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第一部 切り札の男
第十九話 終盤の攻防
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七回表、自英学院の攻撃は六番からだ。この回、竜司は自英学院の打者を圧倒した。まず、直球主体で六番打者を追い込み、最後はフォークボールで三振を奪った。続いて七番打者に対してはシュートでファウルを打たせてカウントを取ると、外角の直球で見逃し三振を奪った。
「竜司ナイスピッチー!!」
「ナイスピー!!」
ベンチからの声援は、既に竜司の耳には届いていない。彼は打者に向かって白球を投げることだけを考え、マウンドに立っていた。ツーアウトランナーなしとなり、八番打者の原口が打席に入った。
「頼むぞー原口!!」
「打てよー!!」
あっさり二連続三振を奪われた自英学院も、必死に打者を盛り立てていた。だが、覚醒した竜司に対してなすすべを持たない。原口は直球二球で追い込まれてしまった。
「竜司さん追い込んでるよー!!」
「決めろー!!」
竜司は力強く振りかぶり、大きく足を上げた。相手を威圧するかのような豪快なフォームで、その指から直球を放った。
「ストライク!! バッターアウト!!」
直球が、打者の胸元にばっちり決まった。原口はぴくりとも反応できず、思わず天を仰いだ。八木は投球練習をしながら、その様子をじっと見つめていた。同じ投手として、竜司の投球を見て燃えないわけがなかったのだ。
「うおっしゃあ!!」
竜司は大きな雄叫びをあげて、ベンチに戻っていく。それを迎えるように、大林高校の応援席からは拍手が巻き起こっていた。
「おにーちゃんナイスピッチー!!」
「竜司さん、完璧です!!」
「ああ、でも点を取らんことにはな」
興奮して出迎える久保とまなに対し、竜司は冷静に応えた。彼の言う通り、このままでは試合に勝つことは出来ない。七回裏は四番の神林からだ。大林高校は、なんとか一点でも返す必要があった。
「頼むぞー神林!!」
竜司は打撃の準備をしながら、打席に向かう神林に声援を送った。神林は右打席に入り、八木と対した。八木は集中した表情で、松澤の方を見つめている。
「プレイ!!」
審判がコールして、八木が初球を投じた。神林は初球から打ちにいくが、空振りとなった。八木が投げたのは、スプリットだった。
「初球からスプリットなんだね」
「さっき神林先輩にスプリット打たれたから、裏をかいたんじゃないかな」
久保とまなは、バッテリーの配球の意図を読み解いていた。六回にピンチを背負い、初めて焦りを見せていた八木。その投球内容が変化するかどうか、二人は注目していたのだ。
八木は第二球に直球を投じたが、これはボールとなった。三球目にも再びスプリットを投げ、神林が空振りした。これでワンボールツーストライクだ。
「かっとばせー、かんばやしー!!」
応援席から大きな声援がこだまするなか、八木は四球目を投じた。インコースへの直球だ。神林は中途半端にスイングしたが、途中でバットを止めた。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「よっしゃあ!!」
八木は大声で叫んだが、神林は顔をしかめた。三者連続三振という投球を見せた竜司を何とか援護したかったのだが、八木の投球の前に倒れてしまった。
「すまん、竜司」
「なに、謝ることないさ」
神林はベンチに戻りながら竜司に謝った。竜司はそれに応えると深く深呼吸し、右打席へと向かった。
「八木さん、さっきの回からまた変わったね」
「竜司さんのピッチングに感化されてる感じだな」
久保とまなは八木の投球を分析した。実際、八木も本来のピッチングを取り戻していた。彼は六回にピンチを切り抜けたうえに、竜司の圧倒的な投球を見せつけられている。竜司同様、秘めた力を発揮しつつあった。
「五番、ピッチャー、滝川くん」
アナウンスが流れ、竜司が右打席に向かう。エース同士の対決に、球場の雰囲気も一段と盛り上がった。
「滝川ー、頼むぞー!!」
「八木くーん!!」
両校の応援席から、声援が轟いている。竜司じっとマウンドの方を睨むなか、八木が初球にストレートを投じた。竜司は打ちにいくが、捉えきれずファウルとなった。
「竜司さん合ってるよー!!」
「打てる打てるー!!」
久保とまなも声援を送る。八木は第二球にストレート、第三球にスプリットを投じた。両方とも竜司が見極め、これでツーボールワンストライクとなった。
「倫太郎、力抜いて行け」
ボール先行となり、松澤が八木に声を掛けた。八木は頷きながら返球を受け取った。そして、ノーワインドアップから四球目を投げた。
(甘いっ!!)
真ん中近辺へのストレートが来たのを見て、竜司はスイングを開始した。カーンと良い音が響き、左方向に大きな打球が上がる。
「レフト!!」
松澤が叫んだ。大林高校の応援席からは歓声が上がり、ベンチの部員たちも身を乗り出して打球の行方を見ている。左翼手が走って追っていくが、打球はわずかにポールの左に切れていった。
「ファール!!」
「惜っしい~!!」
「竜司さんドンマイ!!」
大林高校の部員たちは悔しそうな表情をした。竜司もしまったという苦笑いを浮かべながら、バットを握り直した。一方で八木はふうと息をつき、マウンドに戻った。
これでツーボールツーストライクだ。八木は第五球にチェンジアップを投じた。竜司は打ちに行くが、ボールはバットから逃げるように沈んでいった。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「おっしゃあ!!」
再び八木が大声で叫んだ。相手エースの打席ということで、特に気合いが入っていたのだ。一方で竜司は口を一文字に結び、言葉にならない悔しさを表していた。
「頼むぞ、岩沢!!」
そして竜司はベンチに戻りながら、六番の岩沢に声をかけた。しかし、岩沢は初球から積極的に打ちにいったが、ファーストゴロとなってしまった。これでスリーアウトとなり、七回裏が終わった。
「ナイスピ-八木!!」
「ナイスボール!!」
自英学院の部員たちが八木を讃えた。せっかく竜司がピッチングで流れを呼び込んでも、八木が得点を許してくれない。六回に一度動いた試合が、再び膠着状態に戻りつつあった。
「皆さん、まだまだ我慢ですよ!!」
「試合は九回までですから頑張りましょう!!」
久保とまなが、守備につこうとする部員たちに声を掛けた。大林高校がこの凝り固まった試合を動かす方法は、ただ一つ。そう、久保という切り札を使うことだった。
皆がグラウンドに散っていくと、まなは久保に話しかけた。
「久保くん、代打の準備をしておいて。八回か九回、大事な場面で久保くんを使うから」
「ああ、分かってるよ。皆頑張ってるのに、いつまでもベンチで見てるわけにはいかねえ」
そう言って、久保はベンチの裏に下がった。まなはそれを見届けたあと、グラウンドの方を向いた。
八回表の自英学院の攻撃は、九番からだ。竜司はまず、その九番をセカンドゴロに打ち取った。次の一番は見逃し三振に打ち取り、二番打者も空振り三振に仕留めてみせた。打たれる気配を感じさせることなく、あっさり抑えてしまったのだ。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「おっし!!」
竜司は最後の打者を抑えると雄叫びをあげ、マウンドを降りた。もちろん、これ以上の失点は許されない。相手が自英学院であろうと、竜司は完璧にエースの役目を果たしていた。
一方で、八木もさらに勢いを増していた。八回裏、なんとか一点でも返そうと盛り上がっていた大林高校だったが、七番の門間は三振に打ち取られた。八番はセカンドゴロに、九番もピッチャーゴロに打ち取られてしまった。これでは久保の出番もなく、あっさり攻撃が終わってしまった。
「仕方ないです、最後の回に賭けましょう!!」
まなは声を張り上げ、必死に皆を盛り上げていた。大林高校のナインは九回表の守備に向かう。神林は竜司に対して声を掛けていた。
「竜司、三番の松澤からだ。気をつけろよ」
「大丈夫だ、二度目は打たせん」
竜司は表情を引き締め、マウンドへと向かった。一方で、自英学院の部員たちはベンチ前で円陣を組んでいた。
「点取るぞお!!」
「「おーし!!」」
まるで甲子園で試合をしているかのような気迫で、自英学院の選手たちが声を出している。
「滝川から追加点が取れなかったら、面白いぞ」
「いやいや、八木が大林に打たれるかって」
スタンドの観客たちも、これが県大会の二回戦であることをすっかり忘れてしまっていた。目の前で熱く盛り上がる試合に対して、口々に言葉を発していた。自英学院のブラスバンドも盛り上がり、選手たちにエールを送っている。
「九回表、自英学院高校の攻撃は、三番、キャッチャー、松澤くん」
アナウンスが流れ、球場が沸いた。さっき本塁打を放った松澤に対し、球場中から熱い視線が注がれる。
「「かっとばせー、まっつざわー!!」」
「松澤ー、ホームラン頼むぞー!!」
「もう一本打ってくれー!!」
松澤が声援を背に右打席に向かう。竜司はいつも通り、悠然とマウンドに立っていた。
「プレイ!!」
その掛け声とともに、試合が再開される。竜司は大きく振りかぶって、初球を投げた。
(速い!!)
松澤はそう思いながらも打ちにいく。次の瞬間、ガシャーンという音とともにボールがバックネットに突き刺さった。
「ファール!!」
早くも球場中がどよめいた。竜司は今日最速の直球を投じたが、松澤もしっかりタイミングを合わせてきた。強豪校のクリーンナップというだけあって、簡単に打ち取られまいとする意地があったのだ。
だが、バッテリーは冷静だった。神林はカーブのサインを出し、竜司はそれに従って第二球を投じた。松澤はバットが出せず見逃したが、ボールはしっかりゾーンに収まっていた。
「ストライク!!」
「竜司さん追い込んでるよー!!」
「ナイスボール!!」
打席の松澤は一度打席を外し、深呼吸をした。剛速球のあとに緩いカーブを見せられては、目が追い付かない。一度思考を整理してから、もう一度打席に入った。
第三球はフォークだったが、ワンバウンドしたため松澤は見逃した。続いて、竜司は第四球を投じた。
(真っすぐ!!)
そう思って打ちにいった松澤だったが、竜司が投じていたのはまたもフォークボールだった。今度は良い高さに制球されており、松澤のバットは空を切った。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「オッケー!!」
「ナイスピッチー!!」
松澤はベンチに戻りながら、八木に声を掛けた。
「信じられん。これがこの投手の本気か」
「ああ、俺もさっきそう思ったよ」
そして、八木が左打席に入った。竜司は相変わらず直球主体のピッチングで追い込んでいく。八木もなんとか振っていくが、カットするので精一杯だ。最後は外に逃げるシュートで空振り三振に打ち取られた。
「よっしゃあ!!」
竜司の雄叫びに呼応するかのように、大林高校の応援席からも拍手と歓声が巻き起こった。これで、竜司は七回から数えて七個目の三振だ。ほとんどバットにすら当てさせない快投で、自英学院を圧倒していた。
自英学院の五番打者が打席に入った。竜司は油断することなく、力のある球を投げ込んでいく。最後に外いっぱいのストレートで、見逃し三振を奪った。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「おっしゃああ!!」
「ナイス竜司!!」
「ナイスピッチー!!」
響き渡る竜司の雄叫びと、ナインの声。自英学院に対して、竜司は九回二失点十六奪三振という素晴らしい投球を見せた。
「おにーちゃん、すごい!!」
まなは思わず、ベンチに帰ってきた竜司に抱きついた。竜司はハハハと笑いながら、部員たちを鼓舞した。
「絶対このまま終わらせるなよ。何が何でも食らいついてけ!!」
「「おう!!」」
一方、自英学院の八木もしっかり松澤と打ち合わせていた。このまま何事もなく、試合を終わらせられるかどうか。なんてことない二回戦のはずなのに、二人は異様な緊張感に包まれていた。
「九回裏、大林高校の攻撃は、一番、レフト、松木くん」
「松木頼むぞー!!」
「お前が出てくれよー!!」
一番の松木が打席に向かう。大林高校の応援団は、今日最大の音量で選手たちに声援を送っていた。竜司はベンチで、まなと話し合っている。
「松木に賭けるしかないな」
「そうだね。さっきフォアボールだったし、松木先輩はしっかり見えてると思う」
「ああ、何より球場の雰囲気が俺たち寄りだ」
そして、九回裏が始まった。八木は初球から高速スライダーを投じたが、これはアウトコースに外れた。先頭打者の出塁は許すまいと、バッテリーは慎重だったのだ。
松木は集中した表情で打席に立っている。八木は二球目を投げた。外へのストレートだったが、松木はしっかり見えていた。コンパクトなスイングで、ボールを捉えた。
快音とともに、打球はセンター前に抜けていった――
「竜司ナイスピッチー!!」
「ナイスピー!!」
ベンチからの声援は、既に竜司の耳には届いていない。彼は打者に向かって白球を投げることだけを考え、マウンドに立っていた。ツーアウトランナーなしとなり、八番打者の原口が打席に入った。
「頼むぞー原口!!」
「打てよー!!」
あっさり二連続三振を奪われた自英学院も、必死に打者を盛り立てていた。だが、覚醒した竜司に対してなすすべを持たない。原口は直球二球で追い込まれてしまった。
「竜司さん追い込んでるよー!!」
「決めろー!!」
竜司は力強く振りかぶり、大きく足を上げた。相手を威圧するかのような豪快なフォームで、その指から直球を放った。
「ストライク!! バッターアウト!!」
直球が、打者の胸元にばっちり決まった。原口はぴくりとも反応できず、思わず天を仰いだ。八木は投球練習をしながら、その様子をじっと見つめていた。同じ投手として、竜司の投球を見て燃えないわけがなかったのだ。
「うおっしゃあ!!」
竜司は大きな雄叫びをあげて、ベンチに戻っていく。それを迎えるように、大林高校の応援席からは拍手が巻き起こっていた。
「おにーちゃんナイスピッチー!!」
「竜司さん、完璧です!!」
「ああ、でも点を取らんことにはな」
興奮して出迎える久保とまなに対し、竜司は冷静に応えた。彼の言う通り、このままでは試合に勝つことは出来ない。七回裏は四番の神林からだ。大林高校は、なんとか一点でも返す必要があった。
「頼むぞー神林!!」
竜司は打撃の準備をしながら、打席に向かう神林に声援を送った。神林は右打席に入り、八木と対した。八木は集中した表情で、松澤の方を見つめている。
「プレイ!!」
審判がコールして、八木が初球を投じた。神林は初球から打ちにいくが、空振りとなった。八木が投げたのは、スプリットだった。
「初球からスプリットなんだね」
「さっき神林先輩にスプリット打たれたから、裏をかいたんじゃないかな」
久保とまなは、バッテリーの配球の意図を読み解いていた。六回にピンチを背負い、初めて焦りを見せていた八木。その投球内容が変化するかどうか、二人は注目していたのだ。
八木は第二球に直球を投じたが、これはボールとなった。三球目にも再びスプリットを投げ、神林が空振りした。これでワンボールツーストライクだ。
「かっとばせー、かんばやしー!!」
応援席から大きな声援がこだまするなか、八木は四球目を投じた。インコースへの直球だ。神林は中途半端にスイングしたが、途中でバットを止めた。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「よっしゃあ!!」
八木は大声で叫んだが、神林は顔をしかめた。三者連続三振という投球を見せた竜司を何とか援護したかったのだが、八木の投球の前に倒れてしまった。
「すまん、竜司」
「なに、謝ることないさ」
神林はベンチに戻りながら竜司に謝った。竜司はそれに応えると深く深呼吸し、右打席へと向かった。
「八木さん、さっきの回からまた変わったね」
「竜司さんのピッチングに感化されてる感じだな」
久保とまなは八木の投球を分析した。実際、八木も本来のピッチングを取り戻していた。彼は六回にピンチを切り抜けたうえに、竜司の圧倒的な投球を見せつけられている。竜司同様、秘めた力を発揮しつつあった。
「五番、ピッチャー、滝川くん」
アナウンスが流れ、竜司が右打席に向かう。エース同士の対決に、球場の雰囲気も一段と盛り上がった。
「滝川ー、頼むぞー!!」
「八木くーん!!」
両校の応援席から、声援が轟いている。竜司じっとマウンドの方を睨むなか、八木が初球にストレートを投じた。竜司は打ちにいくが、捉えきれずファウルとなった。
「竜司さん合ってるよー!!」
「打てる打てるー!!」
久保とまなも声援を送る。八木は第二球にストレート、第三球にスプリットを投じた。両方とも竜司が見極め、これでツーボールワンストライクとなった。
「倫太郎、力抜いて行け」
ボール先行となり、松澤が八木に声を掛けた。八木は頷きながら返球を受け取った。そして、ノーワインドアップから四球目を投げた。
(甘いっ!!)
真ん中近辺へのストレートが来たのを見て、竜司はスイングを開始した。カーンと良い音が響き、左方向に大きな打球が上がる。
「レフト!!」
松澤が叫んだ。大林高校の応援席からは歓声が上がり、ベンチの部員たちも身を乗り出して打球の行方を見ている。左翼手が走って追っていくが、打球はわずかにポールの左に切れていった。
「ファール!!」
「惜っしい~!!」
「竜司さんドンマイ!!」
大林高校の部員たちは悔しそうな表情をした。竜司もしまったという苦笑いを浮かべながら、バットを握り直した。一方で八木はふうと息をつき、マウンドに戻った。
これでツーボールツーストライクだ。八木は第五球にチェンジアップを投じた。竜司は打ちに行くが、ボールはバットから逃げるように沈んでいった。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「おっしゃあ!!」
再び八木が大声で叫んだ。相手エースの打席ということで、特に気合いが入っていたのだ。一方で竜司は口を一文字に結び、言葉にならない悔しさを表していた。
「頼むぞ、岩沢!!」
そして竜司はベンチに戻りながら、六番の岩沢に声をかけた。しかし、岩沢は初球から積極的に打ちにいったが、ファーストゴロとなってしまった。これでスリーアウトとなり、七回裏が終わった。
「ナイスピ-八木!!」
「ナイスボール!!」
自英学院の部員たちが八木を讃えた。せっかく竜司がピッチングで流れを呼び込んでも、八木が得点を許してくれない。六回に一度動いた試合が、再び膠着状態に戻りつつあった。
「皆さん、まだまだ我慢ですよ!!」
「試合は九回までですから頑張りましょう!!」
久保とまなが、守備につこうとする部員たちに声を掛けた。大林高校がこの凝り固まった試合を動かす方法は、ただ一つ。そう、久保という切り札を使うことだった。
皆がグラウンドに散っていくと、まなは久保に話しかけた。
「久保くん、代打の準備をしておいて。八回か九回、大事な場面で久保くんを使うから」
「ああ、分かってるよ。皆頑張ってるのに、いつまでもベンチで見てるわけにはいかねえ」
そう言って、久保はベンチの裏に下がった。まなはそれを見届けたあと、グラウンドの方を向いた。
八回表の自英学院の攻撃は、九番からだ。竜司はまず、その九番をセカンドゴロに打ち取った。次の一番は見逃し三振に打ち取り、二番打者も空振り三振に仕留めてみせた。打たれる気配を感じさせることなく、あっさり抑えてしまったのだ。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「おっし!!」
竜司は最後の打者を抑えると雄叫びをあげ、マウンドを降りた。もちろん、これ以上の失点は許されない。相手が自英学院であろうと、竜司は完璧にエースの役目を果たしていた。
一方で、八木もさらに勢いを増していた。八回裏、なんとか一点でも返そうと盛り上がっていた大林高校だったが、七番の門間は三振に打ち取られた。八番はセカンドゴロに、九番もピッチャーゴロに打ち取られてしまった。これでは久保の出番もなく、あっさり攻撃が終わってしまった。
「仕方ないです、最後の回に賭けましょう!!」
まなは声を張り上げ、必死に皆を盛り上げていた。大林高校のナインは九回表の守備に向かう。神林は竜司に対して声を掛けていた。
「竜司、三番の松澤からだ。気をつけろよ」
「大丈夫だ、二度目は打たせん」
竜司は表情を引き締め、マウンドへと向かった。一方で、自英学院の部員たちはベンチ前で円陣を組んでいた。
「点取るぞお!!」
「「おーし!!」」
まるで甲子園で試合をしているかのような気迫で、自英学院の選手たちが声を出している。
「滝川から追加点が取れなかったら、面白いぞ」
「いやいや、八木が大林に打たれるかって」
スタンドの観客たちも、これが県大会の二回戦であることをすっかり忘れてしまっていた。目の前で熱く盛り上がる試合に対して、口々に言葉を発していた。自英学院のブラスバンドも盛り上がり、選手たちにエールを送っている。
「九回表、自英学院高校の攻撃は、三番、キャッチャー、松澤くん」
アナウンスが流れ、球場が沸いた。さっき本塁打を放った松澤に対し、球場中から熱い視線が注がれる。
「「かっとばせー、まっつざわー!!」」
「松澤ー、ホームラン頼むぞー!!」
「もう一本打ってくれー!!」
松澤が声援を背に右打席に向かう。竜司はいつも通り、悠然とマウンドに立っていた。
「プレイ!!」
その掛け声とともに、試合が再開される。竜司は大きく振りかぶって、初球を投げた。
(速い!!)
松澤はそう思いながらも打ちにいく。次の瞬間、ガシャーンという音とともにボールがバックネットに突き刺さった。
「ファール!!」
早くも球場中がどよめいた。竜司は今日最速の直球を投じたが、松澤もしっかりタイミングを合わせてきた。強豪校のクリーンナップというだけあって、簡単に打ち取られまいとする意地があったのだ。
だが、バッテリーは冷静だった。神林はカーブのサインを出し、竜司はそれに従って第二球を投じた。松澤はバットが出せず見逃したが、ボールはしっかりゾーンに収まっていた。
「ストライク!!」
「竜司さん追い込んでるよー!!」
「ナイスボール!!」
打席の松澤は一度打席を外し、深呼吸をした。剛速球のあとに緩いカーブを見せられては、目が追い付かない。一度思考を整理してから、もう一度打席に入った。
第三球はフォークだったが、ワンバウンドしたため松澤は見逃した。続いて、竜司は第四球を投じた。
(真っすぐ!!)
そう思って打ちにいった松澤だったが、竜司が投じていたのはまたもフォークボールだった。今度は良い高さに制球されており、松澤のバットは空を切った。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「オッケー!!」
「ナイスピッチー!!」
松澤はベンチに戻りながら、八木に声を掛けた。
「信じられん。これがこの投手の本気か」
「ああ、俺もさっきそう思ったよ」
そして、八木が左打席に入った。竜司は相変わらず直球主体のピッチングで追い込んでいく。八木もなんとか振っていくが、カットするので精一杯だ。最後は外に逃げるシュートで空振り三振に打ち取られた。
「よっしゃあ!!」
竜司の雄叫びに呼応するかのように、大林高校の応援席からも拍手と歓声が巻き起こった。これで、竜司は七回から数えて七個目の三振だ。ほとんどバットにすら当てさせない快投で、自英学院を圧倒していた。
自英学院の五番打者が打席に入った。竜司は油断することなく、力のある球を投げ込んでいく。最後に外いっぱいのストレートで、見逃し三振を奪った。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「おっしゃああ!!」
「ナイス竜司!!」
「ナイスピッチー!!」
響き渡る竜司の雄叫びと、ナインの声。自英学院に対して、竜司は九回二失点十六奪三振という素晴らしい投球を見せた。
「おにーちゃん、すごい!!」
まなは思わず、ベンチに帰ってきた竜司に抱きついた。竜司はハハハと笑いながら、部員たちを鼓舞した。
「絶対このまま終わらせるなよ。何が何でも食らいついてけ!!」
「「おう!!」」
一方、自英学院の八木もしっかり松澤と打ち合わせていた。このまま何事もなく、試合を終わらせられるかどうか。なんてことない二回戦のはずなのに、二人は異様な緊張感に包まれていた。
「九回裏、大林高校の攻撃は、一番、レフト、松木くん」
「松木頼むぞー!!」
「お前が出てくれよー!!」
一番の松木が打席に向かう。大林高校の応援団は、今日最大の音量で選手たちに声援を送っていた。竜司はベンチで、まなと話し合っている。
「松木に賭けるしかないな」
「そうだね。さっきフォアボールだったし、松木先輩はしっかり見えてると思う」
「ああ、何より球場の雰囲気が俺たち寄りだ」
そして、九回裏が始まった。八木は初球から高速スライダーを投じたが、これはアウトコースに外れた。先頭打者の出塁は許すまいと、バッテリーは慎重だったのだ。
松木は集中した表情で打席に立っている。八木は二球目を投げた。外へのストレートだったが、松木はしっかり見えていた。コンパクトなスイングで、ボールを捉えた。
快音とともに、打球はセンター前に抜けていった――
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