雪合戦

古野ジョン

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雪合戦

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 赤く焼けた大地に横たわり、日差しを全身で受け止めている。陽炎なのか幻影なのか、視界が揺蕩ってはっきりしない。俺は力を振り絞って腰の水筒を取り、水をちびりと飲んだ。

 この国を長らく苦しめた戦争も、もはや終わりを迎えようとしていた。互いに炎をもって文明ごと燃やして回り、残ったのは草も生えぬ土壌とたくさんの亡骸だけ。この俺も、後者の仲間入りをしようとしていた。

「……終わりだな」

 俺は腹を銃弾で貫かれ、身動きがとれなくなっていた。召集令状が家に届き、故郷から遠く離れたこの南方の地にやってきた。必死に戦ったが、仲間には置いて行かれ、食糧も尽き果てた。もはや、俺には何も残っていなかった。

「……おやすみ」

 誰も聞いていないと分かっていながら、静かにそう呟き、目を閉じた。この夏真っ盛りの日に、ここで死ぬのか。家族も、友人も、何もかも故郷に置いてきたままだ。ここで死んだら、一生あそこには帰れない。そんな予感がした。

 俺は深い眠りについた。突き刺すような日差しと腹に空いた穴が、容赦なく体力を奪っていく。このまま全てが終わる。そんな気がしていた――

「……ショウちゃん。ショウちゃん!!」

 聞き慣れた声がして、俺は目を開けた。すると、目の前に幼馴染がいた。窓の外に目をやると、庭には雪が積もっている。どうやら俺は、こたつに入って寝てしまっていたらしい。スイッチを見ると「最大」に入っていた。どうりでこんなに寝汗をかいているわけだ。

「ショウちゃん、雪合戦しましょう!!」

「なんだよ、そのためにわざわざ来たのか?」

「うん、そうだよ!!」

 もうお互い十八だというのに、いつまでも子どもみたいな奴だ。俺はこたつから這い出て、上着を羽織った。そして彼女の手を引いて、庭へと出た。

「なんだか、変な夢を見たよ」

「どんな夢?」

「南の方で、暑い日に戦争で死んじゃう夢」

「なにそれ~!!」

「きっとこたつのせいだな、ハハハ」

 雪玉をこねながら、俺たちはそんな会話をしていた。生まれた時から隣の家で、ずっと一緒に暮らしてきた。誰に言われるまでもなく、このまま二人で生きていくものだと思っていた。

「ショウちゃん、郵便屋さんじゃない?」

「え?」

 彼女はそう言って、玄関の方を指さした。そちらを見ると、たしかにバイクが家の前に停まっている。郵便局員が封筒を持ち、家のベルを鳴らそうとしていた。

「どうしよ、行かなくちゃ――」

 そちらに行こうとした瞬間、腹に何かが当たってボスンという音がした。

「いひひ、隙ありー」

 そう言うと彼女は笑い、ピースサインを作ってみせた。不意打ちで雪玉を投げつけてきたのか、本当に子どもみたいなやつだなあ。

「やったな、このー!」

 俺は雪玉を手に取り、彼女に向かって投げつけた。

「アハハ、逃げろー!!」

 そう叫ぶ彼女の声が、いつまでも頭の中で反響していた。逃げろ、逃げろ、逃げろ……

「何やってんだ、逃げろ!!!」

 ハッと目を覚ますと、一斉に俺の周囲から仲間たちが散って行った。状況が呑み込めずにいた俺は、なんとか頭を動かして横を見た。

「あ……」

 そこには、即席の担架が置いてあった。そうか、皆は俺を助けに来てくれたのか。見捨てられたわけじゃなかったんだな……

「ショウ、這ってでも逃げろ!!」

 上官が遠くから何かを指さして必死に叫んでいる。その先には、ピンが抜かれた手りゅう弾があった。

「え?」

「寝ぼけたお前が放り投げたんだ!! 逃げろ!!」

 俺は這いつくばるように、必死にもがいた。しかし、ちっとも前に進まない。折角助けが来たってのに、こんなんじゃ無駄死にだ。なんとか、なんとか……

 しかし努力も虚しく、視界の隅に白く輝く光が見えた。俺にとっては、まるで雪玉のように見えていた。
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