混虫

萩原豊

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第十四 インセクトレンジャー

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治安を維持するカウボーイ
見方を変えればその様は
まさにエクスタミネーター


桜の白い花びらが庭に散る。

旋風がそれを巻き上げ、庭に綺麗な白色の渦を立体的に作っている。

この庭に植っている桜は、一般的に桜と称されるソメイヨシノではない。
花が散ったのち、この桜の木は、小さくも美味な実をつける。

春の到来を感じながら時計に目をやると、短針は三、長針は七を指していた。
私は、優雅な春の午後を、のんびりと過ごしたかった。

しかし、その近くの紅葉の木には・・・「奴ら」が居た。
緑色の歪な形をした毛虫・・・イラガの幼虫だ。

イラガは、幼虫、成虫共に毒を持つ。
また、繁殖力が強く、特定条件さえ満たしてしまえば、どこにでも、大量に発生する。

奴らは、突然、私の日常に「侵略」してきた。

何もないところで、突然火傷のような痛みに襲われた事はないだろうか。
それは多くの場合、このイラガによるものである。

あまりこうは言いたくないが、奴らは所謂「害虫」である。

幼虫の毒は、触れると皮膚に重大な炎症を発生させる。
成虫の鱗粉は、いくらか弱いものの毒を持つ上、目に入れば失明することさえある。

幼虫は、木の葉に溶け込む緑色をしており、成虫は、パッと見小さな普通の蛾にしか見えない。更には、繭にさえ毒を持つものだって居るのだ。

その為、知識をもたない人がうっかり触れてしまったり、知っている人でも不注意で、被害に遭う例は少なくない。

さらには、毒を持つのみならず、羽化時にはツボのような不気味な繭の跡を無数に残し、幼虫は木の葉の食害もする。
 
春が到来した感慨にふけるまもなく、私は、またやることが増えた。
奴らの対策をしなければならないのだ。

ここには、私の友人はもちろん、他の来客もあるし、何より、まだ幼い弟の友人もよく訪れる。

イラガの毒は、最悪の場合アナフィラキシーショックを起こす。被害者が子供なら、その危険性は大きく跳ね上がる。

かといって、様々な生き物がやってくるこの場所に、殺虫剤をばら撒くわけにもいかない。

私は、古典的ながら安全な方法で、奴らの対策を取ることにした。

私は、ゴーグルをかけ、西部開拓時代のリボルバー拳銃・・・を模したエアーソフトガンに、セルロースを主成分とした弾を込めた。

このエアーソフトガンの初速は、秒速三十メートル程度。
人に当たってもさほど痛くないし、セルロースを主成分としたこの弾は、砕けやすい為跳ね返りにくく、それでいて命中精度は高い。

私は、ライフル型から自動拳銃型まで、多数のエアーソフトガンを持っているが、奴らの対策にはこれが一番だった。

これは、基本的に人畜無害に等しいものだが、小さな虫からすれば、大砲を撃たれるようなものだ。

以前は、棒で突いて対処していたが、ある時、棒をつたって落ちてきた幼虫に刺されてしまったことがある。
なので、遠距離から撃ち落とす方が安全なのだ。

安全の為、周囲に誰もいないことを確認し、そして一匹ずつ確実に撃ち落とす・・・六発撃ち切ったら、また弾を込め、再び一匹ずつ確実に撃ち落とす。
そして、安全を確認した後、事切れた彼らにターボライターの炎を当てる。

端から見たら完全に狂人であるし、地道ではあるが、こうすることで、安全に対策でき、その上で毒を無力化できるのだ。

私は、この庭の治安を護るカウボーイとなった。しかし、やっていること自体はただの駆除に変わりない。
正直、あまり良い気分ではない。いくら害なす存在とは言えど、相手は生き物だ。

かといって、彼らを放っておくと、大変な脅威となる。ここに大人しかいないのならまだしも、子供たちもくるのだから。

罪悪感に苛まれながらも、私は庭のカウボーイを続けた。

それから三日ほど経過したが、奴らは一向に現れ続ける。
ずっと地道に、一匹ずつ対策していては、キリがない。

それでも、他に安全な手段はない。私は何日も、庭のカウボーイとして、地道に奴らを仕留めづつけた。

使命感と罪悪感が背筋をつたう、そんな毎日が過ぎた頃、桜はとうに散っていた。

そして私は、ようやく奴等に打ち勝つことに成功した。もう、この場所に奴らは居ない。

家族に感謝されたが、達成感はなかった。ただ、疲労と罪悪感だけが私の中に残る。

今日は、いつもより風が弱い。空は晴れており、月は半分だけ、その「一方しか向けない顔」を輝かせていた。

私は、縁側に座り、葉桜を眺めながら、月の明かりが落とし込まれた日本酒を、過ぎ去りつつある春と共に呑み込んだ。

寂しくも美しい景色の中、優しい風と優しい光に包まれながら酒に酔えど、罪悪感は消えない。
私がやった事実は消えない。

部分的には正義で、部分的には悪。
私は、治安を守るという名の下に、大量の命を奪ったのだから。

私は再び、月の明かりが落とし込まれた日本酒を、その事実と共に呑み込んだ。
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