23 / 123
第二部 大砲と魔術師
第一話 新入生
しおりを挟む
厳しい冬が終わり、大林高校にも春が訪れた。今日は入学式の翌日だ。野球部にも入部を希望する新入生が集まってきている。キャプテンの岩沢が新入生と上級生をグラウンド中央に集合させ、挨拶をした。
「俺がキャプテンの岩沢俊樹だ。よろしく」
一年生たちがぱちぱちと拍手した。引き続き、各部員が自己紹介をしていく。
「三年の梅宮康生です。ポジションはピッチャーで、一応エースやってます」
「二年生の芦田次郎です。捕手をやってます」
二年生たちが挨拶し、久保の番が回ってきた。
「二年の久保雄大です。外野手です」
何人かの新入生から、おおーという声が上がった。シニア時代の実績や夏の大会での活躍により、彼の名は県内の野球人に知れ渡っているのだ。
「二年の滝川まな! マネージャーやってるから、よろしくね!!」
まなが挨拶を終えると、一年生が自己紹介する番となった。希望ポジションや目標を各々が述べていく。そして、最後の番になった一年生が話し始めた。
「平塚リョウと言います! 左投左打、ポジションはピッチャーです! よろしくお願いします!」
上級生たちがぱちぱちと拍手するなか、まなが久保に話しかけた。
「サウスポーだって! 戦力になりそう!」
「いやあ、見てみないことには分からんぞ」
二人がそんなことを話していると、岩沢が周りをきょろきょろと見回した。その様子を見た久保が、岩沢に問うた。
「岩沢先輩、どうしたんですか?」
「マネージャー希望の一年生がいたはずなんだが、まだいないようだな」
「たしかに、いませんね」
そう会話していると、校舎の方から丸眼鏡をかけた女子生徒がやってきた。
「遅れてすいませ~ん!!」
その生徒はなぜかユニフォームと捕手用の防具に身を包んでおり、左手にはキャッチャーミットをつけている。岩沢も不思議に思い、彼女に問いかけた。
「君、マネージャー志望だったよね? なんでユニフォームを?」
「えーと、それはですね……」
人と話すのが苦手なのか、女子生徒はオドオドしていた。すると、さっき自己紹介していた一年生のリョウが口を開いた。
「岩沢先輩、この人は僕の双子の姉です」
「え?」
「ん?」
岩沢は困惑した。一方で、久保はその言葉を聞いて昔の記憶を思い出した。双子のバッテリーという存在を、彼はどこかで見たことがあったのだ。リョウはというと、さらに話を続けた。
「姉さん、自己紹介しなよ」
「えーと…… 姉の平塚レイです。シニアまで、私も野球やってました」
その言葉に、今度はまながぴくっと反応した。中学まで野球をやっていて、しかも捕手。そう、レイは彼女と共通する点が多いのだ。それを横目に、岩沢がレイに問いかけた。
「それは分かったけど、なんでそんな格好してるの?」
「うーんと、それはその……」
レイがもじもじとしていると、リョウが割って入った。そして、久保の方を向いた。
「久保先輩、お願いがあります。僕たちと勝負してくれませんか」
「え?」
その言葉に、久保は戸惑った。それと同時に、一年前の出来事を思い出していた。いきなり野球部に連れてこられて、竜司と勝負したあの日。今の状況は、その時とどこか似ていた。
「ちょっと、リョウ……!」
レイはリョウを窘めるようにそう言ったが、リョウは真っすぐ久保を見つめていた。
「えーと、だな…… 君たち、久保と勝負してどうする気なんだ?」
たまらず、岩沢がリョウに話しかけた。すると、リョウは岩沢の方を向き直して、堂々と返事した。
「ただ、久保先輩と勝負がしたいんです! 投手として、久保先輩を越えたいんです!!」
その場に、沈黙が訪れた。皆どうしたもんかと困惑していると、久保が静かに口を開いた。
「……いいぞ。その勝負、受ける」
「本当ですか!!」
「おい、いいのか久保」
久保の発言に対し、岩沢が慌てて反応した。入部していきなり勝負させろなどという、不躾な要求。無理に乗らなくても良いのに、と彼は思った。その問いかけに対し、久保は答えた。
「別にいいですよ。打つだけですから」
そして、あれよあれよという間に勝負の準備が整っていく。一打席勝負で久保がヒットを打ったら勝ちということになった。去年の対決と全く同じ条件だ。捕手以外のポジションには、上級生たちがついている。
「姉さん、いくよー」
そして、リョウが投球練習を始めた。レイは安定したキャッチングで、球を受けている。久保とまなはその様子を見ながら、二人で話していた。
「久保くん、どう思う?」
「球はそこまで速くないし、すごい変化球があるように見えないな」
「うーん、なんで勝負しようなんて言いだしたんだろうね」
「それにしても、姉の方のキャッチングが上手いな。なかなか素質あるぞ」
久保がレイのことを褒めると、まなはむすーと頬を膨らませた。同じ捕手として、少しレイにヤキモチを焼いていたのだ。
「それに、あの二人――」
久保がそう言いかけたとき、球審役の岩沢が久保を呼んだ。
「久保、打席へ」
それを聞いた彼はヘルメットを装着し、バットを持って打席へと向かった。彼はバッターボックスを足でならしながら、リョウに問いかけた。
「なあ、流石に球種だけは教えてもらわねえと勝負にならないんだが」
「カーブだけです!!」
リョウの返答に対し、久保は上を向いて考えを巡らせていた。昔の記憶との共通点を探っていたのだ。少ししたあと、リョウに返事した。
「分かった、必ず打つ」
「いえ、絶対抑えてみせます」
二人がそう言うと、岩沢がプレイをかけた。リョウはセットポジションから、第一球を投じた。まず、外角へのストレートだ。
(これはギリギリ入って……ないな)
久保はそう思い、見逃した。岩沢がコールする。
「ボール!!」
「久保くん見えてるよー!!」
まなが声援を送るなか、レイが返球した。リョウはそれを受け取り、レイのサインを見ていた。その間、久保も頭の中で配球を読んでいた。
(カーブは決め球だろう。どうにか直球だけでカウントを取ってくるはず)
そして、リョウが第二球を投げた。ボールはさっきと似たような軌道で、レイのミット目掛けて進んでいく。
(これは入ってな…… いや、入ってる!)
久保がそう思う間もなく、ボールはぎりぎりホームベース上をかすめていった。岩沢は右手を挙げ、コールした。
「ストライク!!」
「リョウ、その調子!!」
レイは大声を出しながら、リョウに返球した。さっきのもじもじとした態度とは一変して、レイは堂々とした態度でリョウをリードしていた。一方で、二球目を見た久保はある確信を持った。バットを強く握り直し、再度構えた。
本来は正捕手の芦田は、グラウンドの脇で勝負を見ていた。リョウの投球を見て何かに気づいたようで、まなに話しかけた。
「あの一年、もしかしてボール一個分の出し入れが出来るんじゃないのか?」
「そうだと思う。初球と二球目で、岩沢先輩がどこまでストライク判定をするのか試したみたい」
芦田は改めて、リョウの方を見た。彼は体格が良いわけではなく、高校一年生相応の身体つきをしている。しかし、初球と二球目を見た芦田には、彼が何か大きな物を秘めているように思えた。芦田は思わず口を開いた。
「もしかして、久保を抑えちゃうんじゃないか?」
彼にとって、それは冗談でも何でもなかった。勝負がしたいと申し出る自信と、少しずつ滲み出る実力。リョウは只者ではなさそう、そんな予感がしていたのだ。しかし、まなはバッサリとそれを否定した。
「それは無いよ。だって――久保くんだもの」
彼女がそう話している間に、リョウは第三球を投じた。指から放たれたボールが、内角いっぱいのコースに沿って進んでいく。
(よし!!)
レイは心の中でそう思った。外いっぱいのコースに二球ストレートを見せて、その次に内いっぱいの直球を投じる。それでカウントを稼ぎ、最後は外に――そんな計画を立てていた。しかし彼女の意図とは裏腹に、グラウンドに快音が響いた。
「やば!!」
「やった!!」
レイとまなが大きな声で叫んだ。久保はバットを振り抜き、インコースへの直球を苦もなく捉えてみせたのだ。打球はぐんぐん右方向へと伸びていき、外野のネットまで届きそうだったが、僅かに右に切れていった。
「ファール!!」
岩沢が叫ぶと、マウンド上のリョウはほっと息をついた。久保は軽く素振りし、スイングを修正していた。
リョウは四球目にインハイの直球を投じた。これは高めに外れ、カウントはツーボールツーストライクとなった。
「久保くん、見えてる見えてるー!!」
まなは全力で久保を応援していた。去年の秋から、彼女は久保と共に厳しい練習を行ってきた。そう簡単に抑えられてはたまらないというものだ。一方で、隣にいた芦田はあることを考えていた。
(そういえば、いまだにカーブを投げてないな)
彼の考えていた通り、リョウは未だにカーブを投じていないのだ。一口にカーブと言っても、鋭く曲がるものがあれば、ゆるく変化するものもある。初見で投じられて、久保が対応できるかどうか。芦田は、リョウの次の一球に注目していた。そして、リョウはセットポジションから第五球を投げた。
「「あっ」」
まなと芦田が、白球の描く軌道を見て思わず声を出した。リョウが投じたのは、カーブだったのだ。それも、直球と時速数十キロの球速差がありそうなスローカーブだ。ボールは山なりに、ホームベースに向かっていく。
(決まった!!)
レイは心の中でガッツポーズをした。散々ストライクゾーンの隅に直球を散らし、最後にスローカーブを投じる。いくら久保でも簡単には打てないだろうと、勝利を確信していた。
しかし、またも彼女の期待は裏切られた。久保は一拍置いてから、確実に投球を捉えた。カーンという金属音とともに、白球が放物線を描いて右方向に飛んでいく。
「「嘘っ!?」」
リョウとレイは声を揃えて叫んだ。右翼手は一歩も動かない。彼らの自信を打ち砕くように、打球はそのまま外野のフェンスを越えていった。
呆気にとられる二人を横目に、久保は飄々とダイヤモンドを一周した。やがて本塁に到達すると、二人に向かって告げた。
「これで俺の勝ちだ。それでいいな?」
「……はい」
リョウは元気なく、そう答えた。レイはマスクを取って立ち上がり、久保に問うた。
「久保先輩、どうして打てたんですか?」
「簡単だよ、お前らのカーブを見たことがあるんだ」
「「えっ?」」
「二球目の時点で、お前らの正体に気づいたよ」
勝負を終えたことで、各ポジションについていた部員たちが戻ってきた。彼らに向かって、久保は大声で言った。
「紹介します。平塚リョウとレイ、こいつらはシニア時代の後輩です」
「えっ!?」
まなは驚いて声を出した。久保は気にせず、さらに話を続ける。
「このバッテリーは――『魔術師』ですよ」
「俺がキャプテンの岩沢俊樹だ。よろしく」
一年生たちがぱちぱちと拍手した。引き続き、各部員が自己紹介をしていく。
「三年の梅宮康生です。ポジションはピッチャーで、一応エースやってます」
「二年生の芦田次郎です。捕手をやってます」
二年生たちが挨拶し、久保の番が回ってきた。
「二年の久保雄大です。外野手です」
何人かの新入生から、おおーという声が上がった。シニア時代の実績や夏の大会での活躍により、彼の名は県内の野球人に知れ渡っているのだ。
「二年の滝川まな! マネージャーやってるから、よろしくね!!」
まなが挨拶を終えると、一年生が自己紹介する番となった。希望ポジションや目標を各々が述べていく。そして、最後の番になった一年生が話し始めた。
「平塚リョウと言います! 左投左打、ポジションはピッチャーです! よろしくお願いします!」
上級生たちがぱちぱちと拍手するなか、まなが久保に話しかけた。
「サウスポーだって! 戦力になりそう!」
「いやあ、見てみないことには分からんぞ」
二人がそんなことを話していると、岩沢が周りをきょろきょろと見回した。その様子を見た久保が、岩沢に問うた。
「岩沢先輩、どうしたんですか?」
「マネージャー希望の一年生がいたはずなんだが、まだいないようだな」
「たしかに、いませんね」
そう会話していると、校舎の方から丸眼鏡をかけた女子生徒がやってきた。
「遅れてすいませ~ん!!」
その生徒はなぜかユニフォームと捕手用の防具に身を包んでおり、左手にはキャッチャーミットをつけている。岩沢も不思議に思い、彼女に問いかけた。
「君、マネージャー志望だったよね? なんでユニフォームを?」
「えーと、それはですね……」
人と話すのが苦手なのか、女子生徒はオドオドしていた。すると、さっき自己紹介していた一年生のリョウが口を開いた。
「岩沢先輩、この人は僕の双子の姉です」
「え?」
「ん?」
岩沢は困惑した。一方で、久保はその言葉を聞いて昔の記憶を思い出した。双子のバッテリーという存在を、彼はどこかで見たことがあったのだ。リョウはというと、さらに話を続けた。
「姉さん、自己紹介しなよ」
「えーと…… 姉の平塚レイです。シニアまで、私も野球やってました」
その言葉に、今度はまながぴくっと反応した。中学まで野球をやっていて、しかも捕手。そう、レイは彼女と共通する点が多いのだ。それを横目に、岩沢がレイに問いかけた。
「それは分かったけど、なんでそんな格好してるの?」
「うーんと、それはその……」
レイがもじもじとしていると、リョウが割って入った。そして、久保の方を向いた。
「久保先輩、お願いがあります。僕たちと勝負してくれませんか」
「え?」
その言葉に、久保は戸惑った。それと同時に、一年前の出来事を思い出していた。いきなり野球部に連れてこられて、竜司と勝負したあの日。今の状況は、その時とどこか似ていた。
「ちょっと、リョウ……!」
レイはリョウを窘めるようにそう言ったが、リョウは真っすぐ久保を見つめていた。
「えーと、だな…… 君たち、久保と勝負してどうする気なんだ?」
たまらず、岩沢がリョウに話しかけた。すると、リョウは岩沢の方を向き直して、堂々と返事した。
「ただ、久保先輩と勝負がしたいんです! 投手として、久保先輩を越えたいんです!!」
その場に、沈黙が訪れた。皆どうしたもんかと困惑していると、久保が静かに口を開いた。
「……いいぞ。その勝負、受ける」
「本当ですか!!」
「おい、いいのか久保」
久保の発言に対し、岩沢が慌てて反応した。入部していきなり勝負させろなどという、不躾な要求。無理に乗らなくても良いのに、と彼は思った。その問いかけに対し、久保は答えた。
「別にいいですよ。打つだけですから」
そして、あれよあれよという間に勝負の準備が整っていく。一打席勝負で久保がヒットを打ったら勝ちということになった。去年の対決と全く同じ条件だ。捕手以外のポジションには、上級生たちがついている。
「姉さん、いくよー」
そして、リョウが投球練習を始めた。レイは安定したキャッチングで、球を受けている。久保とまなはその様子を見ながら、二人で話していた。
「久保くん、どう思う?」
「球はそこまで速くないし、すごい変化球があるように見えないな」
「うーん、なんで勝負しようなんて言いだしたんだろうね」
「それにしても、姉の方のキャッチングが上手いな。なかなか素質あるぞ」
久保がレイのことを褒めると、まなはむすーと頬を膨らませた。同じ捕手として、少しレイにヤキモチを焼いていたのだ。
「それに、あの二人――」
久保がそう言いかけたとき、球審役の岩沢が久保を呼んだ。
「久保、打席へ」
それを聞いた彼はヘルメットを装着し、バットを持って打席へと向かった。彼はバッターボックスを足でならしながら、リョウに問いかけた。
「なあ、流石に球種だけは教えてもらわねえと勝負にならないんだが」
「カーブだけです!!」
リョウの返答に対し、久保は上を向いて考えを巡らせていた。昔の記憶との共通点を探っていたのだ。少ししたあと、リョウに返事した。
「分かった、必ず打つ」
「いえ、絶対抑えてみせます」
二人がそう言うと、岩沢がプレイをかけた。リョウはセットポジションから、第一球を投じた。まず、外角へのストレートだ。
(これはギリギリ入って……ないな)
久保はそう思い、見逃した。岩沢がコールする。
「ボール!!」
「久保くん見えてるよー!!」
まなが声援を送るなか、レイが返球した。リョウはそれを受け取り、レイのサインを見ていた。その間、久保も頭の中で配球を読んでいた。
(カーブは決め球だろう。どうにか直球だけでカウントを取ってくるはず)
そして、リョウが第二球を投げた。ボールはさっきと似たような軌道で、レイのミット目掛けて進んでいく。
(これは入ってな…… いや、入ってる!)
久保がそう思う間もなく、ボールはぎりぎりホームベース上をかすめていった。岩沢は右手を挙げ、コールした。
「ストライク!!」
「リョウ、その調子!!」
レイは大声を出しながら、リョウに返球した。さっきのもじもじとした態度とは一変して、レイは堂々とした態度でリョウをリードしていた。一方で、二球目を見た久保はある確信を持った。バットを強く握り直し、再度構えた。
本来は正捕手の芦田は、グラウンドの脇で勝負を見ていた。リョウの投球を見て何かに気づいたようで、まなに話しかけた。
「あの一年、もしかしてボール一個分の出し入れが出来るんじゃないのか?」
「そうだと思う。初球と二球目で、岩沢先輩がどこまでストライク判定をするのか試したみたい」
芦田は改めて、リョウの方を見た。彼は体格が良いわけではなく、高校一年生相応の身体つきをしている。しかし、初球と二球目を見た芦田には、彼が何か大きな物を秘めているように思えた。芦田は思わず口を開いた。
「もしかして、久保を抑えちゃうんじゃないか?」
彼にとって、それは冗談でも何でもなかった。勝負がしたいと申し出る自信と、少しずつ滲み出る実力。リョウは只者ではなさそう、そんな予感がしていたのだ。しかし、まなはバッサリとそれを否定した。
「それは無いよ。だって――久保くんだもの」
彼女がそう話している間に、リョウは第三球を投じた。指から放たれたボールが、内角いっぱいのコースに沿って進んでいく。
(よし!!)
レイは心の中でそう思った。外いっぱいのコースに二球ストレートを見せて、その次に内いっぱいの直球を投じる。それでカウントを稼ぎ、最後は外に――そんな計画を立てていた。しかし彼女の意図とは裏腹に、グラウンドに快音が響いた。
「やば!!」
「やった!!」
レイとまなが大きな声で叫んだ。久保はバットを振り抜き、インコースへの直球を苦もなく捉えてみせたのだ。打球はぐんぐん右方向へと伸びていき、外野のネットまで届きそうだったが、僅かに右に切れていった。
「ファール!!」
岩沢が叫ぶと、マウンド上のリョウはほっと息をついた。久保は軽く素振りし、スイングを修正していた。
リョウは四球目にインハイの直球を投じた。これは高めに外れ、カウントはツーボールツーストライクとなった。
「久保くん、見えてる見えてるー!!」
まなは全力で久保を応援していた。去年の秋から、彼女は久保と共に厳しい練習を行ってきた。そう簡単に抑えられてはたまらないというものだ。一方で、隣にいた芦田はあることを考えていた。
(そういえば、いまだにカーブを投げてないな)
彼の考えていた通り、リョウは未だにカーブを投じていないのだ。一口にカーブと言っても、鋭く曲がるものがあれば、ゆるく変化するものもある。初見で投じられて、久保が対応できるかどうか。芦田は、リョウの次の一球に注目していた。そして、リョウはセットポジションから第五球を投げた。
「「あっ」」
まなと芦田が、白球の描く軌道を見て思わず声を出した。リョウが投じたのは、カーブだったのだ。それも、直球と時速数十キロの球速差がありそうなスローカーブだ。ボールは山なりに、ホームベースに向かっていく。
(決まった!!)
レイは心の中でガッツポーズをした。散々ストライクゾーンの隅に直球を散らし、最後にスローカーブを投じる。いくら久保でも簡単には打てないだろうと、勝利を確信していた。
しかし、またも彼女の期待は裏切られた。久保は一拍置いてから、確実に投球を捉えた。カーンという金属音とともに、白球が放物線を描いて右方向に飛んでいく。
「「嘘っ!?」」
リョウとレイは声を揃えて叫んだ。右翼手は一歩も動かない。彼らの自信を打ち砕くように、打球はそのまま外野のフェンスを越えていった。
呆気にとられる二人を横目に、久保は飄々とダイヤモンドを一周した。やがて本塁に到達すると、二人に向かって告げた。
「これで俺の勝ちだ。それでいいな?」
「……はい」
リョウは元気なく、そう答えた。レイはマスクを取って立ち上がり、久保に問うた。
「久保先輩、どうして打てたんですか?」
「簡単だよ、お前らのカーブを見たことがあるんだ」
「「えっ?」」
「二球目の時点で、お前らの正体に気づいたよ」
勝負を終えたことで、各ポジションについていた部員たちが戻ってきた。彼らに向かって、久保は大声で言った。
「紹介します。平塚リョウとレイ、こいつらはシニア時代の後輩です」
「えっ!?」
まなは驚いて声を出した。久保は気にせず、さらに話を続ける。
「このバッテリーは――『魔術師』ですよ」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
不撓導舟の独善
縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。
現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。
その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。
放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。
学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。
『なろう』にも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる