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「母と子」
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対策本部の鳥籠掃討作戦の前日。北原ソラシノは松阪シライに指定された場所に向かっていた。
今日の夜、彼は松阪隼人と聖堂寺結巳を救出しにいく。しかし、シライの強い押しに負けて、応じる事になったのだ。
指定された場所に着くと、そこは公演だった。何の変哲も無いただの公園。しかし、そこに見覚えのある女性がいた。
星野奏。打倒対策本部を掲げた仲間であり、最近、自身の出生と密接な関わりを持っていると知った人物だ。
憂いを帯びたような彼女の目。何か言いたげな表情。それらで大体彼女の言いたいことは察した。
「あっ、あの」
「何故、今まで黙っていたんですか?」
彼女の言葉を遮るようにソラシノは口走った。
彼自身もずっと気になっていた。人工授精だったというのなら、その細胞の元は誰なのか。今はどこで何をしているのか。
彼には生みの親も育ての親すらもいない。ただ何もない無機質な部屋で食事と座学、訓練を繰り返す日々を送っていたのだ。
「母親面が出来るようなことをしてこなかったから。そんな人間に母親を名乗る資格なんてない」
奏が斜め下に視線をそらして答えた。彼女のうちに二十年以上も培ってきた悔恨の念が渦巻いているのだ。
「貴方のお父さん。聖堂寺輝さんとは私が大学生の時に出会ったの。お硬い家柄が嫌で抜けてきたらしくてね、一人で過ごしている時に私と出会ったの」
彼女が僅かに震えた声音で隠された真実を話していく。
今、彼は自身がどんな表情を浮かべているかよくわからないが、おそらく笑みを浮かべていない事は分かっていた。
「二人で過ごしていくうちに愛し合い、貴方を身ごもった。でも聖堂寺はそれを許さなかった。輝さんと子供と離れるように言われた。応じなければ私の実家に圧をかけると言われた。当時の聖堂寺家当主は非常に厳格な方だったから。庶民の私と子を成す事は許されなかったんでしょうね」
奏が吹けば一瞬で消えるような小声でつらつらと言葉を紡いでいく。
「こんな事、言っても償いにもならないけど、ごめんなさい」
奏が頭を下げた。よく見るとその体は小刻みに震えていた。
「星野さん。俺、別にあんたを恨んでないよ。確かに生い立ちが気になったことはあったけど、それはあくまで俺の人生の一部に過ぎない。大事なのはどう生まれたかじゃなくて、どう生きるかだよ。あんたのおかげで、俺は色々な人達に出会えた。ありがとう」
ソラシノは胸の内にあった感謝の念を伝えた。これまで自身は何者かに利用されるために生まれてきたのだと思っていた。
それに対して絶望や失望を抱いたわけではない。しかし、自身は愛され、そして望まれてこの世界に生まれてきた。その事実だけを知ってどことなく心が満たされた気がしたのだ。
「そんな、私、何もしてあげられていないのに」
奏が唇を小刻みに震わせていた。
「それはされた側が決める事だよ。もし償いが欲しいというのなら」
そう言ってソラシノは一枚の紙を奏に手渡した。
「これ、俺の住所。娘と二人暮らしなんだ。この戦いが終わったら遊びに来てくれ」
「ありがとう。必ず行くわ」
奏が力の抜けたような笑みを浮かべた。
「それじゃあ、またな。母さん」
ソラシノはそう言って、踵を返した。奏が目頭に涙を浮かべて、静かに頷いた。
かつて巨大な権力の手によって抹殺されそうになった小さな命が今や、英雄として讃えられる存在になっていたのだ。
無機質な部屋の中、聖堂寺結巳は壁に背をつけていた。気づけばこの白い部屋にいた。
「松阪君。大丈夫かしら」
頭の中に浮かぶのは友の顔。数日前に幹部を討伐して以来、顔を合わせていない。
「これからどうしようかしら」
彼女がため息をついた瞬間、鼓膜を激しく揺らすようなアラームが部屋中に響き渡り始めた。
今日の夜、彼は松阪隼人と聖堂寺結巳を救出しにいく。しかし、シライの強い押しに負けて、応じる事になったのだ。
指定された場所に着くと、そこは公演だった。何の変哲も無いただの公園。しかし、そこに見覚えのある女性がいた。
星野奏。打倒対策本部を掲げた仲間であり、最近、自身の出生と密接な関わりを持っていると知った人物だ。
憂いを帯びたような彼女の目。何か言いたげな表情。それらで大体彼女の言いたいことは察した。
「あっ、あの」
「何故、今まで黙っていたんですか?」
彼女の言葉を遮るようにソラシノは口走った。
彼自身もずっと気になっていた。人工授精だったというのなら、その細胞の元は誰なのか。今はどこで何をしているのか。
彼には生みの親も育ての親すらもいない。ただ何もない無機質な部屋で食事と座学、訓練を繰り返す日々を送っていたのだ。
「母親面が出来るようなことをしてこなかったから。そんな人間に母親を名乗る資格なんてない」
奏が斜め下に視線をそらして答えた。彼女のうちに二十年以上も培ってきた悔恨の念が渦巻いているのだ。
「貴方のお父さん。聖堂寺輝さんとは私が大学生の時に出会ったの。お硬い家柄が嫌で抜けてきたらしくてね、一人で過ごしている時に私と出会ったの」
彼女が僅かに震えた声音で隠された真実を話していく。
今、彼は自身がどんな表情を浮かべているかよくわからないが、おそらく笑みを浮かべていない事は分かっていた。
「二人で過ごしていくうちに愛し合い、貴方を身ごもった。でも聖堂寺はそれを許さなかった。輝さんと子供と離れるように言われた。応じなければ私の実家に圧をかけると言われた。当時の聖堂寺家当主は非常に厳格な方だったから。庶民の私と子を成す事は許されなかったんでしょうね」
奏が吹けば一瞬で消えるような小声でつらつらと言葉を紡いでいく。
「こんな事、言っても償いにもならないけど、ごめんなさい」
奏が頭を下げた。よく見るとその体は小刻みに震えていた。
「星野さん。俺、別にあんたを恨んでないよ。確かに生い立ちが気になったことはあったけど、それはあくまで俺の人生の一部に過ぎない。大事なのはどう生まれたかじゃなくて、どう生きるかだよ。あんたのおかげで、俺は色々な人達に出会えた。ありがとう」
ソラシノは胸の内にあった感謝の念を伝えた。これまで自身は何者かに利用されるために生まれてきたのだと思っていた。
それに対して絶望や失望を抱いたわけではない。しかし、自身は愛され、そして望まれてこの世界に生まれてきた。その事実だけを知ってどことなく心が満たされた気がしたのだ。
「そんな、私、何もしてあげられていないのに」
奏が唇を小刻みに震わせていた。
「それはされた側が決める事だよ。もし償いが欲しいというのなら」
そう言ってソラシノは一枚の紙を奏に手渡した。
「これ、俺の住所。娘と二人暮らしなんだ。この戦いが終わったら遊びに来てくれ」
「ありがとう。必ず行くわ」
奏が力の抜けたような笑みを浮かべた。
「それじゃあ、またな。母さん」
ソラシノはそう言って、踵を返した。奏が目頭に涙を浮かべて、静かに頷いた。
かつて巨大な権力の手によって抹殺されそうになった小さな命が今や、英雄として讃えられる存在になっていたのだ。
無機質な部屋の中、聖堂寺結巳は壁に背をつけていた。気づけばこの白い部屋にいた。
「松阪君。大丈夫かしら」
頭の中に浮かぶのは友の顔。数日前に幹部を討伐して以来、顔を合わせていない。
「これからどうしようかしら」
彼女がため息をついた瞬間、鼓膜を激しく揺らすようなアラームが部屋中に響き渡り始めた。
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