上 下
23 / 40

小賢しい殿様

しおりを挟む
 火にあぶられて大汗をかきかき、経文きょうもんなのか祭文さいもんなのかわからないものを唱えている悟円坊の姿に、四郎兵衛はずいぶんと感動し、心服したようだ。しかし、次郎太から見たなら、

『どんな山寺の坊主でも、毎朝の勤行おつとめに香をいてお経を唱えるでねぇか。別段変わったことでもねぇ。普通なみのことだ』

 普通のことを普通にやっているなら、襤褸ぼろを着た白髪交じりのほうはつの修験者よりも、今は参ることもできない故郷の小さな菩提寺ぼだいじで父母の墓を守ってくれている若い寺僧の墨一色の法衣ほういとそり上げられた青い頭の方が、よほどにありがたいではないか。

 次郎太はちらりと城の出口あたりを見た。むしろの隙間から見える闇の中で、悟円坊が朝の勤行おつとめの支度をしている気配がする。

「それだから、どうしたってうんだ」

 視線を戻した次郎太に、四郎兵衛は子供じみた笑顔を突き付けた。

「だからよ、真田が大負けに負けるより前に、俺達は徳川方に付いたってことにするわけだ。
 そのために、兵糧をかっぱらいに……ちょうしゅうしに行った連中に、
『俺達は真田の仲間じゃねぇ、徳川様に身方する』
 ってって回らせたんだ。
 始まる前に触れ回っておけば、真田が負けた後に徳川が目を付けてくれる。
 周周りの連中が真田に付いてる中で、俺達だけが小人数で反抗してたとなりゃぁ、そりゃもう、
『たいした、でかした』
 とお褒めの言葉だってもらえるさ」

「そんなもんですかね」

「そんなもんさ。ほれ、まる年寄じぃやん……へいないつったか?
 あれは真田に付いたんで、徳川様のに攻められてる。馬鹿な年寄じぃやんだ」

「丸子衆は真田方か」

 そりゃ当たり前だろう、という言葉を口に出すことを次郎太は止めた。

 丸子城の今の主は丸子さんもんという。平内は三左衛門の父親で、とっくに隠居している。
 丸子家も元は武田の臣であった。つまり真田昌幸の同僚だった。
 武田が滅亡したときに、丸子家は真田家を頼った。お陰で所領を安堵された、という経緯があるから、徳川が攻めてきたとなればまずは真田に付くのは当然のことだ。

 四郎兵衛は血走った目に力を込めている。

「攻められて負けてから降った奴には出世は見込めねぇよ。
 どれだけ真田に恩義があるかしらねぇが、徳川様の大軍にに楯突たてつくようなことをしなければいいものを……。
 一方、俺達は最初からお身方してるんだ。脈はある」

 言いながら拳を硬く握って上下に振る。己を己で鼓舞しているように、次郎太には見えた。

「お前様と来たら、ざかしい殿だよ、まったく」

 半ば呆れ、半ば感心し、次郎太は吐き捨てるように言った。
 その苦笑の浮かぶ顔へ四郎兵衛が言う。

「次郎太郎のよ、その小賢しいに、何でわざわざくっついてきた? お前様も最初から『真田は負ける』と踏でるンだろう?」

 生臭い息が、熱を帯びていた。
 次郎太は目をそらした。屋根の隙間から空を見上げる。
 満天に、星が瞬いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

歴史小話

静 弦太郎
エッセイ・ノンフィクション
歴史について、あれこれ語ります。 サムネの写真は、近江の長浜城です。

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

大和型戦艦4番艦 帝国から棄てられた船~古(いにしえ)の愛へ~

花田 一劫
歴史・時代
東北大地震が発生した1週間後、小笠原清秀と言う青年と長岡与一郎と言う老人が道路巡回車で仕事のために東北自動車道を走っていた。 この1週間、長岡は震災による津波で行方不明となっている妻(玉)のことを捜していた。この日も疲労困憊の中、老人の身体に異変が生じてきた。徐々に動かなくなる神経機能の中で、老人はあることを思い出していた。 長岡が青年だった頃に出会った九鬼大佐と大和型戦艦4番艦桔梗丸のことを。 ~1941年~大和型戦艦4番艦111号(仮称:紀伊)は呉海軍工廠のドックで船を組み立てている作業の途中に、軍本部より工事中止及び船の廃棄の命令がなされたが、青木、長瀬と言う青年将校と岩瀬少佐の働きにより、大和型戦艦4番艦は廃棄を免れ、戦艦ではなく輸送船として生まれる(竣工する)ことになった。 船の名前は桔梗丸(船頭の名前は九鬼大佐)と決まった。 輸送船でありながらその当時最新鋭の武器を持ち、癖があるが最高の技量を持った船員達が集まり桔梗丸は戦地を切り抜け輸送業務をこなしてきた。 その桔梗丸が修理のため横須賀軍港に入港し、その時、長岡与一郎と言う新人が桔梗丸の船員に入ったが、九鬼船頭は遠い遥か遠い昔に長岡に会ったような気がしてならなかった。もしかして前世で会ったのか…。 それから桔梗丸は、兄弟艦の武蔵、信濃、大和の哀しくも壮絶な最後を看取るようになってしまった。 ~1945年8月~日本国の降伏後にも関わらずソビエト連邦が非道極まりなく、満洲、朝鮮、北海道へ攻め込んできた。桔梗丸は北海道へ向かい疎開船に乗っている民間人達を助けに行ったが、小笠原丸及び第二号新興丸は既にソ連の潜水艦の攻撃の餌食になり撃沈され、泰東丸も沈没しつつあった。桔梗丸はソ連の潜水艦2隻に対し最新鋭の怒りの主砲を発砲し、見事に撃沈した。 この行為が米国及びソ連国から(ソ連国は日本の民間船3隻を沈没させ民間人1.708名を殺戮した行為は棚に上げて)日本国が非難され国際問題となろうとしていた。桔梗丸は日本国から投降するように強硬な厳命があったが拒否した。しかし、桔梗丸は日本国には弓を引けず無抵抗のまま(一部、ソ連機への反撃あり)、日本国の戦闘機の爆撃を受け、最後は無念の自爆を遂げることになった。 桔梗丸の船員のうち、意識のないまま小島(宮城県江島)に一人生き残された長岡は、「何故、私一人だけが。」と思い悩み、残された理由について、探しの旅に出る。その理由は何なのか…。前世で何があったのか。与一郎と玉の古の愛の行方は…。

お鍋の方【11月末まで公開】

国香
歴史・時代
織田信長の妻・濃姫が恋敵? 茜さす紫野ゆき標野ゆき 野守は見ずや君が袖振る 紫草の匂へる妹を憎くあらば 人妻ゆゑにわれ恋ひめやも 出会いは永禄2(1559)年初春。 古歌で知られる蒲生野の。 桜の川のほとり、桜の城。 そこに、一人の少女が住んでいた。 ──小倉鍋── 少女のお鍋が出会ったのは、上洛する織田信長。 ───────────── 織田信長の側室・お鍋の方の物語。 ヒロインの出自等、諸説あり、考えれば考えるほど、調べれば調べるほど謎なので、作者の妄想で書いて行きます。 通説とは違っていますので、あらかじめご了承頂きたく、お願い申し上げます。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...