切り札の男

古野ジョン

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第二部 大砲と魔術師

第一話 新入生

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 厳しい冬が終わり、大林高校にも春が訪れた。今日は入学式の翌日だ。野球部にも入部を希望する新入生が集まってきている。キャプテンの岩沢が新入生と上級生をグラウンド中央に集合させ、挨拶をした。

「俺がキャプテンの岩沢俊樹いわさわとしきだ。よろしく」

 一年生たちがぱちぱちと拍手した。引き続き、各部員が自己紹介をしていく。

「三年の梅宮康生うめみやこうせいです。ポジションはピッチャーで、一応エースやってます」

「二年生の芦田次郎あしだじろうです。捕手をやってます」

 二年生たちが挨拶し、久保の番が回ってきた。

「二年の久保雄大です。外野手です」

 何人かの新入生から、おおーという声が上がった。シニア時代の実績や夏の大会での活躍により、彼の名は県内の野球人に知れ渡っているのだ。

「二年の滝川まな! マネージャーやってるから、よろしくね!!」

 まなが挨拶を終えると、一年生が自己紹介する番となった。希望ポジションや目標を各々が述べていく。そして、最後の番になった一年生が話し始めた。

平塚ひらつかリョウと言います! 左投左打、ポジションはピッチャーです! よろしくお願いします!」

 上級生たちがぱちぱちと拍手するなか、まなが久保に話しかけた。

「サウスポーだって! 戦力になりそう!」

「いやあ、見てみないことには分からんぞ」

 二人がそんなことを話していると、岩沢が周りをきょろきょろと見回した。その様子を見た久保が、岩沢に問うた。

「岩沢先輩、どうしたんですか?」

「マネージャー希望の一年生がいたはずなんだが、まだいないようだな」

「たしかに、いませんね」

 そう会話していると、校舎の方から丸眼鏡をかけた女子生徒がやってきた。

「遅れてすいませ~ん!!」

 その生徒はなぜかユニフォームと捕手用の防具に身を包んでおり、左手にはキャッチャーミットをつけている。岩沢も不思議に思い、彼女に問いかけた。

「君、マネージャー志望だったよね? なんでユニフォームを?」

「えーと、それはですね……」

 人と話すのが苦手なのか、女子生徒はオドオドしていた。すると、さっき自己紹介していた一年生のリョウが口を開いた。

「岩沢先輩、この人は僕の双子の姉です」

「え?」

「ん?」

 岩沢は困惑した。一方で、久保はその言葉を聞いて昔の記憶を思い出した。双子のバッテリーという存在を、彼はどこかで見たことがあったのだ。リョウはというと、さらに話を続けた。

「姉さん、自己紹介しなよ」

「えーと…… 姉の平塚レイです。シニアまで、私も野球やってました」

 その言葉に、今度はまながぴくっと反応した。中学まで野球をやっていて、しかも捕手。そう、レイは彼女と共通する点が多いのだ。それを横目に、岩沢がレイに問いかけた。

「それは分かったけど、なんでそんな格好してるの?」

「うーんと、それはその……」

 レイがもじもじとしていると、リョウが割って入った。そして、久保の方を向いた。

「久保先輩、お願いがあります。と勝負してくれませんか」

「え?」

 その言葉に、久保は戸惑った。それと同時に、一年前の出来事を思い出していた。いきなり野球部に連れてこられて、竜司と勝負したあの日。今の状況は、その時とどこか似ていた。

「ちょっと、リョウ……!」

 レイはリョウを窘めるようにそう言ったが、リョウは真っすぐ久保を見つめていた。

「えーと、だな…… 君たち、久保と勝負してどうする気なんだ?」

 たまらず、岩沢がリョウに話しかけた。すると、リョウは岩沢の方を向き直して、堂々と返事した。

「ただ、久保先輩と勝負がしたいんです! 投手として、久保先輩を越えたいんです!!」

 その場に、沈黙が訪れた。皆どうしたもんかと困惑していると、久保が静かに口を開いた。

「……いいぞ。その勝負、受ける」

「本当ですか!!」

「おい、いいのか久保」

 久保の発言に対し、岩沢が慌てて反応した。入部していきなり勝負させろなどという、不躾な要求。無理に乗らなくても良いのに、と彼は思った。その問いかけに対し、久保は答えた。

「別にいいですよ。打つだけですから」

 そして、あれよあれよという間に勝負の準備が整っていく。一打席勝負で久保がヒットを打ったら勝ちということになった。去年の対決と全く同じ条件だ。捕手以外のポジションには、上級生たちがついている。

「姉さん、いくよー」

 そして、リョウが投球練習を始めた。レイは安定したキャッチングで、球を受けている。久保とまなはその様子を見ながら、二人で話していた。

「久保くん、どう思う?」

「球はそこまで速くないし、すごい変化球があるように見えないな」

「うーん、なんで勝負しようなんて言いだしたんだろうね」

「それにしても、姉の方のキャッチングが上手いな。なかなか素質あるぞ」

 久保がレイのことを褒めると、まなはむすーと頬を膨らませた。同じ捕手として、少しレイにヤキモチを焼いていたのだ。

「それに、あの二人――」

 久保がそう言いかけたとき、球審役の岩沢が久保を呼んだ。

「久保、打席へ」

 それを聞いた彼はヘルメットを装着し、バットを持って打席へと向かった。彼はバッターボックスを足でならしながら、リョウに問いかけた。

「なあ、流石に球種だけは教えてもらわねえと勝負にならないんだが」

「カーブだけです!!」

 リョウの返答に対し、久保は上を向いて考えを巡らせていた。昔の記憶との共通点を探っていたのだ。少ししたあと、リョウに返事した。

「分かった、必ず打つ」

「いえ、絶対抑えてみせます」

 二人がそう言うと、岩沢がプレイをかけた。リョウはセットポジションから、第一球を投じた。まず、外角へのストレートだ。

(これはギリギリ入って……ないな)

 久保はそう思い、見逃した。岩沢がコールする。

「ボール!!」

「久保くん見えてるよー!!」

 まなが声援を送るなか、レイが返球した。リョウはそれを受け取り、レイのサインを見ていた。その間、久保も頭の中で配球を読んでいた。

(カーブは決め球だろう。どうにか直球だけでカウントを取ってくるはず)

 そして、リョウが第二球を投げた。ボールはさっきと似たような軌道で、レイのミット目掛けて進んでいく。

(これは入ってな…… いや、入ってる!)

 久保がそう思う間もなく、ボールはぎりぎりホームベース上をかすめていった。岩沢は右手を挙げ、コールした。

「ストライク!!」

「リョウ、その調子!!」

 レイは大声を出しながら、リョウに返球した。さっきのもじもじとした態度とは一変して、レイは堂々とした態度でリョウをリードしていた。一方で、二球目を見た久保はある確信を持った。バットを強く握り直し、再度構えた。

 本来は正捕手の芦田は、グラウンドの脇で勝負を見ていた。リョウの投球を見て何かに気づいたようで、まなに話しかけた。

「あの一年、もしかしてボール一個分の出し入れが出来るんじゃないのか?」

「そうだと思う。初球と二球目で、岩沢先輩がどこまでストライク判定をするのか試したみたい」

 芦田は改めて、リョウの方を見た。彼は体格が良いわけではなく、高校一年生相応の身体つきをしている。しかし、初球と二球目を見た芦田には、彼が何か大きな物を秘めているように思えた。芦田は思わず口を開いた。

「もしかして、久保を抑えちゃうんじゃないか?」

 彼にとって、それは冗談でも何でもなかった。勝負がしたいと申し出る自信と、少しずつ滲み出る実力。リョウは只者ではなさそう、そんな予感がしていたのだ。しかし、まなはバッサリとそれを否定した。

「それは無いよ。だって――久保くんだもの」

 彼女がそう話している間に、リョウは第三球を投じた。指から放たれたボールが、内角いっぱいのコースに沿って進んでいく。

(よし!!)

 レイは心の中でそう思った。外いっぱいのコースに二球ストレートを見せて、その次に内いっぱいの直球を投じる。それでカウントを稼ぎ、最後は外に――そんな計画を立てていた。しかし彼女の意図とは裏腹に、グラウンドに快音が響いた。

「やば!!」

「やった!!」

 レイとまなが大きな声で叫んだ。久保はバットを振り抜き、インコースへの直球を苦もなく捉えてみせたのだ。打球はぐんぐん右方向へと伸びていき、外野のネットまで届きそうだったが、僅かに右に切れていった。

「ファール!!」

 岩沢が叫ぶと、マウンド上のリョウはほっと息をついた。久保は軽く素振りし、スイングを修正していた。

 リョウは四球目にインハイの直球を投じた。これは高めに外れ、カウントはツーボールツーストライクとなった。

「久保くん、見えてる見えてるー!!」

 まなは全力で久保を応援していた。去年の秋から、彼女は久保と共に厳しい練習を行ってきた。そう簡単に抑えられてはたまらないというものだ。一方で、隣にいた芦田はあることを考えていた。

(そういえば、いまだにカーブを投げてないな)

 彼の考えていた通り、リョウは未だにカーブを投じていないのだ。一口にカーブと言っても、鋭く曲がるものがあれば、ゆるく変化するものもある。初見で投じられて、久保が対応できるかどうか。芦田は、リョウの次の一球に注目していた。そして、リョウはセットポジションから第五球を投げた。

「「あっ」」

 まなと芦田が、白球の描く軌道を見て思わず声を出した。リョウが投じたのは、カーブだったのだ。それも、直球と時速数十キロの球速差がありそうなスローカーブだ。ボールは山なりに、ホームベースに向かっていく。

(決まった!!)

 レイは心の中でガッツポーズをした。散々ストライクゾーンの隅に直球を散らし、最後にスローカーブを投じる。いくら久保でも簡単には打てないだろうと、勝利を確信していた。

 しかし、またも彼女の期待は裏切られた。久保は一拍置いてから、確実に投球を捉えた。カーンという金属音とともに、白球が放物線を描いて右方向に飛んでいく。

「「嘘っ!?」」

 リョウとレイは声を揃えて叫んだ。右翼手は一歩も動かない。彼らの自信を打ち砕くように、打球はそのまま外野のフェンスを越えていった。

 呆気にとられる二人を横目に、久保は飄々とダイヤモンドを一周した。やがて本塁に到達すると、二人に向かって告げた。

「これで俺の勝ちだ。それでいいな?」

「……はい」

 リョウは元気なく、そう答えた。レイはマスクを取って立ち上がり、久保に問うた。

「久保先輩、どうして打てたんですか?」

「簡単だよ、お前らのカーブを

「「えっ?」」

「二球目の時点で、お前らの正体に気づいたよ」

 勝負を終えたことで、各ポジションについていた部員たちが戻ってきた。彼らに向かって、久保は大声で言った。

「紹介します。平塚リョウとレイ、こいつらはシニア時代の後輩です」

「えっ!?」

 まなは驚いて声を出した。久保は気にせず、さらに話を続ける。

「このバッテリーは――『魔術師』ですよ」
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