切り札の男

古野ジョン

文字の大きさ
上 下
9 / 123
第一部 切り札の男

第九話 夏の始まり

しおりを挟む
 とうとう、一回戦の日となった。部員たちは球場の外に集まって、まなを中心にミーティングを行っていた。まなが、今日のスタメンを発表していく。

「一番は、いつも通り松木先輩です。今日はライトです」

「おうよ」

「二、三、四番もいつもと同じです。寺北先輩、岡本先輩、神林先輩の並びでいきます」

「「「オッケー」」」

「そして、五番はおにーちゃんね」

「おう」

「打ち合わせ通り、今日はレフトだから」

「分かってるって」

 そう、大林高校は竜司を温存する賭けに出ていたのだ。二回戦では、シードの自英学院と当たる。そのため、竜司の体力消耗を避けて万全の状態で自英学院と対戦する。そういう計画だった。

 引き続き、まなが六番から九番までのスタメンを発表していく。今日は九番に三年生投手の近江が入っている。右投げ右打ちの投手で、竜司が復帰するまではエースナンバーを付けていた。

「近江、頼むぞ!!」

「分かってるよ、竜司」

 竜司が励ますと、近江はそれに答えた。まなは控え選手に対して、試合中の動きの指示を出している。二年生投手の梅宮に対しては、状況次第で肩を作るように伝えていた。なるべく竜司の登板を避けるため、今日は近江と梅宮でしのぐ作戦だからだ。まなは最後に久保を指さし、こう告げた。

「久保くん、もちろん代打で待機ね。チャンスが来れば、必ず使うから」

「任せとけって」

 久保はいつものように、そう答えた。彼のつけている背番号は18番。十八人しかいない大林高校野球部において、一番最後の番号だった。

「よし、いくぞお!」

「「「おう!!!」」」

 竜司を中心に円陣を組み、皆で気合いを入れた。球場に入り、各々がウォーミングアップを始める。

 その様子を眺めていた久保が、まなに話しかけた。

「しかし、うちの野球部ってまとまってるよな」

「え?」

「こう言っちゃなんだけど、毎年せいぜい一、二回戦負けの弱小校じゃないか。それなのに、皆やる気があるって言うか」

「違うよ、久保くん。おにーちゃんたちが変えたの」

「どういうことだ?」

「たしかに、おにーちゃんが入部した頃は大してやる気がない部活だったらしいけど。おにーちゃんと神林先輩が皆を鼓舞して、ここまでまとまりのある部になったの」

「そうなのか?」

「そう。おにーちゃんが試合に復帰する頃には、やる気ならどこにも負けない部になったってこと」

 竜司はたしかに、自英学院への入学を諦めることになった。だが、プロという目標は失わずにひたすら努力を続けた。それが皆を感化し、大林高校野球部は活気ある部活へと生まれ変わっていたのだ。

 しかし、まなは複雑な表情で久保に告げた。

「正直、やる気はあっても地力が無いことには変わりない。おにーちゃんを温存したのだって、危ない選択肢だよ」

 それに対し、久保は表情を引き締める。

「まあ、仕方ないだろ。とにかく、勝つしかない」

 今日の対戦相手は、藤山高校だ。中堅校で、三回戦に残ることも珍しくない。大林高校にとっては分が悪い相手だった。

 試合開始直前、まなを中心に再度ミーティングが行われる。

「今日はこちらが後攻ですし、初回に先制されるのは何とか防ぎましょう」

「「おう!!」」

「相手先発は左投げの内藤さんです。エースですし、大振りせずコンパクトに打ちましょう」

「「おう!!」」

「じゃあ、行きますよ!!」

「「おう!!!」」

 そして、試合が始まる。審判の合図で両校が整列し、互いを見合う。

「それでは、礼!!」

「「「「お願いします!!!!」」」」

 挨拶とともに、大林高校のナインが各ポジションへと散って行く。久保はベンチに戻り、まなの隣に陣取った。そして、二人で試合開始を待っていた。

「近江先輩の調子、どうだろうね」

「出来れば竜司さんの登板は避けたいな」

 そんな会話をしていると、審判が合図をした。

「プレイ!!」

「近江先輩、初球ですよー!!」

「落ち着いていけー!!」

 それと同時に、部員たちが近江を盛り立てる。藤山高校のブラスバンドが演奏を開始し、応援を盛り上げる。大林高校のナインは、守備に備えて表情を引き締めた。そして、近江が初球を投じる。

「ストライク!!」

 外角にストレートが決まった。まずワンストライクだ。神林がボールを返し、近江がそれを受け取る。

「近江先輩、いいですよー!!」

「その調子その調子ー!!」

 初球でストライクが取れて安心したのか、近江は落ち着いた表情で投げていく。そのまま、先頭打者を内野ゴロに打ち取った。

「ワンアウトワンアウトー!!」

「ナイスピ―!!」

 先頭打者を打ち取った近江は、徐々に調子を出していく。そのまま二番と三番を打ち取り、初回は三者凡退に抑えることが出来た。

「ナイスピ―だ、近江!!」

 レフトから戻ってきた竜司が、ベンチに帰る近江に声を掛けた。それに対し、近江も言葉を返す。

「おう、元エースを舐めるなよ」

「頼もしいな、この後も頼むぞ!!」

 そう言って、竜司は近江の背中をバンバンと叩いた。ベンチでは、久保とまながナインを励ます。

「皆さん、こっからですよ!!」

「久保くんの言う通りです!! 初回に先制点取っちゃいましょう!!」

「「おうよ!!」」

 一回表を三者凡退に抑えたことによって、大林高校に勢いが生まれた。そして、一回裏の攻撃。一番の松木が出塁すると、次々に打線が繋がって行く。神林と竜司の二連続タイムリーで、一気に三点を先制した。

「ナイバッチ、竜司さーん!!」

「おにーちゃん、ナイスバッティング!!」

 久保とまなは、ベンチから懸命に声援を送っていた。理由は違えど、スタメンで出ることが出来ないというのは同じ。彼らに出来るのは、応援という形でチームを盛り上げることだけだった。

 近江はその後も好投を続けた。四回表に一点を失ったものの、大崩れはせずに投球を続けていた。一方で藤山高校の内藤も調子を取り戻し、二回以降は無失点だった。内藤の決め球はカットボール。大林高校は、それを打つのに大分苦労していた。

 試合は進み、七回裏。打順は六番の岩沢からだ。岩沢は審判と捕手に挨拶し、左打席に入る。

「岩沢先輩、ファイトー!」

 久保は相変わらず、大声で声援を送る。内藤は岩沢に対して初球を投じた。いきなりカットボールを投じてきたが、岩沢は積極的に打ちに行く。そして、カキンという打球音が響いた。

「ショート!」

 藤山高校の捕手が指示を出した。岩沢は懸命に走るが、ショートがしっかり送球してアウトになった。この打席を見ていた久保が、まなに話しかけた。

「なあ、向こうの先発って何球投げたんだ?」

「まだ八十球くらい。初回に三失点させた割に、あまり投げさせられてないね」

「こう内野ゴロばかり打たされてたんじゃなあ」

 大林高校は、カットボールに芯を外されて思うような打撃が出来ていなかった。内野ゴロでテンポよく打ち取られてしまい、なかなか点差を開くことが出来ない。

 そうこうしている間に、七番、八番と打ち取られてしまった。これでスリーアウトだ。ネクストバッターズサークルに入っていた近江がバットを置き、グラブを持って慌ただしくマウンドに向かった。久保は険しい表情で、まなに話しかける。

「なあ、まな。そろそろ近江先輩じゃ危ない気がする」

「そうね。二点差しかないし、試合の流れは完全に向こう。そろそろ交代した方が良いかもね」

「梅宮先輩が肩作ってるけど、出来るだけ近江先輩を引っ張りたいしな。難しいな」

 そして迎えた八回表。久保の予感は的中した。近江は先頭の九番打者こそ打ち取ったものの、一番、二番、三番と三連打を浴びた。一点を失い、なおもワンアウト一三塁のピンチ。大林高校はタイムを取り、内野陣がマウンドに集まった。ベンチでも、久保とまなが話し合う。

「なあ、まな。流石に交代した方がいいんじゃないか」

「久保くん、まだリードしているのはこっちだよ! 近江先輩には、もう少し粘ってもらおうよ」

 結局、近江の続投ということになった。久保はグラウンドの方を見ていたが、ふと横を見るとまながベンチから身を乗り出していた。まなはスタンドの方を見上げ、何かを考えている。

「まな、どうかした?」

「久保くん、あそこ」

 久保も身を乗り出し、まなが指さす方に目を凝らした。そこには、自英学院のジャージを着た選手たちがいた。そう、一軍の選手が観戦に訪れていたのだ。

「あれ、自英学院じゃないか。わざわざ一軍総出で観に来るなんてな」

「たぶん、おにーちゃんを見に来たんだと思う。二軍がノーノーされたんだし、そりゃ気になるよね」

 久保とまながスタンドを見ていると、いつの間にか内野陣がポジションについていた。二人は慌ててベンチの中に戻る。間もなく、試合が再開された。

 近江が対するのは四番打者。際どいところを攻めて行くが、思うようにストライクが入らない。カウントはスリーボールワンストライクだ。

「まな、やっぱりヤバいって。梅宮先輩に交代した方が――」

 久保がまなの方を振り向くと、まなは何だか考え事をしていた。

「どうしたんだ、まな?」

「久保くん、これは最大のチャンスだよ」

「え?」

「自英学院の一軍に、おにーちゃんの投球を見せつける絶好の場面になる」

「お前、何を言って――」

 そのとき、審判のコールが響き渡った。

「ボール、フォア!!」

 それを聞き、四番打者が一塁へと歩き出した。これでワンアウト満塁だ。するとまなはタイムを取り、竜司を手招きする。

「選手交代!!」

 そして、審判に向かってそう叫んだ。それを見た久保は驚き、まなに問いかける。

「う、梅宮先輩じゃないのか?」

「違うよ」

 監督(とは名ばかりの素人顧問)が審判に選手交代を告げに行く。間もなく、場内にアナウンスが流れ出した。

「大林高校、選手の交代をお知らせいたします。近江くんに代わりまして木尾くんが入り、ライト。ライトの松木くんが、レフト。そして――」

「レフトの滝川くんが、ピッチャー。以上に変わります」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

戦艦タナガーin太平洋

みにみ
歴史・時代
コンベース港でメビウス1率いる ISAF部隊に撃破され沈んだタナガー だがクルーたちが目を覚ますと そこは1942年の柱島泊地!?!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

不撓導舟の独善

縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。 現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。 その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。 放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。 学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。 『なろう』にも掲載。

処理中です...