混虫

萩原豊

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第二 異形

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時代は変わる
物体も変わる
人が変われば自然も変わる


虫も含めて、動物とは実に奇妙な存在である。
端的に言ってしまえば、非効率極まりない上、多様性に溢れている。

生き物として存在するなら、菌類や植物のような方が種を世界に保存していく上で有利なはずだろう。
しかし、動物たちは世界中に、多種多様に、溢れかえっている。
だからこそ、動物は私の興味を惹きつけてくれる。個体数で言えば特に多いとされる昆虫とあらば、尚更だ。

「ガタッ ガタッ」

今日は随分と飼っているクワガタ達が元気だ。国産種、外来種ともに、私は複数のクワガタムシ、カブトムシを飼育している。
もう七月も終わりに近づき、彼らの活動のピークである八月が近づいている。
アクリル製のケースに硬い大顎がぶつかる音が、まるで近づいている八月の足音のようにも感じた。

「はいはい、ご飯ね。」

私は、いつものようにスプリッターを使って餌用のゼリーを両断し、それぞれのケースに入れた。
昆虫に話しかけるとは、我ながらなかなかの変人ぶりである。しかし、彼らも我々同様、匂い、聞き、味わい、考えているのだ。
特に、同じ種類のクワガタを複数飼って観察してみると、外観のみならず、性格にも個体差があることがわかる。

今、もっとも多くの数を飼育しているのは、ノコギリクワガタ。クワガタといえば、これを思い浮かべる人も多いだろう。
一般的に、ノコギリクワガタは喧嘩っ早く、同時に、負けを認めると即座に逃げ出すとされている。
しかし、私が飼育しているノコギリクワガタの中には、極端に臆病な者が居れば、極端に獰猛で戦い続けようとする者も居る。

私は所謂「虫相撲」を観るのが好きで、時折彼等に「相撲」をして貰って、それを観察する。
可哀想と思う人も居るようだが、これは彼等にとって適度なストレスの発散にもなっているらしい。
実際、私のもとでは、適度に「相撲」をした個体の方が、単純に個別で飼育した個体よりも、長く生きる傾向にある。

次いで、我が家に多いのは、コクワガタ。これもありふれた種だ。そして、オオクワガタが三匹。
かつて、黒いダイヤモンドとさえ言われた彼らは、今や人工的に繁殖された個体が、安価で容易に入手できる。

先程、虫相撲とはいったが、なんでもかんでも戦わせるほど、私は愚かではない。
基本的には同種同士、ないしは虫達が怪我をすることの無い範疇でマッチングさせている。
今のところ、国産種としてメジャーであるヒラタクワガタが居ないことと、オオクワガタの数が少ないのもこのためだ。

もっとも、力の強い彼等に「相撲」をしてもらうことは、特別な場合を除いてない。
実際、我が家に居るオオクワガタ、凶暴かつ力の強いラコダールツヤクワガタ、ギラファノコギリクワガタには「相撲」をさせない。
一度羽化した甲虫は、傷を癒す術を持たない。彼らにとって、「怪我」は「致命傷」となりうる。

それはさておき、今日は友人と買い物に行く予定だ。いつもより随分と早く起きたので、私は珍しく昼間から「我が子たち」の世話をしていた。

「ガチャッ パタパタ」

昆虫の発する音とは明らかに異なる、人の出す音が聞こえてきた。
靴下を履いた人間の、軽い足音が廊下から聞こえてくる。友人が来たようだ。

「おっすぅー」

「おう」

彼は、いつも呑気なような、気怠げなような、どことなくカオスな雰囲気を出している。

「で、タバコ買うついでにクワガタ見に行くんだったっけか。」

「そう、そろそろ亜種やら他の海外産も迎え入れたいし・・・『こいつ』が気になるからってのもある。」

私は小さなアクリルケースの中で、呑気にさっきのゼリーを舐める「彼」を友人に見せた。

「おっ・・・なんだコクワか。」

「そう、コクワ。」

ありふれた種に、友人は一旦退屈そうな反応を見せたが、友人は勘が鋭い。
私がわざわざ普遍的な種を見せたことに対して、案の定友人の口からすぐに言葉が出た。

「あらぁずいぶんと立派だねぇ。で、このコクワガタが何なん?」

「・・・コクワガタじゃないかもしれない。」

「コクワやん。」

「コクワなんだけどさ・・・」

「・・・コクワやん。」

「なんか変なんだよ。」

「んあ?どういうこと?」

例の「彼」は、明らかに他のコクワガタとは異なっていた。先日先輩の腕に掴まっていた時からそうだが、コクワガタにしてはやたらと脚の力が強い。それに・・・

「おぉう、随分と元気だねぇ」

「そう、コクワにしちゃ凶暴過ぎないか?」

コクワガタは一般的に大人しいとされているが、実は自然界ではそうでもない。
同種同士であれば、積極的に縄張り争いをすることもある。しかし、自分よりも強い相手だと理解すると、即座に退散する性質を持っているのだ。
実際、「うちの子達」は、餌を与えるためにケースの蓋を開いただけで、すぐに物陰へと隠れてしまう。
だが、「彼」は違った。

「めっちゃぷるぷるしてんじゃん。これ威嚇してんの?」

「そう、威嚇してんの。」

例の「彼」は、前脚を思い切り伸ばし、こちらに噛み付かんと大顎を開き、身体を震わせていた。

「せっかくだからどんくらいの力か見てみようぜ。」

そう言うと友人は、飼育用の床材として用意しているヤシのウッドチップを「彼」の大顎のもとへ差し出した

「バキバキバキ」

明らかにおかしい。これはコクワガタの力では無い。これも個体差なのだろうか・・・?

「なんか力強くね?」

「そう、力強いの。めっちゃ。」

そうして、「彼」が「噛み付いた」ウッドチップは、真っ二つに砕けてしまった。

「まあ良いや、とりあえず行こうぜ。」

「おん」

私は、飼育ケースの蓋が全て閉まっていることを確認し、お気に入りのブーツを履いて、友人の車の助手席へと乗り込んだ。

空は陽が差しているにもかかわらず、小雨が降っている。山と海に挟まれたこの混沌とした地は、一見普遍的な様でもこの時期は天気が非常に不安定なのだ。

今となっては異形である、エンジンが後部に載った実用性皆無な友人の車は、その輝く「まぶた」を開き、重い排気音を立て、力強く進んだ。その時、私はあのコクワガタのことを再び思い返していた。
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