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夏休みの間

25.角と髭とちっちゃな手足が生えた龍

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 頭の上に緑がかった薄い黄土色おうどいろが広がっている。
 それは刷毛で塗ったような一色だけのの広がりではなくて、細い筆で何度もぽつぽつと塗り分けたような、濃淡のある色だった。
 その濃淡の中に、金色の光がはじけている。銀色に光る泡が浮かんでいる。緑のが揺れている。

『あ、僕は池に落ちたんだ』

 そのことに気付いたとき、龍は妙に落ち着いていた。
 冷静に、

『泡と一緒に金の光の方へ上っていかないとダメだ』

 と考えた。

 でも身体からだは緑の藻と一緒に沈んでゆく。
 水を吸った靴が重い。

『誰かが引っ張っているんじゃないか』

 と想像した途端、全身をビリビリした恐怖が走った。
 龍は思わず叫んだ。

「助けて!」

 でも口から出たのは声じゃなくて、ごぼごぼとした泡の固まりだった。
 代わりに生臭い水が口の中に入ってきた。
 そして泡の塊の中に閉じ込められた誰にも聞こえない声は、龍の身体を残して上へと上ってゆく。
 先頭の泡が太陽の光を弾いて金色に光った。

『待って! 置いて行かないで』

 龍はその金色を捕まえようとして、手足をばたつかせた。
 手足にかき回された水の中から、銀色の光みたいな泡の固まりが次々と生まれる。
 銀色のそれも、龍を置いてきぼりにして、どんどんと上ってゆく。
 身体が沈んで「上」が遠くなるにつれ、龍の身体の周囲まわりは暗くなってきた。
 靴も服も水を吸って重い。いいや、身体そのものが重い。
 水が、上からもしたからも右からも左からも、龍の身体を締め付ける。
 息が苦しい。胸が苦しい。全身が苦しい。

 龍は「上」へ行くのを諦めた。

『僕、これで死んじゃうんだな』

 龍の目の前に銀色の泡粒がいくつもあった。それは渦を巻いて上っていく。
 泡の渦は連なって、細長い竜巻みたいにぐるぐるとねじれた渦になった。渦は上へ、水面の明るい方へ、昇って行く。

 それが、龍のかすんだ目には「いつかお父さんが年賀葉書に描いていた、角と髭とちっちゃな手足が生えた蛇みたいな龍」に見えた。

 銀色の泡でできた「龍」は、身をよじって池の中を自由自在に泳ぎ回った。
 とても嬉しそうで、とても楽しそうだった。泳いでいるというより、水の中を飛んでいるみたいだった。
 その「龍」の背中には、白くて優しい顔をした人が乗っていた。

「『トラ』?」

 龍が呼ぶと、その人はニコリと笑った。
 微笑んで、手を龍の方に伸ばした。
 龍もその人に向かって手を伸ばした。
 細くて白い、そして冷たい指先が、彼の手を掴んだ。

 身体に感じていた水の重さが途端に消えた。

 そして龍の体は、銀色の泡の固まりと一緒になって、上へ上へと昇っていった。
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