「打たせてこいよー!!」

 石田商業の内野陣が必死に励ましているが、依然として彼はゾーンに投げ込むことが出来ていない。表情にも焦りが見え始めており、四回までと様子が違うのは明らかだった。

(少しは圧力かけられたかな)

 遠目からそれを眺めていた雄大は、適当なところで投球練習を切り上げた。こうなってしまえば、大林高校のペースに持ち込めたも当然である。森下はセンター前にタイムリーヒットを放ち、一気に同点に追いついた。さらに九番の潮田が安打で繋ぐと、一番の雄介が三塁打を放って二点の勝ち越しに成功した。

 さらに大林高校の勢いは止まらず、二番の青野が犠牲フライでもう一点を追加すると、三番のリョウがヒットで出塁して攻撃を終わらせなかった。そして、打席には四番の雄大が入る。この時点で三対六と大林高校が三点のリードを奪っていたが、彼は攻撃の手を緩めなかった。

「ッ……!」

 その打球音が響いた瞬間、山形は思わず声を漏らした。彼が初球に投じた、高めへのストレート。雄大はそれをしっかりと芯で捉え、バックスクリーンへと運んでみせたのだ。

「よっしゃー!!」

「二発目だー!!」

 今日二本目となる雄大の本塁打で、球場は一番の盛り上がりを見せていた。これで三対八となり、大林高校は完全に試合をひっくり返してしまった。

「一時はどうかと思ったけど、やっぱ大林だな」

「去年ベスト四に残っただけはあるよ」

 観客たちは、大林高校の実力を改めて認識していた。去年の準決勝で自英学院を苦しめたことは彼らの記憶にも新しい。それに加えて、今年は雄大という注目の投手が出番を待っているのだ。当然、次の悠北戦での熱戦も大いに期待されていた。

 試合は終盤、七回裏へと進んでいく。先頭の潮田が安打で出塁して、打順は一番の雄介へと戻る。マウンドには未だ山形が立っているが、もはや彼は限界を迎えようとしていた。

「頑張れ山形-!!」

「踏ん張れー!!」

 石田商業の内野陣はなんとか励まそうと、声を張り上げていた。一方で、大林高校の選手たちも負けじと雄介に声援を送っている。

「雄介打てよー!!」

「狙っていけー!!」

 雄介はふうと息をつき、打席に入った。一回に牽制で刺されてから、彼は心を入れ替えたかのように集中して試合に臨んでいる。そして、その姿勢は最高の形で結実することになった。

「っしゃー!!」

 ――快音が響き、彼は大きな雄叫びを上げる。打たれた山形は膝をつき、がっくりとうなだれていた。打球は綺麗な放物線を描いて、ライトスタンドへと消えていく。一塁塁審が人差し指をクルクルと回すと、大林高校のベンチから選手たちが飛び出してきた。

「よっしゃー!!」

「コールドだー!!」

「ナイバッチ雄介-!!」

 雄介がツーランホームランを放ったことで、三対十と七点差がついた。すなわち、これによってコールドゲームが成立し、大林高校が勝利を収めたのだ。選手たちは雄介を笑顔で迎え入れ、一回戦突破を喜んでいた。

「兄弟アベック弾とは出来過ぎだな」

 雄大も笑顔を見せながら、その勝利を噛みしめていた。逆境に追い込まれながら、大林高校は一気にそれを跳ね返してみせた。彼らは二回戦、悠北高校戦に向けて突き進んでいく――
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。

みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』 俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。 しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。 「私、、オバケだもん!」 出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。 信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。 ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。

美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸
青春
 史上最高の逸材と謳われた天才サッカー少年、ハルト。  とあるきっかけで表舞台から姿を消した彼は、ひょんなことから学校一の美少女と名高い長瀬愛莉(ナガセアイリ)に目を付けられ、半ば強引にフットサル部の一員となってしまう。  何故か集まったメンバーは、ハルトを除いて女の子ばかり。かと思ったら、練習場所を賭けていきなりサッカー部と対決することに。未来を掴み損ねた少年の日常は、少女たちとの出会いを機に少しずつ変わり始める。  恋も部活も。生きることさえ、いつだって全力。ハーフタイム無しの人生を突っ走れ。部活モノ系甘々青春ラブコメ、人知れずキックオフ。

彼女に思いを伝えるまで

猫茶漬け
青春
主人公の登藤 清(とうどう きよし)が阿部 直人(あべ なおと)に振り回されながら、一目惚れした山城 清美(やましろ きよみ)に告白するまでの高校青春恋愛ストーリー 人物紹介 イラスト/三つ木雛 様 内容更新 2024.11.14

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

処理中です...