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試演への招待

オーケストラピット

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 舞台裏の慌ただしさは、クレールとブライトがらくに入る以前の数倍に増していた。
 舞台映えのする化粧をした演技者達が足早に行き交う。

「いきなり上手コテクールからに変更だなんて」

 兵士風の立派な衣裳を着た娘がぼやきながら走る。

「こっちは下手コテジャルダンに回れってさ。マイヤーのバカ、ワケワカンナイこと言いやがって」

 逆方向へ小走りに向かっていた古びた皮鎧風の衣装を来た女が、娘とすれ違いに、

「位置を変えるだけでいい、なんて。言うのは簡単さ。
 慣れない方向から飛び出したら、回転のトゥール目安も跳躍ソテのタイミングもずれまくりだよ」

 吐き捨てた。
 演技者達は文句を言いながら、しかし脚本と演出と役者を兼務している男の指示通りに動いている。

「全員、ご婦人ですね」

 クレールがぽつりと言った。その場に男性がいないというのではない。明らかに舞台衣裳と判るものを着ているのが女性ばかりなのだ。

「ここに入ってきたときから女気が多いたぁ思ってたが……ここまで徹底して女の園なのは確かに珍しい。
 真っ当な劇団は大概、野郎に女形おやまをやらせないとならねぇぐらい女手不足なもンだ」

 無精髭ぶしょうひげあごをなでながら、ブライトも首をかしげた。
 二人の部外者は、女兵士の群れが集合している舞台袖から舞台端へ出ると、形ばかりの楽団溜りオーケストラピットの脇へ飛び降りた。
 壮年の指揮者が困り顔で白髪頭を掻いている。

「楽譜通りに、寸分違わずに、ね。アドリブ入れないでるなんて、何年ぶりだい?」

 文句の矛先にはマイヨールがいた。

「基本がしっかりできているからこその天下一品のアドリブだろう?
 頼りにしてるよ、マエストロ。今のあたしにゃあんた方の泣き言を聞く耳の持ち合わせがないんだ」

 褒め殺しと脅しを同時に言われた指揮者は、苦笑いするよりほかなかった。ため息を吐き吐き、ヴァイオリン弾きと打ち合わせを始める。
 額の汗を拭うと、マイヨールはクレールとブライトの顔を交互に見、照れくさそうに笑った。

「若様、もうホンの少しだけお待ち下さいな。
 それと……旦那のことはなんとお呼びすればよろしいですかね? 若様が旦那をお呼びになったお名前は耳に入ってますけども、まだお名前をちゃんと伺ってないもんですから」

 ブライトはわずらわしげに唇を引き結んだ。

「聞こえたとおりに呼べばよいことではありませんか?」

 クレールがげん顔で言う。
 マイヨールはでれりと目尻を下げた。

「それがあまりに『出来過ぎた』お名前でしたから。
 ……で、万一にでも間違いがあっちゃイケナイでしょう?
 もう二度とこちらの旦那のげきりんに触れたくはありません。自分の腕や背骨がきしむ音は聞いていて気分の良いもんじゃありませんからね」

「出来過ぎ、ですか?」

 クレールはちらりとブライトの顔を見た。
 彼はまだ口をつぐんでいる。
 それを不機顔と取ったマイヨールが、慌てて取り繕う。

「ああ、怒らないでくださいな。出来過ぎって言うのは言葉が悪かった。こちらの旦那お名前は、クレールの若様にお仕えになるには、ぴったりだって言うことです」
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