上 下
18 / 18

第18話 軍靴の音

しおりを挟む
「おはようございます、ソラさん」
「……おはよう」

 いつも通り、俺はベルの声で目を覚ます。既に朝飯の準備は出来ているようで、食欲を誘う匂いが寝室まで漂ってきていた。俺はベルの手を借りながら、ゆっくりとベッドから降りていく。

「すまんな」
「いえ、いつものことですから」

 ベルは俺と視線を合わせず、淡々と居間に向かって歩いていく。コイツが学校に入ってから、早くも二週間ほどが経過した。幸い、何の問題もなく通学しているようだが――どうにも俺とは距離を置くようになったのだ。

「じゃあ、食べようか」
「はい。……神よ、日用の糧に感謝いたします」

 こうやって祈るのは変わらないが、やはり俺に対する態度は変わった。表向きは何事もないように振舞っているが、心のどこかで俺を警戒するようになった気がする。やはり俺の正体が「ハイルブロンの英雄」だと知ったのがきっかけなのか。

「最近、学校はどうだ?」
「楽しく過ごしております。エレナさんとも仲良くさせていただいてますから」
「そうか、それは良かったな」
「……はい」

 それにしても浮かない表情だな。ここ二週間の間、なんとかこの態度の理由を探ろうとしていたのだが、ベルは固く心を閉ざして話そうとはしてくれなかった。ここは単刀直入に聞いてみるとするか。

「なあベル、聞いていいか?」
「はい、いかがなさいましたか?」
「お前にとって――『ハイルブロンの悪魔』ってのはなんなんだ?」
「……」

 ベルは何も答えなかった。たしかに、王国の人間にとって俺は畏怖の対象だろう。向こうにとってはほぼ確実に勝てるはずだったハイルブロンにおいて、俺は一人で戦況をひっくり返してしまったのだから。

「……やっぱり、王女として俺のことを恨んでいるのか?」
「いえ、そういうわけでは! 私は既に王女としての立場を捨てた身ですから」
「だったらここ最近の態度は何なんだよ。一緒に住んでいるんだから、何か不満があるなら言ってくれ」
「……申し訳ございません。その、気持ちの整理がつかないのです」
「気持ち?」
「はい。いずれお話ししますから、どうか待っていてくださいませんか」
「分かった。……いずれな」

 俺とベルは何も言わず、ただただ朝飯を食べ進めていった――

***

「せんせーとベルちゃん、おはよーっ!」
「おはようございます、エレナさん」
「おはよう、エレナ」

 ベルと共に学校までの坂道を歩いていると、途中でエレナが追い付いてきた。いつも通りの快活な声で、茶髪のポニーテールを揺らしている。

「んー、んー……?」
「どうした、エレナ?」

 エレナは俺たちの顔を見比べ、うんうんとうなり声を上げていた。俺とベルが不思議そうに首をかしげていると、エレナは何かに気が付いたように大きな声を上げた。

「まだ仲直りしてないんだ!」
「えっ?」
「えっ?」

 きょとんとする俺たちを差し置き、エレナはさらに話を続ける。

「ベルちゃんとせんせーと最初は仲良かったのに、最近は全然だよね」
「そ、そんなことないぞ」
「ええ。そうですよエレナさん……」
「だってぎこちないんだもん! 一緒に住んでるくせに!」

 エレナは人のことをよく見ているな。しかしこうもズバズバと言い当てられると、こっちとしても参ってしまうというか。

「別にお前が気にすることじゃない。放っておいてくれ」
「えー、せっかく心配してるのにー!」
「エレナさん、本当に大丈夫ですから……」

 やいのやいのと騒ぐエレナをいなしているうちに、俺たちは学校に到着してしまった。クラーラは校門の前で日課の挨拶をしている。

「校長せんせー、おはよーっ!」
「うむ、おはよう」
「おはようございます、校長先生」
「おはよう」
「おはようございます、校長」
「ちょっと待てっ」

 いつぞやの時と同じように、俺はクラーラに首根っこを掴まれて無理やり止まらされた。おいおい、今日は何もしてないぞ!

「な、なんだよ」
「大事な話がある。私と一緒に校長室に来い」
「あのなあ、俺は何も」
「貴様に小言を言いたいのではない。……もっと重要な話だ」

 クラーラの表情はいつになく真剣なものだった。これは何かあるな。

「……分かった、行くよ」

***

「開戦だと!?」
「声が大きいぞ、ソラ」

 校長室にて、俺は思わずソファから立ち上がってしまった。クラーラが言うには、王国が前線近くに戦力を集結させつつあるというのだ。すなわち、それは――戦争の再開が近いことを意味していた。

「まさかこんなに早いとは思わなかった」
「既にアーヘンあたりでは川を挟んで両軍が睨みあっている。しかしわが軍は十分な用意が出来ていない」
「……つまり?」
「このまま戦争が始まれば間違いなく防衛網を突破される。首都陥落も時間の問題だろうな」

 もはや戦略的な奇襲に近いじゃないか。うちの諜報部だって無能なわけじゃないだろうが、向こうに出し抜かれたということだろう。

「で、どうするんだ?」
「政治的な交渉は続いている。しかし王国は開戦する気満々で聞く耳を持たないようだ」
「じゃあ、このまま負けるだけってことか――」
「そうではない。我が軍だって対抗策はある」

 クラーラは白紙を取り出し、そこに地図を描き始めた。アーヘンはレムシャイトより北にある都市で、国境の川に面している。戦争が始まってからは前線のための拠点となっており、物資や兵力が集結する重要な都市となっていた。

「現在、我が軍の主力はアーヘンにいる。航空隊も集結しており、既に警戒態勢だ」
「これだけじゃ勝てんぞ」
「分かっている。レムシャイトの第七師団はアーヘンに向けて出発準備を進めているし、他も同じだ」
「でも、開戦までに間に合うかどうか」
「そこでだ。上層部は魔術大隊を優先的にアーヘンに配備している」

 地図の上には次々に大隊の名が書かれていく。……ちょっと待て、多すぎないか?

「おい、これはいったい――」
「上層部は賭けに出た。帝国中の魔術大隊をアーヘンに集めるつもりだ」

 そもそも最近は魔術師がかなり集中的に前線へと配備されていた。しかしそれでもなお戦力を集めようというのか。

「地上魔術師にとって最大の敵は航空魔術師だ。しかし向こうの航空魔術師はかなり数を減らした」
「それで魔術大隊の出番ってわけか?」
「そうだ。長距離の魔法で敵戦力を削ぎ、歩兵の不足を補う」
「……なるほどな」

 クラーラの言う通り、これは賭けだ。魔術大隊は地上魔術師で構成され、砲兵大隊と似たような役割を担う。なるべく遠距離で敵を制圧し、歩兵や戦車が前進するのを助けるというわけだ。

 たしかに魔術師を多く集めれば敵にとっては大きな圧力になる。しかしそれは、前線以外の地域の守りが手薄になることを意味するのだ。そのうえ、魔術師は戦いの要となる大事な戦力。アーヘンに集めた魔術師が一網打尽――などという事態になれば、帝国は窮地に立たされてしまうというわけだ。

「状況は分かった。それで、俺を呼び出した理由はなんなんだ?」
「我々に長期戦の用意はない。上層部は緒戦を優位に運んで講和に持ち込む構えだ」
「だから、それでなんで俺を呼び出すんだよ」
「帝国にあるだけの戦力を前線に注ぐ。……学生も含めてな」

 その言葉にピクリと反応してしまった。クラーラの表情はどこか悔し気で、本意ではないというのが明らかだった。

「……本気なのか?」
「今朝、正式に通達があった。各魔術学校から優秀な生徒を選抜すると」
「それで?」
「私としては上級生を送るつもりだった。が、ジェルマン空襲の一部始終が上層部にも伝わっていたらしい」
「おい、それって」
「それからもう一人。『該当生徒』と模擬戦闘を行い、互角に戦った生徒もだ」
「まさか……」
「もう言わんでも分かるだろう? ……我がレムシャイト女子魔術学校から選抜されたのは――」


「エレナ・アーレントとベル・シュトラウスだ」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ
ファンタジー
魔界に召喚されてしまった彼女とシマシマな彼の日常ストーリー 2022年6月9日に完結いたしました。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

処理中です...