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夏休みの間
53.悪い龍。
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大人の男の人ぐらいになったのは身体の長さだけではなくて、手や足や胴体や、そして自分では見えないのだけれど、どうやら頭や顔も、人間の男の人のように変わっていた。
「あれ、凛々しいお顔」
寅姫が楽しそうに言うので、龍はとても恥ずかしい気分になった。ほっぺたが熱くなったから、多分自分も赤い顔をしているに違いないと思うと、余計に恥ずかしくなる。
「うぬは、儂の真の姿よりも、化けた偽の顔の方が良いと申すか?」
龍神は相変わらずの雷声で言った。怒っているみたいな言い振りだったけれど、嬉しいようなくすぐったいような、変な気持ちも混じっているの声だと、言った龍自身も思った。
「さて、人の顔も龍の顔も御身の顔でありますれば。すなわちどちらも同じモノでありましょう。されば比べようもなし」
寅姫は大人っぽく笑った。
その顔は、雨の降った翌々日の川原で、龍の疑問に答えてくれたときの「トラ」の笑顔と同じだった。
龍はなんだかちょっとだけバカにされたような気分になった。そんな気分が妙に懐かしくて、ちょっと嬉しくなった。
嬉しくて笑いたくなったのだけれども、今の龍の顔や声は龍神のそれだから、龍の思うようには動かない。
大人の男の人の顔をした龍神の龍は、子供のように唇を尖らせた。それから乱暴につま先を動かして、地面に二重丸を書いた。
大人の「トラ」と、大人の龍が、ぴったり並んで立つのがやっとの、狭くて小さな二重丸だった。
そうして、心配そうな声で言う。
「ここが儂等らの住処となる。
汝が人であった頃に住み暮らした屋敷とは比べようもなく狭いぞ」
「我はもはや人ではありませぬゆえ、広いも狭いも知らぬことにございます」
「だが、汝の胎には人が居ろう」
寅姫の「トラ」は、嬉しそうに笑った。
「人であった我と、人に化けたあなた様の子にございますれば、確かにこの子も人でありましょう」
白い着物の白い帯の上から、彼女は自分のお腹をなでた。
その白い手の上に、龍は自分の手を重ねた。
「人でないモノは、人の子を育てられぬぞ」
寅姫の肩が、びくりとはねた。
「そればかりが心残り」
頬の赤みがすぅっと引くと同時に、目から涙がどっとあふれ出た。
龍はお腹の底の方がむずむずするのを感じた。むずむずは背骨に沿って駆け上り、あっという間に頭のてっぺんに届いた。
頭のてっぺんの髑髏の丸いところにぶつかったむずむずは、目玉の方に跳ね返って、鼻の奥の方で止まった。
止まったむずむずはどんどん大きくふくらんだ。ふくらんで、ふくらんで、耐えきれなくなったとき、目玉と鼻の穴から一息に吹き出した。
「儂は、お前を泣かせる悪い龍だな」
涙と鼻水と一緒に、喉の奥から声が出た。
「悪い龍は、人の為に尽くそうなどと思わぬモノでありましょう?」
寅姫の声にも、涙と洟が混じっていた。
「あれ、凛々しいお顔」
寅姫が楽しそうに言うので、龍はとても恥ずかしい気分になった。ほっぺたが熱くなったから、多分自分も赤い顔をしているに違いないと思うと、余計に恥ずかしくなる。
「うぬは、儂の真の姿よりも、化けた偽の顔の方が良いと申すか?」
龍神は相変わらずの雷声で言った。怒っているみたいな言い振りだったけれど、嬉しいようなくすぐったいような、変な気持ちも混じっているの声だと、言った龍自身も思った。
「さて、人の顔も龍の顔も御身の顔でありますれば。すなわちどちらも同じモノでありましょう。されば比べようもなし」
寅姫は大人っぽく笑った。
その顔は、雨の降った翌々日の川原で、龍の疑問に答えてくれたときの「トラ」の笑顔と同じだった。
龍はなんだかちょっとだけバカにされたような気分になった。そんな気分が妙に懐かしくて、ちょっと嬉しくなった。
嬉しくて笑いたくなったのだけれども、今の龍の顔や声は龍神のそれだから、龍の思うようには動かない。
大人の男の人の顔をした龍神の龍は、子供のように唇を尖らせた。それから乱暴につま先を動かして、地面に二重丸を書いた。
大人の「トラ」と、大人の龍が、ぴったり並んで立つのがやっとの、狭くて小さな二重丸だった。
そうして、心配そうな声で言う。
「ここが儂等らの住処となる。
汝が人であった頃に住み暮らした屋敷とは比べようもなく狭いぞ」
「我はもはや人ではありませぬゆえ、広いも狭いも知らぬことにございます」
「だが、汝の胎には人が居ろう」
寅姫の「トラ」は、嬉しそうに笑った。
「人であった我と、人に化けたあなた様の子にございますれば、確かにこの子も人でありましょう」
白い着物の白い帯の上から、彼女は自分のお腹をなでた。
その白い手の上に、龍は自分の手を重ねた。
「人でないモノは、人の子を育てられぬぞ」
寅姫の肩が、びくりとはねた。
「そればかりが心残り」
頬の赤みがすぅっと引くと同時に、目から涙がどっとあふれ出た。
龍はお腹の底の方がむずむずするのを感じた。むずむずは背骨に沿って駆け上り、あっという間に頭のてっぺんに届いた。
頭のてっぺんの髑髏の丸いところにぶつかったむずむずは、目玉の方に跳ね返って、鼻の奥の方で止まった。
止まったむずむずはどんどん大きくふくらんだ。ふくらんで、ふくらんで、耐えきれなくなったとき、目玉と鼻の穴から一息に吹き出した。
「儂は、お前を泣かせる悪い龍だな」
涙と鼻水と一緒に、喉の奥から声が出た。
「悪い龍は、人の為に尽くそうなどと思わぬモノでありましょう?」
寅姫の声にも、涙と洟が混じっていた。
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