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「幻影」
しおりを挟む視界が一点に張り付いた。そこにあるのは自分が喉から手が出るほど、欲していた存在だったからだ。
偽物だと言う事は本能で理解していた。しかし、心が攻撃をためらっていたのだ。
「鷹」
「なんで、あの時僕を助けてくれなかったの?」
血液が沸騰しそうな程、抱いていた灼熱の殺意は一気に冷めて、変わりに氷点下の罪悪感へと反転した。
刀身を纏った黒焔がゆっくりと消えていく。
「ぐっ!」
殺意が緩んだ瞬間、下腹部に突き抜けるような激痛が走った。視線を向けると自身の腹部に刺さっている刀身が見えた。
「松阪君!」
「あはははは、引っ掛かった」
親友の素顔をした胡乱がケラケラと腹を抱えて、笑った。親友を想う隼人にとってこの上ない侮辱だった。
「やっぱり人間は過去を乗り越える事が出来ない。過去のしがらみに囚われて、支配されて、絶望するだけだ」
胡乱の底知れない悪意に満ちた言葉が隼人と結巳に降り注ぐ。眼前では赤い血で染められた刀身がてらてらと光っている。
「さて。せめての情け。親友の顔で逝かせて上げるよ」
胡乱がその手に持った刀身を振り下ろした。張り付いた温かみの感じない笑顔。
目の前で迫る死は誰かが間に入った事で阻止された。
「聖堂寺」
「松阪君! ごめん! 私がもう少し早く来ていたら」
隼人は赤い血が滴る傷口を押さえながら、結巳を見つめる。彼女の目からは動揺と不安が感じ取れた。
隼人はすぐさま懐から取り出した医療用ホッチキスで傷口を固めた。後々、正しい処置が必要だが、今はこれしかない。
「はははははは。さっきの黒い炎。情報で聞いた通りだ。触れたらダメだね」
「そうかい。なら黒焦げになるまで炙ってやるよ!」
隼人はまだ痛む体に鞭を打って、歯を食いしばって走り出した。
胡乱が人差し指の先端から無数の弾丸を飛ばして来た。刀身を振るって、捌き切りながら距離を詰める。
「鉛玉は恐れないけど、この姿には恐怖心を抱くんだね。面白いよね。人間ってさ。外的なトラウマより精神の方が案外、辛かったりするもんなんだね」
「その口を閉じなさい」
結巳が冷気を纏った刃を向けた。しかし、二人の攻撃はたやすく避けられる。
「君はあっちへ行っておいで」
胡乱が結巳の腹部を蹴り上げた。結巳が血を吐きながら後方の方まで吹き飛んだ。
「聖堂寺!」
「あはは。ほらほらどうしたの? もっとしっかり攻撃しないと
負けちゃうよ? あはははは」
親友の顔を使い、戯けている胡乱。隼人は憤りを覚えたが、冷静になるために深呼吸をついた。
隼人は思い出していた。親友と過ごした過去の出来事だ。数多の思い出が脳裏に浮かんでくる。
どれもこれも美しく、煌めいていて掛け替えのないものばかりだ。
「そうだよな。そんなわけねえよな」
「ん? 独り言? まあいいや。さようなら」
胡乱が無数のナイフを生み出して、投げつけて来た。隼人はそれを全て斬り伏せた。
そのまま勢いよく相手との距離を詰めた。心なしか胡乱の動きがさっきより遅くなっている気がした。
「さっきより、動き。遅くなっているな」
隼人は発見したのだ。胡乱の最大の弱点。そして、その攻略方法。
「相手のトラウマが強さとして反映されるのなら。相手が対象を恐れなくなれば、強さに影響する。それだけだ」
「へえー。でもそう簡単に乗り越えられるかな? 君のせいで死んだ友達を。そんな簡単に乗り越えられるものかい」
「確かに俺のせいで死んだ。俺の弱さのせいだ。でもあいつは死ぬ時、笑っていたんだよ」
鷹はきっと隼人の時間が心の底から楽しんでいた。だからこそ自分の命を犠牲にして隼人を救ったのだ。
「そんなあいつを。誰かも分からないお前なんかに侮辱されてたまるか!」
隼人は再び、刀身を燃え上がらせて駆け出した。胡乱に対する怒りと亡き親友への想いが原動力となり、彼をつき動かしたのだ。
「酷いよ! 隼人! こんな事。もうやめようよ!」
「お前はあいつじゃねえ。あいつの皮を被って喋るな!」
親友の姿で心を揺さぶろうとする胡乱に隼人は怒号を吐いた。
もう惑わされない。親友への信頼の強さが今の彼を支えているのだ。
「うっ、嘘だろ? まさかトラウマ。乗り越えた?」
「あんたが弱っている。それが何よりの証明だ!」
「があああああ!」
隼人は勢いよく、刃を振った。轟々と燃え盛る漆黒の炎が胡乱の肉体を焦がしていく。
予想以上の威力に驚いたのか、胡乱が後方に距離を置いた。
「あっつ! まじでやばいね。これ」
先ほどまで戯けていた胡乱の顔に陰りが見せた。
「凍れ!」
「がっ!」
先ほどまで倒れていた結巳が氷柱を生み出して、胡乱の背中を貫いた。
胡乱がすぐさま、氷柱から体を切り離して、隼人達と距離を取り始めた。
「あいつは急激に弱っている。今がチャンスだ!」
「ええ! 畳み掛けましょう!」
隼人と結巳は一気に駆け出して、胡乱を仕留めにかかる。
「来るなああ!」
胡乱が様々な姿に抵抗を始めた。機関銃やナイフ。様々な武器を飛ばし攻撃をして来る。
しかし、それらの攻撃など恐れるに足らない。多くの戦闘が隼人達を着実に成長させているのだ。
「結巳! もうこんなことはやめるんだ!」
胡乱が再び結巳の父、輝の姿に変貌した。最後の悪あがきにも見えた。
ふと結巳の方に目を向けた。彼女の目は血走っていた。
「もう。割り切っているわ。父はいない! あなたは偽物! 私の敬愛した人を侮辱するな!」
結巳の刀身を纏っていた冷気が一層、強さを増した。
「俺達の大事な人を馬鹿にするな!」
胡乱から攻撃を捌ききって、ついに間合いへ入った。この瞬間、隼人は自分の勝利を予感した。
「影焔
「氷結斬
他者の心を痛ぶり、弄んだ悪鬼に天誅を下す一撃を骨肉に叩き込んだ。
「ギィヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!」
炎と氷。対極する二つのエネルギーに晒されたせいか、胡乱の喉から生物の声とは思えないような声が聞こえた。
「グッ、ゲエエエエ」
胡乱の顔は元の顔に戻っていたが、痛みで歪んでいるせいか、酷い有様だった。
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