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小さな世界
左の紅差し指
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ドアが閉まった。二つの足音がドアから遠ざかって止まる。
年若い踊り子と年嵩の踊り子の二人は、恐らく廊下側のドアの前あたりにいるだろう。
ブライトの目つきが鋭くなった。その先端は、クレールの左手に突き立てられている。
青白い紅差し指の付け根を、一本の赤い筋が取り巻いていた。
それは錦の御旗の旗竿に仕込まれていた。
【正義】を召還できくなったクレールが【月】と戦うために槍として使った棒きれだ。
元は勅使一行の先頭にいた旗手が持っていたものだった。ギュネイ皇帝の錦の御旗をぶら下げた細い竿である。
次の持ち主は、旗手の腕を奪った【月】だった。【月】はそれをブライトへ投げつけた。
そして竿を拾い上げたブライトが、拾い上げて、その細い棒きれに塗られた赤い色の中に紛れ込ませるようにして赤いそれを突き刺して隠し、クレールに投げ渡した。
それは、クレールが、おのれに悪夢を見せた原因だと信じたものだった。
ブライトが、クレールの感覚を鈍らせた元凶と推察したものだった。
鉤爪のように尖った切っ先をもつ、赤く小さな結晶――。
皇弟フレキ=ゲーの紋章を捺された封蝋の中に隠されていたモノ。
かつて生きていたのであろう何者かの魂の哀しいなれの果ての、小さな欠片。
クレールが旗竿を掴んだあの時、小さな欠片は彼女の掌に突き刺さり、そのまま彼女に取り憑いた。
物体としての欠片は彼女の体の中に溶け込んだ。そして彼女の左の紅差し指の付け根に刻印を残したのだった。
「この指を……いえ、いっそ腕を根こそぎ、切り落として欲しいとお頼みしましたら、叶えてくださいますか?」
指輪のように薬指を一周する赤い線を眺めて言うエル=クレール・ノアールの声は、穏やかだった。感情を押さえ込み、平静を保とうとしている。
無理をしている証拠に、翡翠色の瞳は暗く曇っていた。
「ずいぶんとしおらしい物言いをしやがるな。まるで年頃の娘みてぇだ。『若様』には似合わねぇよ」
文字にすれば軽口さながらの言葉ではあるが、実際は違う。ブライトの声は重く暗く沈んでいる。
「答えになっていませんよ」
クレールの眼差しに、ほんの一瞬怒りの火が浮かんだ。
彼女にとって、これはブライトに「押しつけられたもの」だった。
武器を失ったクレールを、敵に悟られぬように援護することが必要であったあの状況では、それは致し方のないことではあった。
鬼は、人の武器では倒せない。連中を傷つけられるのは【アーム】の力だけなのだ。
普段の武器が使えないなら、別のそれを渡さねばならない。
そのことは理解している。
それでも不信は残る。
そもそもそれをクレールから遠ざけたのはブライトだ。
彼はそれをクレールに触れさせず、見えぬように隠した。
彼がそうしたのは、
『私がそれに恐れを抱いていたから』
だということを、クレールも重々解っている。
年若い踊り子と年嵩の踊り子の二人は、恐らく廊下側のドアの前あたりにいるだろう。
ブライトの目つきが鋭くなった。その先端は、クレールの左手に突き立てられている。
青白い紅差し指の付け根を、一本の赤い筋が取り巻いていた。
それは錦の御旗の旗竿に仕込まれていた。
【正義】を召還できくなったクレールが【月】と戦うために槍として使った棒きれだ。
元は勅使一行の先頭にいた旗手が持っていたものだった。ギュネイ皇帝の錦の御旗をぶら下げた細い竿である。
次の持ち主は、旗手の腕を奪った【月】だった。【月】はそれをブライトへ投げつけた。
そして竿を拾い上げたブライトが、拾い上げて、その細い棒きれに塗られた赤い色の中に紛れ込ませるようにして赤いそれを突き刺して隠し、クレールに投げ渡した。
それは、クレールが、おのれに悪夢を見せた原因だと信じたものだった。
ブライトが、クレールの感覚を鈍らせた元凶と推察したものだった。
鉤爪のように尖った切っ先をもつ、赤く小さな結晶――。
皇弟フレキ=ゲーの紋章を捺された封蝋の中に隠されていたモノ。
かつて生きていたのであろう何者かの魂の哀しいなれの果ての、小さな欠片。
クレールが旗竿を掴んだあの時、小さな欠片は彼女の掌に突き刺さり、そのまま彼女に取り憑いた。
物体としての欠片は彼女の体の中に溶け込んだ。そして彼女の左の紅差し指の付け根に刻印を残したのだった。
「この指を……いえ、いっそ腕を根こそぎ、切り落として欲しいとお頼みしましたら、叶えてくださいますか?」
指輪のように薬指を一周する赤い線を眺めて言うエル=クレール・ノアールの声は、穏やかだった。感情を押さえ込み、平静を保とうとしている。
無理をしている証拠に、翡翠色の瞳は暗く曇っていた。
「ずいぶんとしおらしい物言いをしやがるな。まるで年頃の娘みてぇだ。『若様』には似合わねぇよ」
文字にすれば軽口さながらの言葉ではあるが、実際は違う。ブライトの声は重く暗く沈んでいる。
「答えになっていませんよ」
クレールの眼差しに、ほんの一瞬怒りの火が浮かんだ。
彼女にとって、これはブライトに「押しつけられたもの」だった。
武器を失ったクレールを、敵に悟られぬように援護することが必要であったあの状況では、それは致し方のないことではあった。
鬼は、人の武器では倒せない。連中を傷つけられるのは【アーム】の力だけなのだ。
普段の武器が使えないなら、別のそれを渡さねばならない。
そのことは理解している。
それでも不信は残る。
そもそもそれをクレールから遠ざけたのはブライトだ。
彼はそれをクレールに触れさせず、見えぬように隠した。
彼がそうしたのは、
『私がそれに恐れを抱いていたから』
だということを、クレールも重々解っている。
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