月の涙

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 月に落ちた涙が蒸発するまでの間、その表面に映ったのがこの物語です。
 降りそそぐ星の光に照らされて鳴り響く、音の無いファンファーレ。さあ物語が始まって、舞台はここ。——宇宙の下の月の上!
 そこに在るのは街でした。一瞬に現れて、一瞬に消えてゆく、夢の欠片に浮かぶ街。一点に現れて、全てを映し込んでいる。 
 百の街路に百の秘密を隠し持ち、百の秘密の中に百の街路が紛れ込む、とても奇妙な嘘の街。
 街路と秘密が絡み合い、たちまちのうちに増えてゆく、影を追う影の舞う、虚空に浮かぶ、君と私の目。合わせ鏡に映る街。
 落ちた涙が消えるまでのその間、有限の中に無限が織り込まれ、瞬間の中に永遠が畳み込まれ、街にはすべてが現れます。空間も時間も、いやそれ以上、無いものも有るものも。宇宙の果ても、過去も未来も、ありえた世界も、無かった世界も、ここにはすべてがあるのです。
 ここでは何でもできるのです。何でも生まれてくるのです。街には百万の道。百万の道の、百万の分かれ道。角を曲がる度に新たな道が生まれ、振りかえれば暗闇。
 道の中に道が生まれ、道の中に道が消える。無限の街、永遠の街。涙一滴の消える中に封じ込まれた、無限の街、永遠の街。月の上、落ちる涙の中、鏡像の中の月は、現実さえも飲み込んで果てしなく、広がる偽の街。
 光ります。水銀を湛えた月の海、星々を映し、たおやかに揺れるその上に浮かぶその街の華やかさ。
 歌います。街を称え花たちが、無の海を揺らす歌声で、夢が紡いだドレスをまとい。歌う、失われた夢の哀。
 夢から生まれたうつろうものたちよ。物の中に沈む失われた想いを吸い上げて、咲く花は幻。その果実は甘く、姿は麗し。
 失われた宇宙の残光を浴びて、街の中には何物でもあるのです。かつて見た夢が花となり、芳香とともに、あふれ出します。
 何物もあり、何物でもない、この街よ。光に溢れ、暗闇が浮かぶ、この街を、
 ——私のロボットは、主人を探して必死に歩き回っていたのでした。
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