切り札の男

古野ジョン

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第二部 大砲と魔術師

第十三話 伝播

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 四回裏、牧野第一の攻撃。リョウは先頭の三番打者をワンボールツーストライクに追い込んでいた。芦田のサインに頷き、五球目を投じた。ボールは真っすぐバッターの胸元へと向かっていく。打者はなんとか合わせにいったが、バットが空を切った。

「ストライク!! バッターアウト!!」

「ナイスピー!!」

「いいぞリョウ!!」

 審判の右手が上がり、大林高校のベンチが盛り上がった。芦田は次の打者である染田を見て、考えを巡らせた。

(直球中心のリードにしてから向こうにヒットが出てない。そろそろ狙いを変えてくるはず)

 実際、芦田が配球パターンを変えてから牧野第一に安打は生まれていなかった。カーブ狙いをやめ、直球を打ちにくるのかどうか。彼は敵ベンチの動きを窺っていた。

「四番、ファースト、染田くん」

「かっとばせー、そーめーたー!!」

 四番の登場に、観客席の応援もさらに熱を帯びた。点差は一点しかなく、一発が出れば同点という状況だ。

「リョウ、しっかりねー!!」

 再びレイから声援が飛んだ。リョウは軽くベンチの方を向き、頷いた。そして芦田のサインをじっと見つめ、セットポジションから初球を投げた。白球がアウトローに向かって進んでいく。染田はその大きな身体を始動させ、バットを振り抜いた。

(初球から真っすぐを打ちに来た!?)

 芦田が驚く間もなく、快音が響いた。力強い打球が右方向へと飛んで行くが、僅かに切れてファウルとなった。マウンド上のリョウはほっと息をついた。

「逆方向にあれだけ打てるなんてね」

「注目されるだけはありますね」

 まなとレイは、染田のバッティングを冷静に評価していた。リョウは注意深く外角低めいっぱいに投じたのだが、それでも強く弾き返されたのだ。

「リョウ、ワンストライクだ。冷静にな」

 芦田が声を掛けると、リョウは頷いた。続いて、彼は二球目にスローカーブを投じた。染田は少しも反応せずに見逃した。審判の右手は上がらず、これでワンボールワンストライクとなった。

(やはりカーブ狙いではないな)

 芦田はその反応を見て、牧野第一の狙いが変わっていることに気づいた。初球に真っすぐを打ちにきたうえ、カーブに反応しないのだ。彼は三球目に、もう一度カーブを要求した。

 染田は今度も打ちに来ず、見逃した。三球目はストライクとなり、これでワンボールツーストライクとなった。

「いいぞリョウ!!」

「追い込んでるぞー!!」

 リョウは声援を受けながら芦田の返球を受け取った。気温はどんどん上がってきており、選手たちの体温を上げていく。リョウもびっしょりと汗に濡れながら、四球目に備えていた。

(最後まで気を抜くなよ、リョウ)

 芦田は念を送りながら、サインを送った。リョウはそれを見て、セットポジションに入った。芦田は内角いっぱいにミットを構える。そして、第四球が放たれた。

(近い!!)

 散々カーブの軌道を見せられた染田にとって、リョウの直球は剛速球のように見えていた。構わずバットを出しにいったが、根本付近に当たって詰まらされてしまった。

「ファースト!!」

 フラフラと舞い上がる打球を見て、芦田が指示を出した。一塁手の門間が落下地点に入り、しっかりと捕球した。

「いいぞ平塚ー!!」

「ナイスピー!!」

 リョウに対する声援がさらに盛り上がる一方で、染田は悔しそうな表情でベンチに戻っていった。スローカーブを見せ球に、最後は直球で詰まらせる。リョウの得意パターンにまんまとやられてしまったのだ。

「五番、ピッチャー、大前くん」

 次に、大前が打席に入った。彼は先の打席でレフト前ヒットを放っている。ツーアウトとはいえ、芦田とリョウにとっては油断ならない相手だった。

 カーブをうまく使ったさっきの打席とは一変して、リョウは直球主体で攻め込んでいく。ストライクゾーンの隅をついていくリョウの投球に対し、大前はなかなか前に飛ばすことが出来ない。ツーボールツーストライクと追い込むと、リョウは六球目を投じた。

 白球が真っすぐホームベースへと向かう。大前もスイングを開始したが、そのバットはボールの下を通過した。リョウが投じたのは、高めの釣り球だったのだ。

「ストライク!! バッターアウト!!」

「おっしゃあ!!」

 大前の空振りを見て、リョウは思わず声を出した。さっきは連打を食らった四番と五番に対し、見事にやり返してみせたのだ。

「ナイスピッチング!!」

「よく投げたぞー!!」

 そして、久保が外野から戻ってきた。リョウを見つけると、讃えるように声を掛けた。

「リョウ、ちゃんとやり返したな!」

「はい! やってやりました!!」

「ハハハ、頼れる後輩だな!!」

 そう言って久保はリョウの背中を叩いた。彼のピッチングがチームに良い雰囲気を生み、攻撃へとつながっていく。五回表、先頭打者のリョウはワンボールツーストライクと追い込まれるも――

「やったー!!」

「ナイスバッティングー!!」

 大前のフォークが甘く入ったのを見逃さず、ライト前に弾き返したのだ。先頭打者の出塁にベンチも大いに盛り上がった。一番の木尾が確実に送りバントを決めると、二番の近藤がセンター前ヒットを放ってチャンスを拡大させた。リョウの気迫が、チーム全体に伝播していたのだ。

「チャンスですよ、岩沢先輩ー!!」

「おいしいとこ持ってってくださいー!!」

 ワンアウト一三塁となり、打席に岩沢が向かった。牧野第一は守備のタイムを取り、内野陣がマウンドに集まっている。大前は大粒の汗を流しながら伝令の話に耳を傾けていた。初回に決め球のナックルカーブを打たれたことで、彼のピッチングは苦しくなっていた。大林高校の勢いが、大前という好投手を飲み込もうとしていた。

 間もなく、試合が再開された。二対一だが、ここで追加点を取ればぐっと有利になる。岩沢はそれを理解し、強くバットを握りマウンドに対した。初球、大前はストレートを投じた。岩沢はスイングしたが、ガシャンという強烈な音とともにファウルボールがバックネットに突き刺さった。

「岩沢先輩、合ってる合ってるー!!」

「かっとばせー!!」

 キャプテンの打席とあって、ベンチからもひと際大きな声援が飛んでいた。四番の久保はネクストバッターズサークルでじっと岩沢を見つめ、自分の出番を待っていた。

 セットポジションから、大前が第二球を投げた。内角、厳しめのストレートだが岩沢は思い切りスイングした。カーンという快音が響き、強いライナーが右方向に飛んで行く。

「戻れ!!」

 次の瞬間、一塁コーチャーが慌てて指示を出した。二塁手が打球に飛びつき、アウトとしてしまったのだ。一塁ランナーの近藤は頭から帰塁した。捕った体勢が悪かったため、二塁手はどこにも送球出来なかった。

「「あぶね~!」」

 大林高校の選手たちは思わず声を出した。危うくライナーゲッツーでスリーアウトとなるところだったのだ。岩沢は思わず天を仰ぎ、悔しがった。観客席からもため息が漏れた。

「四番、レフト、久保くん」

 だがしかし、再び歓声が巻き起こった。場内アナウンスとともに、久保が左打席へと向かっていく。

「お前が決めろー!!」

「一発頼むぞー!!」

 久保はふうと息をつき、審判と捕手に挨拶した。そしてゆっくりと打席に入り、大前と対した。

「大前、踏ん張れ!!」

 一塁から、染田が声を掛けていた。牧野第一にとっても、これ以上点差を離されるわけにはいかない。エースの意地か、四番の打棒か。五回表にして、試合の山場が訪れていた。

「頑張れ大前ー!!」

「しっかり投げろー!!」

 大前はその声援を耳にしながら、捕手のサインを見つめていた。彼は何度か首を振ったあと、セットポジションに入った。

(カーブは来ない。真っすぐを叩く)

 久保は直球に狙いを定め、構えた。両校の応援席から、二人に熱烈な応援が送られている。大前はセットポジションから初球を投じた。

(カーブ!!)

 大前が投げたのはカーブだったのだ。久保は予想だにしない球種に戸惑い、バットに当てるもファウルにしかならなかった。

「ファール!!」

「いいぞ大前ー!!」

「その調子だー!!」

(コイツ、開き直ったな)

 大前が自信を持った表情でマウンドに立っているのを見て、久保はその心境を悟った。大前はたしかに一打席目でナックルカーブを打たれた。しかし逆に、今度こそナックルカーブで抑えてやろうという気持ちが湧いてきていたのだ。

 続いて大前が第二球を投げた。再びナックルカーブだ。久保は再びスイングをかけたが、曲がりが鋭くバットは空を切った。

「ストライク!!」

「ナイスピー!!」

「追い込んでるぞー!!」

 牧野第一のベンチが大前に必死の声援を送っている。一方で、大林高校のベンチではまなとレイが心配そうに久保を見つめていた。

「さっきのカーブ打ち、逆効果だったかもね」

「久保先輩が打ちあぐねるなんて、すごいカーブですね」

 大前はじっと捕手のサインを見つめ、頷いた。久保もバットを強く握り直し、マウンドの方を見た。そして、第三球が放たれた。

「うぉらっ!!」

 指からボールが放たれる瞬間、大前の声が漏れた。白球は風を切るように真っすぐ捕手のミットへと向かっていく。

(真っすぐ!!)

 久保は球種を見極め、素早くスイングを開始した。バットに当てたが、高めの釣り球だったこともあり、バックネットに突き刺さるファウルボールとなった。

「ファール!!」

「いいぞ久保ー!!」

「打てるぞー!!」

 大林高校も必死に声援を送っていた。四番とエースという熱い対決。それが醸し出すムードに、観客席もますます興奮していった。

「かっとばせー、くーぼー!!」

 一段と大きくなるブラスバンドの演奏に、応援団の声。久保は耳でそれらを受け止めながら、四球目を待っていた。大前は何度か首を振り、悩み抜いたあとに頷いた。

(カーブだろうが真っすぐだろうが、打つ)

 カウントはノーボールツーストライク。投手有利なカウントだが、久保のなかに迷いは無かった。大前はセットポジションから、第四球を投じた。白球が真っすぐホームベースへと向かって行く。

(真っす……いや、落ちる!!)

 久保はとっさに判断し、バットを下から出した。低めのボールゾーンの球だったが、彼はミートしてみせた。うまく捉えられた打球が、セカンドの右を抜けていく。

「よっしゃー!!」

「ナイスバッティングー!!」

「いいぞ久保ー!!」

 三塁ランナーのリョウが生還し、これで三対一となった。久保は一塁に到達すると、ベンチに向かってガッツポーズを見せた。その間に一塁ランナーの近藤が三塁へと到達し、再びツーアウト一三塁となった。

「マジか……」

 一方、タイムリーを打たれた大前は膝に手をついてうなだれていた。最初、彼は最後の決め球にナックルカーブを投じるつもりだった。しかし、第一打席の久保のヒットが頭をよぎり、フォークを選んでしまった。自分の球に自信を持ち切れなかった結果、彼にタイムリーを許してしまったのだ。

 その後、芦田が直球をセンター前に運んでさらに追加点をあげた。これで四対一となり、三点差へと広がった。大前は意地で六番の門間を三振に抑え、五回表が終わった。

「皆ナイスバッティング!!」

 まなはベンチに戻ってくる部員たちを褒め称えた。この時点で、既に大前から八安打も放っているのだ。その事実は、大林高校の選手たちの地力が向上していることを示していた。

 リョウは五回裏も三者凡退に抑え、つかんだ主導権を渡さなかった。このまま大林高校が押し切るか、それとも牧野第一が反撃を見せるのか。試合は後半へと差し掛かっていく――
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