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第14話 新入生と不和
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「えー、今日から諸君の仲間入りをする生徒だ。では、自己紹介を」
「初めまして、ベル・シュトラウスと申します。お見知りおきを」
教壇に立ったベルがそう告げると、教室からパチパチと拍手が巻き起こった。あれから一週間が経ち、結局ベルは入学を許可されることになったのだ。
「本来は諸君と同じタイミングで入学するはずだったのだが、事情があって遅れてしまった。学校について分からないことも多いだろうから、教えてあげるように」
「……ソラせんせー、質問いいですか」
そう言って手を挙げたのは、不機嫌そうにむくれているエレナだ。こんな朝からいったい何が不満なんだ?
「なんだ、エレナ?」
「なんでせんせーと名字が同じなんですか?」
「親戚の子なんだ」
「……へえ」
随分とぶっきらぼうな返事だな。しかし偽名を使って潜り込ませるにはこういう風にしておいた方が都合が良い。同じ家に住んでいるのも、親戚だからと言えば説明がつく話だからな。
「もちろん、親戚だからと言って特別扱いはしない。ベルもそう思っておけ」
「理解しております」
ベルはにっこりと微笑んできた。一時はどうなるかと思ったが、無事に入学出来て良かった。コイツにとっても、家に閉じこもっているより学校に通った方がよほどいいだろうからな。
「では、一時間目の授業を始める。ベルも席に座ってくれ」
「はい。承知しました」
***
「ベルとやらの調子はどうだ?」
「今のところは問題ありません。クラスにも馴染んでいるようであります」
「……そうか」
昼休みになり、俺は校長室に呼び出されていた。クラーラは窓の外を見ていて、こちらには一瞥もくれていない。
「それにしても、まさか入学を許可していただけるとは」
「貴様から言い出したくせに、何を今さら」
「そうでありますね。失礼いたしましたッ」
「敬語はいい。しかし、貴様やってくれたな」
「何をだよ」
「いくらなんでも王女を連れてくるとは思わんだろ! お前が言うから上には黙っているが、敵国の第一王女を匿ったとなれば死罪だぞ」
「ははは、もうお前も共犯だ。死ぬときは一緒だぜ」
「ふん、誰が貴様なんかと」
クラーラは向こうを見たまま、不機嫌そうに答えた。しかし入学させるにはコイツの校長としての立場が不可欠だったからな。どっちみち、ベルのことを話さずにいるのは無理だっただろう。クラーラは顔をこちらに向けてきて、静かに口を開いた。
「……貴様があの娘の正体を知らなかったとはな」
「王女だってのは知ってたぞ」
「そうじゃない。『大魔術師』の娘だということだ」
「ああ……」
大魔術師というのは王国で一番の実力を誇った女魔術師のことだ。軍人ではないが、魔法理論の発展に大きく寄与し、王国式魔法が体系化するのに一役買ったとされている。国民にも絶大な人気を誇ったとされているが、何年か前に病死したらしい。
「大魔術師に子どもがいたとは聞いてないが」
「……諜報員が得た情報では、国王が大魔術師となした子が二人いるらしいのだ」
「ええっ、そんな馬鹿な」
「公にはなっていないがな。そもそも確定情報でもない」
「そうか……」
「あまり他言するなよ」
「もちろん」
言われてみれば、ベルが大魔術師の娘だというのも納得できる話ではある。あんなに多彩な魔法をほいほい使うことが出来るのだから、きっと才能を親から引き継いでいるのだろう。
「貴様は森であの娘を拾い、空を飛んだというわけだな」
「そういうわけだ。この前に説明した通りだよ」
「……もう一度、航空隊に戻るつもりなのか?」
クラーラの鋭い視線が突き刺さる。俺だって、もう一度空を飛べるならそうしたい。まあ人助けって理由もあるけど、そもそもベルを匿ったのには不完全治癒魔法が使いたいという目的があるわけだからな。
「戻れるなら戻りたいさ。けど、俺はベルがいなくては戦場に赴くことすら出来ないんだ。今すぐにってわけにはいかないな」
「そうか。……上層部が貴様を召喚しようとしている件については、私が何とかしておこう」
「いいのか?」
「ああ。戦力として計算できないなら、早めにそう伝えた方がいいからな」
「分かった。すまんな、何から何まで」
「気にするな。これも校長の仕事だ」
「じゃあ、俺はこれで」
俺は右足を引きずりつつ、校長室を出た。それにしても、軍の厄介ごとをクラーラが処理してくれたのはありがたいな。戦場に復帰して国に貢献したいという気持ちはもちろんある。……が、急いては事を仕損じるというもの。いくらベルの魔法を使えば足が治るからって、下手こいてアイツの正体がバレたらおしまいだからな。
「あっ、ソラさん!」
「ん、ベルか」
その時、近くの職員室からちょうどベルが出てきた。どうやら入学初日ということで、いろいろと手続きがあったようだ。なんせ偽名を使って入学させるわけだから、入学書類を用意するのにはえらく苦労した。
「手続き、大丈夫だったか?」
「なんの問題もありませんでした。ソラさんのおかげです」
「そうか、良かった。それとな、学校では『先生』とか『教官』って呼ぶように」
「あっ、申し訳ありません!」
「ははは、まあいいけどさ」
それにしても、やっぱり髪が短いと印象が違うなあ。長い髪のときは高貴な感じだったけど、こうしてみると親しみやすい少女だな。
「……ソラせんせー、楽しそう」
「うわっ!?」
いつの間にか、エレナが背後に忍び寄っていた。危ないな、これが敵だったら今頃死んでいたな。……エレナは何気なくやったつもりだろうが、自然に隠密行動が出来ているのも末恐ろしい。
「脅かすなよ!」
「だってせんせーがニヤニヤしてるんだもん!」
「しとらんわ!」
「してた!」
ギャーギャーと言い合う俺たちのことを、ベルは不思議そうに眺めていた。いくら魔術師の才能があるとはいえ、エレナにはもう少し大人になってもらわないとな。俺は窘めるようにして、声を掛けてやる。
「あのなあエレナ、学校であんまり騒ぐなよ」
「だってえ……」
「あの、私が何かしましたか……?」
エレナがもじもじとしていると、横からベルが口を挟んできた。そういや、朝の時もエレナは不機嫌そうにしていたからなあ。遅れて入学してきた生徒ってことで、人見知りしているのかもしれないな。
「いや、お前は何もしてないよ。コイツが勝手にご機嫌斜めなだけだ」
「そ、そうでしたか……」
「別になんでもないもん」
「お前らなあ、ちゃんと仲良くしてくれよ。クラスメイトだろ」
「……」
エレナが何も言わずにいると、ベルがそっと顔を寄せてきた。何やら言いたいことがあるようなので、耳を傾ける。
「この方、私にやきもちを焼いているのでは」
「やきもち?」
「もともと先生とは仲がよろしいようですし、私が先生と話していると寂しいのでは」
「そんなことあるかねえ……」
たしかにエレナはよく懐いてくれている。……けど、俺はあくまで教官だしな。必要以上に仲良くされても困るというもの。
「エレナ、お前は大事な生徒であることは間違いない。だが、あくまで皆と同じ一人の生徒だ」
「……そんなこと分かってるもん」
「だったら機嫌を直せ。感情をコントロールする能力も軍人に必要なことだ」
「……はい」
納得していない感じもあるけど、ひとまずこれでいいか。そろそろ昼休みも終わることだし、さっさと次の授業に――
「ベル、私と魔法で勝負して!!」
「えっ?」
「はっ?」
下を向いていたエレナが、唐突にとんでもないことを言い出した。俺とベルが二人でぽかんとしていると、エレナはさらに話を続ける。
「……せんせー、その子は優秀な魔術師なんでしょ。魔力を感じるもん」
「あ、ああ」
「でも私は勝ってみせる。勝って、私が一番の生徒だって証明してみせるから!!」
「ええーっ!?」
何を言い出すんだコイツは!? さっきの話、聞いてなかったのかよ!? ……って、ベルも黙り込んじゃってるな。
「ベル、受けなくていいからな。こんな勝負――」
「受けます。魔術師としてのプライドがあります」
「はっ?」
「じゃあ決まりだね。放課後、演習場で待ってるから」
「はい。望むところです」
ベルは真剣な表情をしていたが、余裕を感じさせるような微笑みも覗かせていた。エレナはやる気満々といった感じで去っていく。……俺が口を挟む前に、二人の間で勝負の取り決めがなされてしまった!
「ベル、本気か?」
「白黒つけた方があの子にとっても良いでしょう。必ず勝ってみせます」
「そ、そうか……」
若者のやる気に押され、思わず後ずさりした俺であった――
「初めまして、ベル・シュトラウスと申します。お見知りおきを」
教壇に立ったベルがそう告げると、教室からパチパチと拍手が巻き起こった。あれから一週間が経ち、結局ベルは入学を許可されることになったのだ。
「本来は諸君と同じタイミングで入学するはずだったのだが、事情があって遅れてしまった。学校について分からないことも多いだろうから、教えてあげるように」
「……ソラせんせー、質問いいですか」
そう言って手を挙げたのは、不機嫌そうにむくれているエレナだ。こんな朝からいったい何が不満なんだ?
「なんだ、エレナ?」
「なんでせんせーと名字が同じなんですか?」
「親戚の子なんだ」
「……へえ」
随分とぶっきらぼうな返事だな。しかし偽名を使って潜り込ませるにはこういう風にしておいた方が都合が良い。同じ家に住んでいるのも、親戚だからと言えば説明がつく話だからな。
「もちろん、親戚だからと言って特別扱いはしない。ベルもそう思っておけ」
「理解しております」
ベルはにっこりと微笑んできた。一時はどうなるかと思ったが、無事に入学出来て良かった。コイツにとっても、家に閉じこもっているより学校に通った方がよほどいいだろうからな。
「では、一時間目の授業を始める。ベルも席に座ってくれ」
「はい。承知しました」
***
「ベルとやらの調子はどうだ?」
「今のところは問題ありません。クラスにも馴染んでいるようであります」
「……そうか」
昼休みになり、俺は校長室に呼び出されていた。クラーラは窓の外を見ていて、こちらには一瞥もくれていない。
「それにしても、まさか入学を許可していただけるとは」
「貴様から言い出したくせに、何を今さら」
「そうでありますね。失礼いたしましたッ」
「敬語はいい。しかし、貴様やってくれたな」
「何をだよ」
「いくらなんでも王女を連れてくるとは思わんだろ! お前が言うから上には黙っているが、敵国の第一王女を匿ったとなれば死罪だぞ」
「ははは、もうお前も共犯だ。死ぬときは一緒だぜ」
「ふん、誰が貴様なんかと」
クラーラは向こうを見たまま、不機嫌そうに答えた。しかし入学させるにはコイツの校長としての立場が不可欠だったからな。どっちみち、ベルのことを話さずにいるのは無理だっただろう。クラーラは顔をこちらに向けてきて、静かに口を開いた。
「……貴様があの娘の正体を知らなかったとはな」
「王女だってのは知ってたぞ」
「そうじゃない。『大魔術師』の娘だということだ」
「ああ……」
大魔術師というのは王国で一番の実力を誇った女魔術師のことだ。軍人ではないが、魔法理論の発展に大きく寄与し、王国式魔法が体系化するのに一役買ったとされている。国民にも絶大な人気を誇ったとされているが、何年か前に病死したらしい。
「大魔術師に子どもがいたとは聞いてないが」
「……諜報員が得た情報では、国王が大魔術師となした子が二人いるらしいのだ」
「ええっ、そんな馬鹿な」
「公にはなっていないがな。そもそも確定情報でもない」
「そうか……」
「あまり他言するなよ」
「もちろん」
言われてみれば、ベルが大魔術師の娘だというのも納得できる話ではある。あんなに多彩な魔法をほいほい使うことが出来るのだから、きっと才能を親から引き継いでいるのだろう。
「貴様は森であの娘を拾い、空を飛んだというわけだな」
「そういうわけだ。この前に説明した通りだよ」
「……もう一度、航空隊に戻るつもりなのか?」
クラーラの鋭い視線が突き刺さる。俺だって、もう一度空を飛べるならそうしたい。まあ人助けって理由もあるけど、そもそもベルを匿ったのには不完全治癒魔法が使いたいという目的があるわけだからな。
「戻れるなら戻りたいさ。けど、俺はベルがいなくては戦場に赴くことすら出来ないんだ。今すぐにってわけにはいかないな」
「そうか。……上層部が貴様を召喚しようとしている件については、私が何とかしておこう」
「いいのか?」
「ああ。戦力として計算できないなら、早めにそう伝えた方がいいからな」
「分かった。すまんな、何から何まで」
「気にするな。これも校長の仕事だ」
「じゃあ、俺はこれで」
俺は右足を引きずりつつ、校長室を出た。それにしても、軍の厄介ごとをクラーラが処理してくれたのはありがたいな。戦場に復帰して国に貢献したいという気持ちはもちろんある。……が、急いては事を仕損じるというもの。いくらベルの魔法を使えば足が治るからって、下手こいてアイツの正体がバレたらおしまいだからな。
「あっ、ソラさん!」
「ん、ベルか」
その時、近くの職員室からちょうどベルが出てきた。どうやら入学初日ということで、いろいろと手続きがあったようだ。なんせ偽名を使って入学させるわけだから、入学書類を用意するのにはえらく苦労した。
「手続き、大丈夫だったか?」
「なんの問題もありませんでした。ソラさんのおかげです」
「そうか、良かった。それとな、学校では『先生』とか『教官』って呼ぶように」
「あっ、申し訳ありません!」
「ははは、まあいいけどさ」
それにしても、やっぱり髪が短いと印象が違うなあ。長い髪のときは高貴な感じだったけど、こうしてみると親しみやすい少女だな。
「……ソラせんせー、楽しそう」
「うわっ!?」
いつの間にか、エレナが背後に忍び寄っていた。危ないな、これが敵だったら今頃死んでいたな。……エレナは何気なくやったつもりだろうが、自然に隠密行動が出来ているのも末恐ろしい。
「脅かすなよ!」
「だってせんせーがニヤニヤしてるんだもん!」
「しとらんわ!」
「してた!」
ギャーギャーと言い合う俺たちのことを、ベルは不思議そうに眺めていた。いくら魔術師の才能があるとはいえ、エレナにはもう少し大人になってもらわないとな。俺は窘めるようにして、声を掛けてやる。
「あのなあエレナ、学校であんまり騒ぐなよ」
「だってえ……」
「あの、私が何かしましたか……?」
エレナがもじもじとしていると、横からベルが口を挟んできた。そういや、朝の時もエレナは不機嫌そうにしていたからなあ。遅れて入学してきた生徒ってことで、人見知りしているのかもしれないな。
「いや、お前は何もしてないよ。コイツが勝手にご機嫌斜めなだけだ」
「そ、そうでしたか……」
「別になんでもないもん」
「お前らなあ、ちゃんと仲良くしてくれよ。クラスメイトだろ」
「……」
エレナが何も言わずにいると、ベルがそっと顔を寄せてきた。何やら言いたいことがあるようなので、耳を傾ける。
「この方、私にやきもちを焼いているのでは」
「やきもち?」
「もともと先生とは仲がよろしいようですし、私が先生と話していると寂しいのでは」
「そんなことあるかねえ……」
たしかにエレナはよく懐いてくれている。……けど、俺はあくまで教官だしな。必要以上に仲良くされても困るというもの。
「エレナ、お前は大事な生徒であることは間違いない。だが、あくまで皆と同じ一人の生徒だ」
「……そんなこと分かってるもん」
「だったら機嫌を直せ。感情をコントロールする能力も軍人に必要なことだ」
「……はい」
納得していない感じもあるけど、ひとまずこれでいいか。そろそろ昼休みも終わることだし、さっさと次の授業に――
「ベル、私と魔法で勝負して!!」
「えっ?」
「はっ?」
下を向いていたエレナが、唐突にとんでもないことを言い出した。俺とベルが二人でぽかんとしていると、エレナはさらに話を続ける。
「……せんせー、その子は優秀な魔術師なんでしょ。魔力を感じるもん」
「あ、ああ」
「でも私は勝ってみせる。勝って、私が一番の生徒だって証明してみせるから!!」
「ええーっ!?」
何を言い出すんだコイツは!? さっきの話、聞いてなかったのかよ!? ……って、ベルも黙り込んじゃってるな。
「ベル、受けなくていいからな。こんな勝負――」
「受けます。魔術師としてのプライドがあります」
「はっ?」
「じゃあ決まりだね。放課後、演習場で待ってるから」
「はい。望むところです」
ベルは真剣な表情をしていたが、余裕を感じさせるような微笑みも覗かせていた。エレナはやる気満々といった感じで去っていく。……俺が口を挟む前に、二人の間で勝負の取り決めがなされてしまった!
「ベル、本気か?」
「白黒つけた方があの子にとっても良いでしょう。必ず勝ってみせます」
「そ、そうか……」
若者のやる気に押され、思わず後ずさりした俺であった――
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