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第15話 火蓋
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その日の放課後、俺はベルと共に演習場へと向かった。その目的はもちろん、エレナとの勝負をするためだ。
「大丈夫か、ベル?」
「あら、私が負けるとお思いなのですか?」
「いや、そうじゃないけど……」
「そんなに心配なさらないでください」
「……」
何かの拍子でベルの正体がバレては困るから、学校ではじっとしておいてもらいたかったのだが。……成り行き上、仕方ないか。それに、エレナだってベルの実力を知れば突っかかってくることもなくなるだろう。
「待ってたよ、せんせー」
「エレナ……」
演習場の広場に入ると、エレナが待ち構えていた。普段ののんきな雰囲気は消え、空襲の時のような鬼気迫る表情をしている。その隣にはクラーラがいて、周りにはクラスの連中が集まっていた。なるほどね、他の生徒たちも新入生の実力が気になるというわけだな。
「クラ……校長までいらしたのですか」
「話を聞きつけてね。生徒同士の決闘、大いに結構! 存分に楽しませてもらおうじゃないか」
「は、はあ」
クラーラはわざとらしく笑っていたが、本当の目的はベルの実力を探ることだろう。「大魔術師」の娘がどんな魔法を使うのか、気になるのも当然だろうしな。
エレナとベルは広場の中央で少し間隔を開けて向かい合った。クラーラや他の生徒たちは遠く離れて見守っており、俺は二人の間に入って勝負を取り仕切る。
「ではエレナとベルの対決を行う。二人とも、これを受け取れ」
俺が訓練用の魔石を投げると、二人ともそれをしっかりとキャッチした。当然本物の魔法を使うわけにはいかないので、魔石を使って対決してもらう。二人の魔力に応じて疑似的な魔法を生じさせることが出来るので、こういうときにはうってつけというわけだ。
「俺が審判を行う。どちらかが止めを刺したと判定したら、勝負はそこで終わりだ。いいな?」
「いいよ、せんせー」
「ええ、構いません」
エレナがキッと表情を引き締めると、ベルも半身になって構えた。生まれながらの破格魔術師と、大魔術師の娘か。……どちらが勝つのか、少し興味が湧いてきたな。
「では、よーい!」
俺が合図すると、広場に緊迫した空気が流れた。俺は少し後ろに下がって、二人の間の射線を確保してやる。クラーラは微かな笑みを浮かべているが、他の生徒たちはなんだか緊張した面持ちをしていた。
「……はじめっ!」
「おりゃあっ!」
「ッ!?」
瞬きする間もなく――エレナは全力で火力魔法を撃ち放った。周囲に突風が巻き起こり、橙色の光線が一直線に突き進む。ベルも瞬時に防御魔法を発動したが、打ち消しきれない。まともに食らってしまい、よろめいてしまった。
「なっ、破格魔法だなんて――」
「次ッ!」
驚いたベルの隙を見逃さず、エレナは次の魔法を繰り出した。素早く距離を詰めつつ、右手を突き出してベルの方へと光線を撃ちだす。またも突風が吹き荒れたが、ベルは素早く体勢を立て直して躱してみせた。
「はやっ……!」
「今度は私の番ですッ!」
魔術師にとって一番の弱点となるのは、魔法を撃った直後のタイミングだ。一瞬とはいえ無防備になるし、直ちに防御魔法を張るのは難しい。当然ベルもそれを理解しており、光線を躱した勢いのままに水魔法を発動した。
「うわっ……!」
ベルと距離を詰めていたエレナは、目の前に現れた水流を避けきれなかった。水圧で身体を持っていかれて、再びベルと離れていく。安易に敵と近づいてしまうあたり、エレナも戦術面ではまだまだ未熟だ。……って、いくらなんでも離されすぎじゃ――
「食らえッ!」
「しまっ――」
エレナは水中で体勢を整え、水の流れを切り裂くようにして火力魔法を繰り出した。そうか、エレナは流されたフリをして魔法を撃つ準備をしていたのか! ベルも一杯食わされたようで、辛うじて防御魔法で光線を弾いた。
「くっ……!」
「うわあっ!?」
「きゃっ!?」
弾かれた光線がクラーラたちのところに向かい、わーきゃーと悲鳴が上がっていた。……それにしても、ベルでも弾くのが精いっぱいなんだからなあ。やはりエレナの破格魔法は本物というわけか。
「はあっ、はあっ……」
「はっ、はっ……」
二人は息を切らし、最初と同じように向かい合っていた。ここまでは予想通りの戦いを繰り広げている。お互いの手の内を知ったことで、これから二人の真の実力が試されるというわけか。
「な、なかなかやるのね……」
「あなたこそ、まさか破格魔法の使い手だなんて……」
余裕はなさそうだが、二人ともどこか楽し気にしている。破格魔法を使えるとはいえ新入生のエレナと、帝国式魔法を習得したばかりのベル。なかなか面白い勝負になってきたじゃないか。
「じゃあ、今度こそ――」
「お先にっ!」
「えっ……」
エレナが一歩踏み出そうとした瞬間、ベルが右手を真上に突き上げ、ドンという音とともに緑色の光線を発射した。エレナは一瞬気を取られ、立ち止まってしまう。……その隙を、ベルという魔術師が逃すわけはない。
「とりゃあああっ!」
「しまっ――」
ベルは素早く距離を詰めると、水魔法を使って細長い水流を繰り出した。放たれた水が右足に直撃し、エレナはバランスを崩して転びそうになる。ベルはそのままエレナに肉薄すると、左手で腰を掴んで右手を首に当てた。
「これで勝負ありっ!」
「……」
エレナはただ黙ってベルのことを見つめていた。ブラフとして空に魔法を打ち上げ、敵が気を取られた隙に足元を崩し、最後に距離を詰めて止めを刺す。ほぼ完璧な戦術であることは間違いないし、ベルは勝利宣言をぶち上げたわけだが――勝敗はあくまで俺の判断だ。……まだ甘いな、ベル。
「まだ終わりじゃないよ」
「へっ?」
「……火力魔法、炸裂距離はゼロに設定」
「あなた、何を――」
「じゃあねっ!!」
次の瞬間、エレナはノーモーションで火力魔法を撃った。……撃ったというより、「置き逃げ」した。エレナの火力魔法は、風魔法の成分が混じった破格魔法だ。それを少しいじくって、自分だけ風で吹き飛ばされるようにしたわけだ。そうすれば、エレナだけ火力魔法を食らうことになる。
「きゃあっ……!!」
ドカンと大きな音とともに、ベルの悲鳴が聞こえてきた。……これはベルの詰めが甘かったとしか言いようがないな。王国の魔法に慣れていたベルは、帝国式魔法は無詠唱で使えることを失念していたのだろう。止めを刺した気になっていたが、そのせいでエレナに自爆紛いの攻撃を仕掛けられたというわけだ。
「いてっ!!」
エレナも吹き飛ばされはしたものの、なんとか受け身を取って体勢を立て直していた。あまりダメージは受けていないようだな。一方で、ベルのいたところはまだ煙に包まれていてはっきりと見えない。……だが、流石にこれは勝負あったかな。
「よし、そこまでっ! アーレント学生の勝利!」
俺は勝負の終了を宣言し、右手を突きあげた。魔術師としての経験値の高さを考えれば、ベルが勝つと思っていたが。やはり勝負というのはやってみないと分からないものだな。
「エレナちゃんすごーい!」
「さっすがー!」
クラスメイトたちも拍手を送り、エレナを称賛している。ベルの奴、「心配なさらないで」なんて言っていた割にはあっさり負けおったな。
「せんせー、勝ったよー!」
「分かった分かった、頑張ったなエレナ」
無邪気に喜ぶエレナに対し、俺も声を掛けてやった。さてさて、これで一件落着――と思ったが、なんか様子がおかしいな。……クラーラの奴、探索魔法なんか使って何をしてるんだ?
「校長、どうかされましたかー?」
「……まだ勝負は終わってないぞ、シュトラウス教官」
「はっ?」
「アーレント学生、上だ」
「えっ――」
クラーラに言われ、困惑した顔で空を見上げるエレナ。その頭上には――ベルが撃ち放った、ブラフだったはずの光線が迫っていたのだ。
「大丈夫か、ベル?」
「あら、私が負けるとお思いなのですか?」
「いや、そうじゃないけど……」
「そんなに心配なさらないでください」
「……」
何かの拍子でベルの正体がバレては困るから、学校ではじっとしておいてもらいたかったのだが。……成り行き上、仕方ないか。それに、エレナだってベルの実力を知れば突っかかってくることもなくなるだろう。
「待ってたよ、せんせー」
「エレナ……」
演習場の広場に入ると、エレナが待ち構えていた。普段ののんきな雰囲気は消え、空襲の時のような鬼気迫る表情をしている。その隣にはクラーラがいて、周りにはクラスの連中が集まっていた。なるほどね、他の生徒たちも新入生の実力が気になるというわけだな。
「クラ……校長までいらしたのですか」
「話を聞きつけてね。生徒同士の決闘、大いに結構! 存分に楽しませてもらおうじゃないか」
「は、はあ」
クラーラはわざとらしく笑っていたが、本当の目的はベルの実力を探ることだろう。「大魔術師」の娘がどんな魔法を使うのか、気になるのも当然だろうしな。
エレナとベルは広場の中央で少し間隔を開けて向かい合った。クラーラや他の生徒たちは遠く離れて見守っており、俺は二人の間に入って勝負を取り仕切る。
「ではエレナとベルの対決を行う。二人とも、これを受け取れ」
俺が訓練用の魔石を投げると、二人ともそれをしっかりとキャッチした。当然本物の魔法を使うわけにはいかないので、魔石を使って対決してもらう。二人の魔力に応じて疑似的な魔法を生じさせることが出来るので、こういうときにはうってつけというわけだ。
「俺が審判を行う。どちらかが止めを刺したと判定したら、勝負はそこで終わりだ。いいな?」
「いいよ、せんせー」
「ええ、構いません」
エレナがキッと表情を引き締めると、ベルも半身になって構えた。生まれながらの破格魔術師と、大魔術師の娘か。……どちらが勝つのか、少し興味が湧いてきたな。
「では、よーい!」
俺が合図すると、広場に緊迫した空気が流れた。俺は少し後ろに下がって、二人の間の射線を確保してやる。クラーラは微かな笑みを浮かべているが、他の生徒たちはなんだか緊張した面持ちをしていた。
「……はじめっ!」
「おりゃあっ!」
「ッ!?」
瞬きする間もなく――エレナは全力で火力魔法を撃ち放った。周囲に突風が巻き起こり、橙色の光線が一直線に突き進む。ベルも瞬時に防御魔法を発動したが、打ち消しきれない。まともに食らってしまい、よろめいてしまった。
「なっ、破格魔法だなんて――」
「次ッ!」
驚いたベルの隙を見逃さず、エレナは次の魔法を繰り出した。素早く距離を詰めつつ、右手を突き出してベルの方へと光線を撃ちだす。またも突風が吹き荒れたが、ベルは素早く体勢を立て直して躱してみせた。
「はやっ……!」
「今度は私の番ですッ!」
魔術師にとって一番の弱点となるのは、魔法を撃った直後のタイミングだ。一瞬とはいえ無防備になるし、直ちに防御魔法を張るのは難しい。当然ベルもそれを理解しており、光線を躱した勢いのままに水魔法を発動した。
「うわっ……!」
ベルと距離を詰めていたエレナは、目の前に現れた水流を避けきれなかった。水圧で身体を持っていかれて、再びベルと離れていく。安易に敵と近づいてしまうあたり、エレナも戦術面ではまだまだ未熟だ。……って、いくらなんでも離されすぎじゃ――
「食らえッ!」
「しまっ――」
エレナは水中で体勢を整え、水の流れを切り裂くようにして火力魔法を繰り出した。そうか、エレナは流されたフリをして魔法を撃つ準備をしていたのか! ベルも一杯食わされたようで、辛うじて防御魔法で光線を弾いた。
「くっ……!」
「うわあっ!?」
「きゃっ!?」
弾かれた光線がクラーラたちのところに向かい、わーきゃーと悲鳴が上がっていた。……それにしても、ベルでも弾くのが精いっぱいなんだからなあ。やはりエレナの破格魔法は本物というわけか。
「はあっ、はあっ……」
「はっ、はっ……」
二人は息を切らし、最初と同じように向かい合っていた。ここまでは予想通りの戦いを繰り広げている。お互いの手の内を知ったことで、これから二人の真の実力が試されるというわけか。
「な、なかなかやるのね……」
「あなたこそ、まさか破格魔法の使い手だなんて……」
余裕はなさそうだが、二人ともどこか楽し気にしている。破格魔法を使えるとはいえ新入生のエレナと、帝国式魔法を習得したばかりのベル。なかなか面白い勝負になってきたじゃないか。
「じゃあ、今度こそ――」
「お先にっ!」
「えっ……」
エレナが一歩踏み出そうとした瞬間、ベルが右手を真上に突き上げ、ドンという音とともに緑色の光線を発射した。エレナは一瞬気を取られ、立ち止まってしまう。……その隙を、ベルという魔術師が逃すわけはない。
「とりゃあああっ!」
「しまっ――」
ベルは素早く距離を詰めると、水魔法を使って細長い水流を繰り出した。放たれた水が右足に直撃し、エレナはバランスを崩して転びそうになる。ベルはそのままエレナに肉薄すると、左手で腰を掴んで右手を首に当てた。
「これで勝負ありっ!」
「……」
エレナはただ黙ってベルのことを見つめていた。ブラフとして空に魔法を打ち上げ、敵が気を取られた隙に足元を崩し、最後に距離を詰めて止めを刺す。ほぼ完璧な戦術であることは間違いないし、ベルは勝利宣言をぶち上げたわけだが――勝敗はあくまで俺の判断だ。……まだ甘いな、ベル。
「まだ終わりじゃないよ」
「へっ?」
「……火力魔法、炸裂距離はゼロに設定」
「あなた、何を――」
「じゃあねっ!!」
次の瞬間、エレナはノーモーションで火力魔法を撃った。……撃ったというより、「置き逃げ」した。エレナの火力魔法は、風魔法の成分が混じった破格魔法だ。それを少しいじくって、自分だけ風で吹き飛ばされるようにしたわけだ。そうすれば、エレナだけ火力魔法を食らうことになる。
「きゃあっ……!!」
ドカンと大きな音とともに、ベルの悲鳴が聞こえてきた。……これはベルの詰めが甘かったとしか言いようがないな。王国の魔法に慣れていたベルは、帝国式魔法は無詠唱で使えることを失念していたのだろう。止めを刺した気になっていたが、そのせいでエレナに自爆紛いの攻撃を仕掛けられたというわけだ。
「いてっ!!」
エレナも吹き飛ばされはしたものの、なんとか受け身を取って体勢を立て直していた。あまりダメージは受けていないようだな。一方で、ベルのいたところはまだ煙に包まれていてはっきりと見えない。……だが、流石にこれは勝負あったかな。
「よし、そこまでっ! アーレント学生の勝利!」
俺は勝負の終了を宣言し、右手を突きあげた。魔術師としての経験値の高さを考えれば、ベルが勝つと思っていたが。やはり勝負というのはやってみないと分からないものだな。
「エレナちゃんすごーい!」
「さっすがー!」
クラスメイトたちも拍手を送り、エレナを称賛している。ベルの奴、「心配なさらないで」なんて言っていた割にはあっさり負けおったな。
「せんせー、勝ったよー!」
「分かった分かった、頑張ったなエレナ」
無邪気に喜ぶエレナに対し、俺も声を掛けてやった。さてさて、これで一件落着――と思ったが、なんか様子がおかしいな。……クラーラの奴、探索魔法なんか使って何をしてるんだ?
「校長、どうかされましたかー?」
「……まだ勝負は終わってないぞ、シュトラウス教官」
「はっ?」
「アーレント学生、上だ」
「えっ――」
クラーラに言われ、困惑した顔で空を見上げるエレナ。その頭上には――ベルが撃ち放った、ブラフだったはずの光線が迫っていたのだ。
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