「黒炎の隼」

蛙鮫

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「惨禍」

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「出来ません!」

「何故だ! 何度も説明しているだろう!? 聖堂寺家が忌獣を生みだした原因なんだ! 詳細は全てこの本に書いてある! 家宅捜査してくれ! きっと同じ文献がいくつも発見されるはずだ!」
 警察署の窓口。そこで松阪シライは押し問答を繰り返していた。片手には隼人から託された聖堂寺の文献。

 シライは今、聖堂寺の家宅捜査を警察に依頼していたのだ。証拠も確信もある。
 しかし、警察が一向に動こうとしない。

「それだけでは証拠不十分です。それにあの聖堂寺家が忌獣を? 妄言も休め休めにしてください」

「疑うならこれを読んでくれ。もしくは早く捜査してくれ! さもないと!」
 続きを発しようとした時、足元が激しく揺れた。足元だけではない。周囲も大きく揺れている。

 机に積み上がった書類は崩れて、カップが落ちて床にコーヒーが溢れた。

「なんだ!」

「地震か?」
 足元がおぼつかなくなるほどの揺れとともに外で何かが崩れたような大きな物音が聞こえた。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 突然、鼓膜が激しく振動するほどの雄叫びが聞こえた。

「なっ! なんだ今の叫び声」

「忌獣か?」
 シライは雄叫びの主を確認しようと外に飛び出した。忌獣にしては叫びがあまりに大きすぎるのだ。

 警察署の外に出た時、外は騒然としていた。シライと同じく叫び声の主を確認しに来たであろう人々がある一点に目を向けていた。

 シライもその集団行動に便乗するように目を向けた。彼は全身の毛が総毛立つのを感じた。


 途轍もなく巨大な怪物がいたのだ。距離的に街から離れるいるがそれでも姿が確認できるほどである。

「グオオオオオオオオオオ!」

「なんだ。あれは」
 見たことのない存在に戸惑いながらも、怪物が雄叫びをあげながらこちらに向かってくるのを察した。





 隼人はただ、動揺していた。迦楼羅の存在が確認できない。電話越しから伝わった庭島から報告は彼を混乱させるには十分な内容だった。


「じゃあ、一体迦楼羅はどこに」

「分からない。とりあえず辺りを捜索しーー」
 庭島が言葉を続けようとした瞬間、地面が大きく揺れた。木々や草花が引きちぎれそうな勢いで暴れている。

「なっ! なんだ!」

「地震!?」
 そばにいた結巳と揚羽が周囲を警戒しながら、地震に耐えている。しばらくすると揺れは治って、元の静寂が帰って来た。

「今のは一体。庭島さん! 大丈夫ですか?」

「ああ、取りあえずこちらで合流しよう」

「はい」
 先程の地震はいったい、なんだったのか。そんな疑問を抱えながら隼人達は庭島が待っている鳥籠の本部に向かった。


 数分後、立派な日本家屋の前で庭島や他の隊員達と合流した。


「庭島さん! 良かった無事で!」
 見覚えのある鶏マスクを目にして不思議と安堵感を覚えた。

「ああ、君らこそ」

「さっきの揺れは一体?」

「いや、俺にもまだ」
 庭島の言葉を遮るように彼の懐から着信音が鳴った。

「もしもし?」
 内容が聞き取れないほど小さな羽虫のような電話先の声が耳に入る。鶏マスクで表情は見えないが見るからに落ち着きがないのが理解できた。

「わかった。すぐに戻る」
 電話を終えた庭島が静かに通話を切った。

「何があったんですか?」

「巨大な怪物が対策本部から少し離れた山間から出現したらしい。さっきの地震はおそらくその怪物によるものだろう」

「巨大な怪物?」

「そんな」
 突然の知らせに隼人は結巳と目を合わせた。あまりに突拍子のない言葉だっただけに理解出来なかったのだ。

「とりあえず本部に戻ろう」
 隼人達は庭島に言われるまま、装甲車に乗り込んで、街へと向かった。揺れる車内の中、正体不明の緊張感に胸が押しつぶされそうになる。

 そして、それと同様に家族が無事かどうかも気になるところだ。

 周囲には同じく装甲車で街へと戻っていく戦闘員達がいる。きっと彼らの心境も同じだろう。

「巨大な怪物って忌獣かしら?」

「いや、どうだろう。白峰何か知っているか?」

「知らない。そんなの聞いたことないよ」
 揚羽も驚愕しているのか、目を見開いていた。すると隼人の携帯が鳴った。シライからだった。

「じいちゃんか! 化け物が出たらしいけど大丈夫か!?」

「ああ、わしは問題ないがとんでもない事になっている」
 電話越しから大勢の人の悲鳴や叫び声が聞こえる。耳から伝わる地獄の情景に思わず生唾を飲んだ。

「ちなみに化け物ってどれくらいでかい?」

「途方も無い大きさだ。対策本部に待機している戦闘員と警察や軍隊も出動しているけど、まるで歯が立っていない。ゆっくりと町に近づいている」

「今はどこにいる? 父さんと母さん。姉ちゃんは無事か?」

「三人とも無事だ。郊外に避難したとのことだ。私は町の外れにいる。位置情報をそちらに送る」
 家族の無事を聞き、少し胸がホッとした。しかし、油断は禁物。例の怪物を止めないと家族も失う事になるのだ。

「急いでそっちに向かう!」

「頼んだ」
 そう言って、シライが電話を切った。事態は彼が予想していた以上に深刻なものだった。

「ギュオオオ!」

「ゲエエエエ!」
 突然、茂みの中から忌獣が数体、飛び出してきた。

「くそ! こんな時に! みんな捕まれ!」
 庭島がエンジンをふかして、忌獣に捕まらないように加速した。凄まじい勢いで隼人の体は左右上下に縦横無尽に揺さぶられる。

 辺りからは車は転倒した音が聞こえた。おそらく忌獣の奇襲を受けてしまったのだろう。

 しかし、それを振り切るように庭島がエンジンをふかした。

「こんな時に足止め食らっている場合じゃねえ!」
 庭島が叫びと同時にアクセルを強く踏んだ。


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