混虫

萩原豊

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第十六 怪物との出会い

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人を守る律
人を守る戒
それは時折
人を追い詰める


僕は、北海道のとある地方で狩猟をして生活している。所謂狩人だ。

狩猟とはいっても、その内容のほとんどは食用肉を得るために獣を狩ることではない。
その内容のほとんどは、こう言いたくはないが・・・害獣駆除である。

人々は、農作をして野菜や果物といった自然の恵みを自らの手で育てる。

自然の恵みはもちろん、人間だけの利益とは限らない。
野菜を育てれば、人里まで降りてきた猪のような獣がそれを狙って農作物を荒らす。

荒らすとはいっても、それはあくまでも人間から見た話である。
彼らからすれば、単に餌を探し求めた結果農作物にたどり着いただけにすぎない。

だが、今回僕が赴いたのは、そういった類の獣ではない。
人間からすれば、もっと恐ろしいものだ。

近頃、この周辺一帯で熊による被害が出ている。
熊が目撃されるパターンの多くは先程述べた農作物に関するものや、人が山に入った際たまたまでくわすようなケースだ。

しかし、今回は違う。

その熊は、人里に降りてきては、人を襲うのだという。

熊は雑食性なので、果物や野菜はもちろんのこと、魚や肉だって食べる。
もちろん、人だって例外ではない・・・

もっとも、熊が人間を餌だと認識して襲うケースなどほとんどないのだが。

僕が知る限り、熊が人を襲うケースのほとんどが、単なる自衛のためだ。

特に、子連れの母熊とあらば、我が子を守るために凶暴になることは、なんら不自然ではない。

同時に、熊は比較的知能の高い獣でもある。
人里に農作物を狙いにきたパターンでも、罠や有刺鉄線、電気鉄線を攻略する個体も多い。

その度、人と熊との知恵比べが発生する。言わずもがな、熊はもっぱら強いので、討伐するのは最終手段だ。

そんな熊がわざわざ人里に降りてまで人間を襲っているというのは、非常にイレギュラーなケースだ。

僕は最初その話を信じていなかったが、この近所で明らかに熊であろう獣に襲われた人間が多発していたのは事実だった。犠牲者だっている。

そして、僕の所属する組合に、わざわざ討伐の依頼が舞い込んできた。

この周辺に、熊を狙いに行く狩人はほとんどいない。
理由は単純だ。熊は強い。命を捨てに行くようなものだ。

ましてや、この「武器アレルギー国」は、狩猟のために猟銃を所有するにしても、免許はもちろんのこと、言い始めるとキリがないほど細やかにルールが定められている。

その中に、猟銃は二発までしか弾を装填できない、というものがあるのだ。

実際、獣を仕留めるのにそれほど多くの弾を消費することはないのだが、二発撃ち切る度に毎回再装填しなければならないし、腕の立たない狩人だと、獲物を仕留め損なった場合半矢を負わせてしまうことさえある。

事実、この国において最強の武器は確かに銃だ。軽い引き金の操作ひとつで、重い命を奪い去ることができる。

だがそれは、悪意を持ったものが銃を使った場合の話だ。
僕らのような狩人からすれば、そのルールは単なる足枷でしかない。

それはさておき、今回僕がわざわざ狩猟に赴いたのは、その熊が明確に人を狙っているのかどうかを調べるためだ。

先程述べた通り、熊に挑むのは命を捨てに行くようなものだ。
だが、僕には熊が人を狙って襲うということが、やはり信じられなかった。

熊の討伐に行くことは、組合からは激しく反対された。

僕は数少ない若い狩人だし、加入して数年と経っていないにもかかわらず、組合の中でも実績を持っている方だからだ。

だが、そんなのは組合の都合でしかない。
じゃあ、誰が討伐に行くのですか?と聞いたら、組合の御老人方は皆黙ってしまった。

結局、僕は単独で熊の討伐・・・という名目で、その話が真偽か確かめるべく、単身山に入った。

本来、狩猟を一人で行うことは、この組合においてまず無い。

極めてイレギュラーなケースなので、ふもとの方には組合の人員が数人待機し、無線でいつでもこちらと連絡が取れる状態になっている。

四月の少し冷たい空気の中、道無き道を、この大きく奇抜な形状をしたグルカナイフで、カヤ漕ぎしながら進んでいく・・・

本来山に入るときには、けたましく鈴を鳴らしながら進む。熊は大きな音を嫌うからだ。

だが、今回の僕の狙いは、その熊であるため、鈴は携帯していない。

それにしても、よく切れるグルカナイフだ。目の前を邪魔する枝も、振り下ろすだけで簡単に切り払える。

僕には、幼い頃親の事情があって別れた友人が居るのだが、私はその友人と未だ連絡を取り合っている。

友人は今、単身昆虫に関する研究をしながら、砥師をやっているそうだ。
このグルカナイフも、その友人に依頼して砥いでもらった・・・というより、造り直してもらったものだ。

最初、友人の話を聞いたときには驚いた。

以前から体調を崩しているのは知っていたが、まさか歩行に杖が必要な程まで悪化していたなんて。

ましてや、そんな状況で昆虫の研究をしながらも砥師をやっているなんて。

昔からそうだったが、あいつは病弱なくせに心はタフだ。

グルカナイフを振り回しながらそんなことを考えていると、背後から物音がした。

木の葉の擦れる音・・・大きな獣の吐息のような音・・・

久しぶりに戦慄が走った。
この気配は、明らかに熊だ。

単に熊が居るだけなら、別に大したことでは無い。なんなら日常茶飯事だからだ。

だが、振り向いた先、僕の目に映ったその化物は、僕の知っている熊の姿ではなかった。

黒い体に、胸部には白の模様。確かにツキノワグマだ。それだけは間違いない。だが、その化物は、やはり僕の知っている熊の姿ではなかった。

白い模様の部分が、一部赤黒く染まっている。
これは、返り血だ。見た瞬間に僕はそう察した。

そしてその化け物は、明らかに僕を仕留めようとこちらを狙っている。殺意が、僕に降り注がれている。

どうやら、噂は本当だったらしい。その熊は、人間の味を知って、そしてそれを気に入っているのだ。

なるほど、この化物は、熊を狩りにきた僕を狩ろうとしているのか。

僕は恐怖で震えつつも、スラグ弾の込められた水平二連式の猟銃を構えた。

無線で繋がっているとはいえ、今はもはや、連絡をしている場合では無い。

その化物は僕の目の前に居て、すでに僕を餌として認識し、狙っているのだから。

引き金を引くとほぼ同時に、その化物は僕に向かって飛びかかってきた。

二発とも命中したが、その化物は一瞬怯んだだけで、そのままこちらに向かってくる。

もう、リロードする時間はない。

僕は、この武器アレルギー国のルールによって、そして目の前の化物によって、葬られることとなるのか。

走馬灯が走ろうとしたその瞬間、僕は手元に、頼もしい味方が居ることを思い出した。

僕は、覚悟を決めた。
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