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第四 混沌
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混ざる
交ざる
雑る
あれから私は、自身の手で昆虫の採取をする機会が増えた。
もともと、環境調査の一環で、昆虫の観察や捕獲はしていたのだが、私にはより積極的にそうする理由があった。
・・・いや、理由が新しく出来たといった方が適切か。
今日は、いつもより風が弱い。空は晴れており、月は半分だけ、その「一方しか向けない顔」を輝かせていた。
こういう日は「灯火採取」にもってこいだ。
私は、ルーフのない、狭くも大空を携えた愛車の中で、今日はどれくらいの「収穫」があるかを予想していた。
数十分して、私は、山のふもとにある、道の駅の広い駐車場に、ヘッドライトを灯したまま愛車を留めた。
このような手段を用いて昆虫の採取をしているのにも、もちろん理由がある。
クワガタもカブトムシも、言わずもがな、山や河川敷に棲んでおり、餌や異性を求めて、そこに自身の縄張りを築く。
築くといっても、そこに留まるだけなのだが・・・世の中そう上手くは行かない。
自分自身よりも強い個体がそこにいた場合、縄張り争いに敗北した者は当然、また、別の縄張りを探さなければならないのである。
わざわざ山のふもとまで降り、光におびき寄せられる個体というのは、そうして自身の縄張りを追い出された個体が多いのである。つまり、多くの場合彼らには行き場がないのだ。
ほとんどの場合、そうした個体は、餌に辿り着けずに事切れるか、人に捕まるか、そうでなければ、狸やコウモリの餌食となってしまうだけである。
この場所は、常に電灯が点いている。その下には、昆虫の「バラバラ死体」が転がっている。
頭部や胸部、前翅と言った、硬い部位しか残っていないものが大半。これは、行き場を失った挙句、コウモリによって捕食された者の末路であることは、言うまでもない。
その「残飯」は、カブトムシ、ノコギリクワガタの、それなりに大きな個体が、大半を占めている。コウモリにとっては「ちょうど良い食べ放題の御馳走場」なのだろう。
しばらくすると、一匹の、黒く、小さな甲虫が、愛車のヘッドライトにつられて飛んできた。コクワガタだ。
私はそれを、木の枝が敷き詰められたケースに入れると、例の「バラバラバイキング」へと向かった。
常に光が灯っているため、そこは、車のヘッドライトよりも昆虫が飛来しやすいのだ。
焦げ茶色の・・・先程のコクワガタより遥かに大きな影が見えた。ノコギリクワガタの大型個体だ。
ノコギリクワガタは、非常に個体数が多く、縄張り争いにおいては、同族のみならず、カブトムシという天敵が居る。
例え大型の個体でも、日本国内における「昆虫の王様」には、どうしても勝てない。
私は、捕虫網で、その影を、ゆっくりと包み込んだ後、手首を動かして、網に軽い振動を与えた。
「コロン・・・」
ノコギリクワガタは、自ら網の中へと転がり込んだ。
クワガタの擬死を利用した、手軽な採取法である。昔から、「クワガタが居そうな木を蹴るとクワガタが落ちてくる」などと言ったものだが、それは、この方法を利用したものである。
しかしこれまた、立派なノコギリクワガタだ。所謂「水牛」と言われる大型個体は、まだ縮こまっているものの、立派な威厳を放っていた。
「コトン」
少しするとまた、同じくらいの大きさの、ノコギリクワガタが飛来してきた。だが、今回はうまくとまることができなかったらしい。彼はアスファルトに落下し、起き上がろうと必死にもがいていた。
しかし、何やら様子がおかしい。彼を、手で包み込んで優しく拾い上げると、彼は、思いっきり私の手にしがみ付くと同時に、噛み付いてきた。
ノコギリクワガタなので、大顎で挟まれたところでさほど痛くはない。それよりも、気になることがあった。彼は、大顎の形状が露骨に左右非対称なのだ。
左右の大顎は同じくらいの長さだが、右側の大顎は左よりも湾曲しており、内歯(大顎の内側にあるギザギザ)が異様に発達していた。
所謂「羽化不全」というものだろうか。それにしては、大顎以外の部位は、全くもって綺麗だ。きっと、蛹室がうまく作れなかったか、後天的に崩れてしまったものの、一生懸命羽化したのだろう。
私は、愛車の方へ戻ることにした。最初のノコギリクワガタを捕獲してから、およそ十五分が経過していたからだ。
昆虫達は、概ね十五分毎に行動を変える傾向にある。もっともこれは、私の体験でそう感じているだけなのだが。
案の定、愛車が睨み、照らす先には、複数の昆虫達がいた。コフキコガネ、ヘビトンボ、そして・・・比較的大型のコクワガタ。ノコギリクワガタのメスも居たが、今はそれほど重要ではなかったため逃がした。
この日は運よく、例の「彼」とほとんど同じサイズのコクワガタが、複数捕獲できた。
最近、昆虫の採取に出かける機会が増えた理由は、まさにこれなのだ。
私は「彼」の外観や性格の、どこに違和感を覚えたのか確認すべく、比較対象となり得る「サンプル」を探していたのだ。
しかし、今日はずいぶんと収穫が多かった。大概の場合、今の時期ここで見つかるのは、所謂「ペンチ」と呼ばれる、小歯型のノコギリクワガタか、そうでなければ、小さめのコクワガタ。
そうでなければ、残りはほとんどがノコギリクワガタ、コクワガタ、ヒラタクワガタ、カブトムシ、それぞれの雌個体だ。
にしても、大型のノコギリクワガタがここに飛来するのは、少し珍しい。コクワガタも、比較的大型のものばかりだ。
いつもよりも豪華な収穫にワクワクしながらも、私は、愛車に乗り込み、その場を後にした。
普段の予定よりも撤収時間が幾分早かったが、これだけの収穫があれば十分であったし、何より天然の「羽化不全」のノコギリクワガタを採集したのは、初めてだったのだ。
私は、とにかく早く帰って「彼ら」を観察したくてたまらなかった。
良い収穫を得た喜びと、どこかに違和感を覚えた不安と、ようやく「彼」の比較ができる期待。混沌とした感情の中・・・
私は、峠道の風を感じながら、夜空の下で、いつもの様に、ギアをサードに入れ、アクセルを踏み込んだ。
交ざる
雑る
あれから私は、自身の手で昆虫の採取をする機会が増えた。
もともと、環境調査の一環で、昆虫の観察や捕獲はしていたのだが、私にはより積極的にそうする理由があった。
・・・いや、理由が新しく出来たといった方が適切か。
今日は、いつもより風が弱い。空は晴れており、月は半分だけ、その「一方しか向けない顔」を輝かせていた。
こういう日は「灯火採取」にもってこいだ。
私は、ルーフのない、狭くも大空を携えた愛車の中で、今日はどれくらいの「収穫」があるかを予想していた。
数十分して、私は、山のふもとにある、道の駅の広い駐車場に、ヘッドライトを灯したまま愛車を留めた。
このような手段を用いて昆虫の採取をしているのにも、もちろん理由がある。
クワガタもカブトムシも、言わずもがな、山や河川敷に棲んでおり、餌や異性を求めて、そこに自身の縄張りを築く。
築くといっても、そこに留まるだけなのだが・・・世の中そう上手くは行かない。
自分自身よりも強い個体がそこにいた場合、縄張り争いに敗北した者は当然、また、別の縄張りを探さなければならないのである。
わざわざ山のふもとまで降り、光におびき寄せられる個体というのは、そうして自身の縄張りを追い出された個体が多いのである。つまり、多くの場合彼らには行き場がないのだ。
ほとんどの場合、そうした個体は、餌に辿り着けずに事切れるか、人に捕まるか、そうでなければ、狸やコウモリの餌食となってしまうだけである。
この場所は、常に電灯が点いている。その下には、昆虫の「バラバラ死体」が転がっている。
頭部や胸部、前翅と言った、硬い部位しか残っていないものが大半。これは、行き場を失った挙句、コウモリによって捕食された者の末路であることは、言うまでもない。
その「残飯」は、カブトムシ、ノコギリクワガタの、それなりに大きな個体が、大半を占めている。コウモリにとっては「ちょうど良い食べ放題の御馳走場」なのだろう。
しばらくすると、一匹の、黒く、小さな甲虫が、愛車のヘッドライトにつられて飛んできた。コクワガタだ。
私はそれを、木の枝が敷き詰められたケースに入れると、例の「バラバラバイキング」へと向かった。
常に光が灯っているため、そこは、車のヘッドライトよりも昆虫が飛来しやすいのだ。
焦げ茶色の・・・先程のコクワガタより遥かに大きな影が見えた。ノコギリクワガタの大型個体だ。
ノコギリクワガタは、非常に個体数が多く、縄張り争いにおいては、同族のみならず、カブトムシという天敵が居る。
例え大型の個体でも、日本国内における「昆虫の王様」には、どうしても勝てない。
私は、捕虫網で、その影を、ゆっくりと包み込んだ後、手首を動かして、網に軽い振動を与えた。
「コロン・・・」
ノコギリクワガタは、自ら網の中へと転がり込んだ。
クワガタの擬死を利用した、手軽な採取法である。昔から、「クワガタが居そうな木を蹴るとクワガタが落ちてくる」などと言ったものだが、それは、この方法を利用したものである。
しかしこれまた、立派なノコギリクワガタだ。所謂「水牛」と言われる大型個体は、まだ縮こまっているものの、立派な威厳を放っていた。
「コトン」
少しするとまた、同じくらいの大きさの、ノコギリクワガタが飛来してきた。だが、今回はうまくとまることができなかったらしい。彼はアスファルトに落下し、起き上がろうと必死にもがいていた。
しかし、何やら様子がおかしい。彼を、手で包み込んで優しく拾い上げると、彼は、思いっきり私の手にしがみ付くと同時に、噛み付いてきた。
ノコギリクワガタなので、大顎で挟まれたところでさほど痛くはない。それよりも、気になることがあった。彼は、大顎の形状が露骨に左右非対称なのだ。
左右の大顎は同じくらいの長さだが、右側の大顎は左よりも湾曲しており、内歯(大顎の内側にあるギザギザ)が異様に発達していた。
所謂「羽化不全」というものだろうか。それにしては、大顎以外の部位は、全くもって綺麗だ。きっと、蛹室がうまく作れなかったか、後天的に崩れてしまったものの、一生懸命羽化したのだろう。
私は、愛車の方へ戻ることにした。最初のノコギリクワガタを捕獲してから、およそ十五分が経過していたからだ。
昆虫達は、概ね十五分毎に行動を変える傾向にある。もっともこれは、私の体験でそう感じているだけなのだが。
案の定、愛車が睨み、照らす先には、複数の昆虫達がいた。コフキコガネ、ヘビトンボ、そして・・・比較的大型のコクワガタ。ノコギリクワガタのメスも居たが、今はそれほど重要ではなかったため逃がした。
この日は運よく、例の「彼」とほとんど同じサイズのコクワガタが、複数捕獲できた。
最近、昆虫の採取に出かける機会が増えた理由は、まさにこれなのだ。
私は「彼」の外観や性格の、どこに違和感を覚えたのか確認すべく、比較対象となり得る「サンプル」を探していたのだ。
しかし、今日はずいぶんと収穫が多かった。大概の場合、今の時期ここで見つかるのは、所謂「ペンチ」と呼ばれる、小歯型のノコギリクワガタか、そうでなければ、小さめのコクワガタ。
そうでなければ、残りはほとんどがノコギリクワガタ、コクワガタ、ヒラタクワガタ、カブトムシ、それぞれの雌個体だ。
にしても、大型のノコギリクワガタがここに飛来するのは、少し珍しい。コクワガタも、比較的大型のものばかりだ。
いつもよりも豪華な収穫にワクワクしながらも、私は、愛車に乗り込み、その場を後にした。
普段の予定よりも撤収時間が幾分早かったが、これだけの収穫があれば十分であったし、何より天然の「羽化不全」のノコギリクワガタを採集したのは、初めてだったのだ。
私は、とにかく早く帰って「彼ら」を観察したくてたまらなかった。
良い収穫を得た喜びと、どこかに違和感を覚えた不安と、ようやく「彼」の比較ができる期待。混沌とした感情の中・・・
私は、峠道の風を感じながら、夜空の下で、いつもの様に、ギアをサードに入れ、アクセルを踏み込んだ。
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